第16話 「目覚めの一歩」⑤
どこかヒヤリとする声音。怒られる時によく聞くそれにルネッタがぎくりと体を強張らせる。その時反射的に肘が曲がったため、魔鎚は元の位置よりキャシーから遠ざかってしまった。
これを追いかけるのは怪しい。内心で舌打ちして、キャシーは口元を手で隠しながら「えっ!?」と驚いた反応をする。
「え……魔物じゃないの……? だって、襲ってきたよ?」
「違うわよね? あれ、ルネッタが魔女になった頃に魔道具の魔女さんにルネッタが作って貰ったイタズラ用のゴーレムじゃないの? 見た目はルネッタのゴーレムで変身能力があるって、それしかないわよね?」
静かに追い詰めるように言葉が重ねられた。その内容に最初に反応したのはルネッタだ。「あ!」と大きな声を出し、壊れているゴーレムの方に顔を向ける。
「心当たりあるんですか?」
「ある……でも2年も前だし、確か実際に使う前にレナにバレて没収されたのよ。――あれ? でもマヤちゃんに返した、って言ってたような……?」
そちらは記憶が曖昧なルネッタは、頭に指先を当てて考え込んだ。
そんな彼女を一瞥もせず、レナはキャシーを見据え続ける。
「そうよね。あのゴーレム、マヤさんに返して来たって、あなたが言ったのよね? どうしてまだこの空間にあるの? それが、どうしてルネッタたちを襲ったの?」
レナの指摘に、ルネッタは顔を跳ね上げ、ブリジットは無意識にルネッタを引き寄せた。
集まる視線の中、キャシーは慌てた様子で胸の高さに持ち上げた両手と頭を大きく振る。
「え? え? やだやだ、待って、私何もしてないよ? ゴーレムは、多分返し忘れたか別のゴーレム返しちゃったのよ。だってほら、変身機能が動いてない内は他のゴーレムと同じ姿じゃない。きっと他のゴーレムと同じように動いてたのよ。それに」
一度言葉を切り、キャシーは泣きそうな顔で俯いた。
「――それに、その頃は師匠が亡くなったばかりでバタバタしてたし……」
当時を思い出したように、キャシーは片目の端に涙を浮かべる。両手は力なく握られた。
その様は同情を誘い、ルネッタは「ただの考えすぎだったか」と少し警戒を緩める。ブリジットはまだ少し警戒しているが、ルネッタを抱き寄せた手の力はやや抜けていた。
しかし、レナの視線は冷たいままだ。
「つまり、ゴーレムがここに残ったのはうっかりで、ゴーレムが暴走したのには一切関与していない、って、そういうことね?」
確認され、キャシーは視線を下げたまま小さくこくりと頷いた。
「……うん……。でも、私のせいだよね。私がちゃんと返せてなかったから、こんな大騒ぎになっちゃって……本当にごめんなさい。こんなことになるなんて、ちっとも思ってなかったの」
がばりと頭を下げるキャシー。
「ちょ、い、いいのよキャシー。怖かったけど、全員無事だったわけだし。ね? ブリジット」
「は、はい。――大丈夫、ですよキャシーさん」
頭を下げられたルネッタは慌ててキャシーを宥めにかかる。呼びかけられたブリジットも少々戸惑いながら同意すれば、顔を地面に向けたまま、キャシーは「でも……」と声を震わせた。
――地面に向けた顔に、あざ笑う表情を浮かべながら。
(本当に馬鹿。まあでも、馬鹿で良かったわ。レナもここまでされたら引っ込むでしょ)
このままいけば事なかれで終わるはず。
期待を込めたキャシーだが、レナは小さく息を吐く。
「――だそうだけど、どう? ファーラ」
呼びかけられたのは、ここにはいないはずの少女の名前。
キャシーは地面に顔を向けたまま目を見開き顔をひきつらせた。
(――は?)
今この空間にいる人間の中で、最もキャシーが警戒している人物。
ここに来た一団の中にいなかったから安心していたのに。
腹痛を収める薬にも下剤を混ぜておいたからまだ出てこられないと思っていたのに。
まさか
「いやー、凄い顔ですねキャシーさん。心当たり大あり、って感じです?」
突然の声。発生位置はキャシーの斜め下。空虚の空間から。
咄嗟にキャシーは後ずさった。
次の瞬間、ばさりという音と共に、立ち上がるその姿が皆の視界に現れる。
「ま、こんなに赤くなるほど嘘重ねてれば当然ですかね」
叡智を持って輝くは茶色の双眸。
怖じぬ瞳を注いでくる、キャシーにとっての悪魔。
その知恵を持って、複雑な立場にも関わらず魔女達に称えられた知識の弟子。
(――ファーラ・リッドソン……っ!)
お読みいただきありがとうございました!
良ければ評価やブクマをお願いいたします<(_ _)>




