第16話 「目覚めの一歩」③
ルネッタが振り向き、ブリジットが重い体を何とか動かし寝返りを打って声の方を向けば、レナが一人で駆け上がってくるのが視界に入った。
「レナ! レナ聞いて! あたし魔力使えた! 魔物を吹っ飛ばしたのよ! あたしが!」
片手で自分を指差し、もう片方の手で解呪の魔鎚を頭上で振るルネッタ。その満面の笑みに、息を切らせたレナはホッとしたように強張った顔から力を抜く。
「ええ、見てたわ。大きな音が鳴って吹き飛んだからびっくりして走ってきたのよ。――ところで、今の魔物だったの? 遠目から見たらルネッタのゴーレムに見えたけど」
異形が吹き飛ばされた方に視線を向けるレナ。同じようにルネッタとブリジットの視線も林の方に向いた。
その瞬間、レナは自身の手に増えた重みに視線を下げる。
そこにあるのは回復用の魔法薬が2本。まるで「了解」と答えるように頷き、レナは腰に下げたポーチに魔法薬を手早くしまった。
「そうなのよ! あいつ最初あたしのゴーレムの姿してたの! それで、魔力切れしてるんだって思って魔力をあげたら正体を現したのよ!」
林の方を指差しながら勢い込んで説明するルネッタ。その内容にレナは少し眉を寄せる。
「魔力をあげたら正体を現した……? 変身する魔物ってこと……? そういう魔物がいたっていうのは聞いたことあるけど――」
「あの、レナさん」
地面に転がったままのブリジットが声をかけた。考え込んでいたことを自覚したレナが思考を切り上げて視線を下げると、ブリジットは自信なさげながらも気になったことを口にする。
「あれ、もしかして本当にゴーレムが元じゃないでしょうか? ルネッタ様が魔鎚をぶつけた時、吹き飛ぶ――直前に、変身の魔女様の変身を解く時みたいな音がした気がします」
途中途中疲れたような短い息を吐きながら、ブリジットは轟音の中で自身の耳が恐らく捉えただろう音についてを説明した。
――「だろうな」と、映らぬ双眸が細められる。
「あ、そういえばこれそういう魔道具だったわね……。え、でもあんただって魔物吹っ飛ばしたじゃない。その時何もなかったでしょ?」
魔鎚に一度視線を向けてから、ルネッタが腰を曲げてブリジットを見下ろした。
「そうなんですが、私が最初に吹き飛ばした時は風で吹き飛ばしたのであって、魔鎚の面は当たっていないんです」
解呪の魔鎚は面が対象にぶつかった時に変身の解除魔法が発動する。そうでない場合、対象に向けられるのは風だけだ。
なるほど、と納得するルネッタ。
その脇で顎に手を当てて思考するレナは、促すような動きを腕に受けて先程の回復薬をポーチから取り出す。
「とりあえずブリジットはこれを。ルネッタも元気そうだけど一応飲んでおきなさい」
ルネッタに一本を渡し、レナはブリジットの隣に膝をつくと背中に腕を回した。そして、上半身を起こして薬を飲ませる。
飲み終わると、少しもせずブリジットは体が軽くなるのを感じた。
「ありがとうございます、レナさん」
「どういたしまして。……ところで、キャシーは?」
ポーチに空容器をしまいながら、少し硬い声で問いかけるレナ。同じく薬を飲み終わったルネッタが「そうだ」と慌てだす。
「魔物に襲われたんだけど、魔女を狙ってくる、ってことだったから途中で置いてきたのよ。迎えに行きましょ」
逃げてきた方向に戻っていきながら、ルネッタは「早く」と他の面々を促した。
「分かったからちょっと待ちなさい。……ブリジット、立てる?」
「はい、お薬のおかげで何とか」
差し出された手を取り、ブリジットは言葉通り問題なく立ち上がる。
「良かったわ。でも、相当疲労していたところを無理に回復して動かしているだけでもあるから、これ以上の無茶は駄目よ。――今度こそ言うこと聞きなさいね?」
しっかり釘を刺され、ブリジットは引きつりながら謝り「はい」と返事をする。
「あ、ところで、ファーラちゃんは一緒じゃないんですか?」
トイレに行ってから分かれたきりのファーラのことが気になり、ブリジットが心配そうに問うた。レナは一瞬の間を空けたのち、歩き出しながら答える。
「こっちに来る前までは視界に入ってたわね。ちょっと調べてもらうことがあるから、今は姿を消してるの。その内戻るわ」
「そうなんですね」
無事だ、と分かり、ブリジットは心底ほっとした。
(……でも、なんだか変な言い回しだったような……?)
少々疑問を抱いたが、無事じゃないならこんな言い方はしないだろう。そう考え、ブリジットはそれ以上は言及しないことにした。
そして、まずはキャシーを探そう、となった一同。
林の中に隠れているとあっては探すのも一苦労だ、とブリジットが思ったのは一瞬。レナが人探しの魔道具を取り出したので、その考えはすぐさま覆ったのだ。
魔道具の中心には球体があり、それを一本の輪が囲んでいる。さらに、その輪には大きな矢印がついていた。レナは手早く、探す対象に向けて矢印が自動で動く、と教えてくれる。
「なんだかレナさん、ファーラちゃんみたいですね。そつないというか、痒い所に手が届くというか」
「そっ――そうかし、ら? ありがとう」
ブリジットにとってはこの上ない褒め言葉。一瞬声が裏返るが、レナは素直にそれを受け取る。
しかし、褒められた当人の妹弟子はそれがどうにも気に食わなかったらしい。
「ちょっとそれじゃあいつの方が上みたいじゃない。レナがうるさいぐらいしっかりしてるのはレナの性格であって、あいつを参考にしてるとかじゃないから」
レナとの喧嘩は絶えないが、レナとファーラであれば身内であるレナの方が優先されるらしい。むっとしているルネッタに、ブリジットは「そうなんですね」とついニコニコしてしまう。
そんな彼女に「何笑ってるのよ!」とルネッタが噛み付いている間に、レナは虚空をじろりと睨み、腕のすぐ横の虚空を指で弾いた。何もないはずの場所で、ぺし、という音がする。
「とにかく使うわよ。本当は個人を探すには個人を断定出来る何かがあった方がいいんだけど、この空間には今5人しか人間がいないから、一番遠くにある反応がキャシーのはずよ」
気を取り直してレナが声をかけ、魔道具を発動した。
球体の部分で何事か操作すると、魔道具はふわりと浮き上がる。矢印が一周すると、今度はゆっくり動き、ある方向を示した。
「これが向く方向にキャシーがいるわ。……でもこの方向って……」
魔道具の矢印が示す方向を見て、レナが言いかけた言葉。最後まで聞かずとも、それが示す内容はブリジットにもルネッタにも分かる。
この方向は――異形が吹き飛んだ先だ。
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次回更新は「2026/04/13(月)」になります。
ルネッタ編もようやく終盤に入ってきました。
この後、腐食の魔女・シーラの話が入って第2章は完結になります。
どうぞ引き続き「魔女は契約を継承す」をよろしくお願いいたします!
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