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第16話 「目覚めの一歩」②



「――っ!」


 悲鳴を上げそうになるのを必死に歯を食いしばって耐え、ブリジットは胸で輝くブローチに触れて魔力を注ぐ。


 途端にブローチが光り、地面から勢いよく太い蔦が数本出現した。


 鍛造の魔女(ヘルミニア)魔道具の魔女(マヤ)が共同で作ったこの魔法を込められるブローチには、いくつかの魔法が込められている。これは、蔦の魔女(ロザリア)が込めてくれた魔法だ。


 上に向かって勢いよく伸びたそれがゴーレムを支えてくれる内に、ブリジットとルネッタは何とかゴーレムの落下範囲から逃げ延びる。


 直後、魔力不足で強度が足りなかった蔦がメキメキと音を立てて折れ、掴まれたゴーレムが地面に落下した。


 轟音と、破壊音と、振動。


 気にはなったが、ブリジットにもルネッタにも後ろを振り向く余裕はない。背後からの近付いている音が、その余裕をこれ以上なく削いでくる。


「ルネッタ様! もう一度林に」


 戻りましょう、そういうはずだった言葉は、最後まで音にならなかった。その直前に、ルネッタが短くすら悲鳴を上げずに転んでしまったから。


「ルネッタ様!」


「……っ、痛ぁ……っ」


 先に進んでしまった分を戻り、ルネッタを助け起こそうとするブリジット。


 その瞬間、彼女のふくらはぎが薄く皮下出血していることに気が付く。見れば、近くにゴーレムの破片が転がっていた。飛んできた破片がぶつかったのだ。


「回復を……っ!」


 再度ブローチに手をかける。同じくロザリアが込めてくれた回復魔法を使うべく、ブリジットは魔力を込めようとした。


 だが、それが叶うより早く、異形が壊れたゴーレムを踏みつぶしてブリジットたちに迫る。


 ルネッタを抱えて逃げようとしたブリジットだが、その途端に酷い倦怠感を覚えた。足が泥に捕まれたように重い。抱えた直後まで軽く感じていたルネッタの小さい体が、とても重い。


 こんな時に疲労が来たか、と考えたのも一瞬。


(待って、違う、これ、身体強化が切れたんだ……っ!)


 この土壇場で、一番失うと辛いものが、失われてしまった。


 反動なのか、異常に足が震える。このまま倒れてしまいたくなった。


 だが、ブリジットはぐっと歯を食いしばり、何とか立ち上がろうとしていたルネッタを抱きしめる。


 その瞬間、思い切り首を振り上げた異形の角で、ブリジットとルネッタは大きく空に跳ね飛ばされた。強い衝撃にルネッタがブリジットの腕の中で悲鳴を上げる。


 それから間もなく、二人はブリジットを下敷きにする形で少し離れた地面に落下した。


 それとほぼ被って鳴ったのは、ガラスが割れるようなパリンという音。ぶつかられる直前に咄嗟に発動したブローチに込められた防御の魔法が、ニーロが彼女に言わずに残した防御の魔法が、役目を終えて割れた音だ。


 二人共に新たな怪我はしていない。だが、衝撃を全て散らせられたわけではなかった。ブリジットが背中を大きくぶつけた衝撃で何度も咳き込む。


「ブリジ」


「逃げ……て……」


 言下、ブリジットの最後の魔力が発動した。ブローチが輝き、ルネッタを包み込む。そうすると、怪我をしていた足が治り、少しばかり体力が回復した。


「な、何で……! 何でそこまで! 今日会ったばかりじゃない! あたしあんたにそんなに守ってもらうほどのことしてないわよ! そんな価値、あたしに……っ!」


 倒れたままのブリジットに覆いかぶさり、ルネッタはボロボロと涙を零しながらブリジットを見つめる。落ちた雫を受け止めた彼女の頬はほとんど動かない。その青い双眸は、真っ直ぐ上を見ているはずなのにルネッタを捉えない。


 耳だけは正常に動いていたブリジットは、問われた内容を朦朧とする意識の中で受け取った。


「……なき……はんと……ちょう……まも……しゅ……しえ……」


 上手く動かない口で答えた言葉は途切れ途切れで、間近で聞いていたルネッタにもその全ては聞き取れない。


 それでも、確かに聞き取れた単語に眉を寄せて怪訝な顔をする。


「……は? 何で()()()が」


 問い返そうとした瞬間、草を踏む音が近くに聞こえ、ルネッタはぞっと背筋を冷やした。ごくりと喉を固い唾が通って鈍く鳴る。


 振り向くことを拒否する体を叱咤し、ルネッタは振り向いた。


 そしてその瞬間、間近で目が合う異形。


「ひぃっ!?」


 逃げなかったからか、突進で吹き飛ばしてしまったことを学習したのか、異形はそれまでの勢いが嘘のように静かに間近に迫っている。


 ルネッタが青い顔で地面に尻餅をつくと、一拍空けて、異形はゆっくりと、にたりと笑った。


 これは元々「脅かし用のイタズラゴーレム」として作られた際にマヤが悪乗りで付けた機能だ。感情察知で恐怖を受け取ったら発動するようになっている。


 だが、ルネッタはこのゴーレムを作ったこと自体を忘れており、そもそもこの機能もマヤが勝手につけたものなので当然に知らない。


 そのため、その笑顔に心底から肝を冷やした真っ青になる。


 逃げなくては。


 凍り付きそうな思考で何とかそう考えだすが、今から逃げても追いつかれる未来しか浮かばない。それに、変な逃げ方をしたらブリジットを踏み潰されてしまうかもしれない。


 どうしたらいいのか。自然と目が助けを求めてさまよう。


 そんな彼女の目に映ったのは、落下した際にブリジットの手から取り落とされた解呪の魔鎚。


 気付いた瞬間に必死で立ち上がり、ルネッタはブリジットを乗り越えて解呪の魔鎚を両手で持ち上げた。


「あっ、あっち行きなさいよ! あたしは、あたしはこんな所で絶対死なないんだからね! あ、あたしの魔力があれば、これであんたなんかボッコボコに出来るんだから! ほっ、本気だからね!」


 震える両足。震える両手。震える声。それでも視線だけは、強気に異形を睨みつける。


 しかしそんな彼女の精一杯の脅しなど通じず、異形は一歩一歩ルネッタたちに近付いてきた。本来であれば働くはずの安全装置は、核となる魔石に込められたキャシーの悪意が覆い隠している。


 そうなれば、従う者(ゴーレム)たる異形が行うことは、与えられた命令の躊躇なき遂行。


 確実に殺そうとしてくる巨体に、ルネッタは両目を瞑ってめちゃくちゃにハンマーを振り回した。


「くっ、来るなっ、来るな来るな来るなぁっ! あっち行きなさいよ馬鹿!」


 ぶんっ、ぶんっ、と空気を切る音がするが、魔力の一片も魔鎚には通らない。


「何で……何でよぉ……っ! 動け、動いてってば! あたしの魔力なのに、何であたしの意思で動いてくれないのよ……っ!」


 何度も何度も、ルネッタは魔鎚を振り回す。ぎゅっと瞑った目の下から、いくつもの涙が溢れ頬を伝い落ちた。


 彼女は気付かない。


 林の木に隠れながら、キャシーがニヤニヤとしながらその様子を眺めていることに。


 彼女は気付かない。


 その足を、倒れたブリジットの手が力なく掴んでいることに。


 異形が眼前まで近付く。


 その巨体が後ろ脚だけで支えられるように跳ね上げられた。


「あっち……っ!」


 目を瞑ったまま、ルネッタはこれまで以上に強く魔鎚を握りしめ、大きく振りかぶり、振り抜く。


 その瞬間、足元から全身に向かって揺らされたような感覚が走り、ルネッタの内側で何か大きなものが動いた。


「行けーーーーーーーっ!!」


 叫ぶような大声。


 魔鎚の面が異形を捉えると同時に、強風を超えた豪風――それすら超えた轟風が吹きすさぶ。


 場違いに軽い音がした直後、異形は大きく吹き飛ばされ、高く高く空に巻き上げられた。それは緩い孤を描き、林の方へと飛んでいく。


「――え――」


 残った風の煽りで髪や服がバタバタと揺れる中、ルネッタは魔鎚を両手で握りしめたままその場に座り込んだ。


 今何が起こったのか。


 何故あの異形が吹き飛んだのか。


 混乱する頭で考えていると、足を力なくポンと叩かれる。


 そちらを見れば、先程より正気の戻ったブリジットが、倒れたままルネッタを見上げていた。


「……やり、ました、ね、ルネッタ様……魔力、使えました」


 にっと歯を見せて笑うブリジットに、ルネッタはようやく事態を実感する。そして、じわじわと喜びが浮かんできた。


「……今の、そうよね? そうよね! あたしの! あたしの魔力よね!? やったっ、やったやったやったーー! あたし魔力使えた! ブリジット、あたし魔力使えた!!」


 がばりと立ち上がると、ルネッタは跳ねまわって喜ぶ。


 そんな彼女を倒れたまま見上げ、ブリジットは「はい、はい」と丁寧に何度も同意を唱えた。


 その時


「ルネッタ! ブリジット!」


 焦った声が、背後から聞こえてくる。


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