第16話 「目覚めの一歩」①
林の中を駆けながら、ルネッタは斜め後ろを走るブリジットを振り返らずに怒鳴る。
「何であんたまで来てんのよ!? 魔女狙ってるって言ってるんだから、あんたも隠れてれば良かったでしょ!」
――本当は怒鳴るつもりはなかったが、走っている勢いで声が強くなりすぎた。
しかし、ブリジットは気にした様子もない。
「ルネッタ様を守りたくて来たのに、ルネッタ様を放っておいたら本末転倒です!」
後ろを気にしながら駆けているせいか同じく勢いづいた声で返される。その言葉の意味が一瞬理解出来ず、ルネッタは「は?」と言葉を取りこぼして走りながらつい後ろを振り向いてしまった。
「きゃっ!?」
「あっ!」
木の根に足を取られて転びかけるが、それはブリジットが後ろから抱えて阻止する。
「大丈夫ですか? 抱えます? もう少しなら身体強化も持ってくれると思います」
後ろを気にしているせいか早口になるブリジット。口をパクパクさせたルネッタは、しかし結局口を閉ざしてその手から離れた。
「大丈夫って言ってるでしょ。あたし体力にも足の速さにも自信あるんだから。それより、ついてくるならまた襲われた時そのハンマーで何とかしてよ」
言いながらルネッタは再び走り出す。痛めている様子もなかったので、ブリジットはほっとしつつその後ろを追いかけた。
「はい。……魔力が持つ間は、頑張ります」
「何それ、どういう意味?」
隣に並んだブリジットにルネッタは怪訝な視線を向ける。ブリジットは前を向きながら、解呪の魔鎚をぎゅっと握りしめた。
「さっき魔物を吹き飛ばした時、勢い付けすぎちゃったら、結構ごっそり魔力使っちゃって……」
「はぁ~~? あんたそんなんで『守る』とか言ったわけ? 期待させんじゃないわよ!」
「す、すみません……」
もうっ、と文句を零し、ルネッタは言葉を止めて走る速度を上げる。ブリジットも自身の勢い任せを反省しつつ、同じように速度を上げた。
後ろを振り向くことはお互いにもうしない。
背後からの追いかけてくる音が、徐々に大きくなってきている。
(魔力は――少しだけ回復したけど、これじゃ魔力使いきってもさっきみたいな威力は出せない。とにかく早くファーラちゃん達と合流しないと)
自身の内側に巡る魔力を探りながら、ブリジットは少しずつ増していく焦燥に駆られていた。
ニーロに、いや、誰でもいい。誰か魔女にさえつながれば、移動はすぐに出来るから助けてもらえる。今は走ることだけ考えればいい。
幸い、ルネッタは林の中でもちゃんと自分の位置を把握していた。微妙な方向調整をしながら、進路はしっかりと目的地に向かっている。
「あっ! いいの見つけた!」
林の外に視線が行ったルネッタが、急にその方向に転換してそちらに駆け出した。
一体何が、とその後を付いて行くと、林を抜けてすぐの所に膝をついて丸まっているゴーレムが現れる。
「こいつに足止めさせましょ! 戦闘用ってわけじゃないけど、一応非常時にはあたしの護衛になるようにって魔道具の魔女ちゃんが調整してくれてたから」
それは確かに「いいの」だ。ルネッタがゴーレムに近付くのを止めず、ブリジットは背後を気にしながら彼女の後ろで足を止めた。
その途端、ブリジットは一気に疲れが来て息が荒れてしまう。ここまでほとんどずっと走ってきたのだ。身体強化を使っていたとしても、疲労は蓄積されて当たり前だった。
ちらりと見れば、ルネッタも顎に伝う汗を手の甲で拭って大きく肩を上下させている。身体強化なし、かつ、ルネッタの年齢でこの状態なら、本当に彼女は体力に恵まれていることが察せられた。
「よしっ、起きた!」
魔力を吸収したゴーレムの目に黄色い光が灯り、ゆっくりと立ち上がる。
「えっと、緊急コードはー……あ、『私を守って』!」
両手の人差し指を頭に当てて一瞬考えこんだルネッタだが、すぐに思い出して緊急コードを口にした。
その途端、ゴーレムの目の色が青に変わる。
「あ、魔力の流れが変わりました。指先とかに細かく入ってた魔力が外装? 装甲? の方に回ってます」
「あたしには全然分かんないけど……ま、戦えるようになったってことでしょ。じゃあ」
目を合わせ、ルネッタとブリジットは声を掛け合うことなく同時に駆け出した。
「「逃げましょ(う)!!」」
言下、背後から木々を折り倒して現れたのは、疲れた様子のまるでない異形。
林から出て一度止まった異形は、二人――正確にはルネッタを捕捉し、後ろ足で地面を数度蹴り始める。それは、猛牛が突撃する前のような動作であった。
――いや、ような、ではない。そのものだ。
異形は何度目かの動作の後、予想通りに突撃を始める。それを、護衛モードとなったゴーレムが割り込んで体で止めた。強烈な衝突音が、痛いほど耳に響く。
「っ、何でこんな甲高い音が……?」
片耳を塞ぎ顔をしかめながら、首だけ振り返るブリジット。走っている分どんどん距離が開いているので、ゴーレムと異形の衝突の詳細は分からなかった。
ただ、肉の身を持つはずの生き物がゴーレムとぶつかってこんな音が鳴るのだろうか、という疑問だけが胸に渦巻き続ける。
一方で、そのことに対してまるで疑問に思わなかったルネッタは、半身だけ振り向きながら両拳を握りしめた。
「やった! さすがあたしのゴーレム! そのまま止めといてね!」
ルネッタが声をかければ、命令系統が発生しているか分からないが、ゴーレムは少し異形を押し返す。
これなら、無事に邸宅に辿り着けるかもしれない。
二人がそんな希望を抱いた、その時だ。
「――えっ!?」
大きな声を上げたのはブリジット。一瞬完全に振り返ったブリジットは、何、と聞き返していたルネッタの背中を思い切り押した。
「ちょっと何」
「走ってくださいルネッタ様! ゴーレムの魔力が奪われた!」
え、とルネッタが信じがたさに呟いた直後、背後から再びの衝撃音が聞こえる。かと思うと、ブリジットとルネッタに被るように大きな影が頭上に現れた。
咄嗟に上を向けば、そこにあったのはぴくりとも動かないゴーレムの姿。視界の端では、異形が頭を大きく振り上げている姿が見える。
吹き飛ばされたのだ、と思ったのと同時に、ゴーレムが二人めがけて落下してきた。




