第15話 「純粋なる悪意」⑦
名案だ、と笑うルネッタ。ブリジットは混乱しながらも、悪い話ではないと納得してしまった。
実際、ブリジットは絶対魔女になりたいわけではない。命を救ってくれたニーロの魔女だから、跡を継ぎたいのだ。
一時とはいえ、本来であればキャシーに譲るのが正しいだろう。
だが、キャシーは先程から魔物に対して怯え続けている。魔女を継いでも戦えるか分からない。
(そもそも、魔女の得意な魔法は本人の性質による。優しいキャシーさんが、攻撃魔法が得意な魔女様になるとは思えない)
それなら、確かに自分が一時的にとはいえなった方が、まだ攻撃魔法が得意な可能性があるだろう。
そう考え、ブリジットは決意して頷いた。
「分かりました、必ず魔女をお返しします。今だけお借り」
「駄目よっっ!!」
ブリジットとルネッタの間で話が成立する。互いに手を差し出し合って近付き合ったところで、元の場所で座り込んだままだったキャシーが心底焦った様子で叫んだ。
驚いたブリジットたちの視線が弾かれるようにキャシーに集まる。その視線の中、キャシーは冷静になろうと、しかしなりきれない戸惑い具合で二人を止めた。
「さっ、さっき言ったでしょルネッタ!? あの魔物は魔女の契約を狙ってやってきてるの。そんなことしたらブリジットちゃんが危ないじゃない」
必死に必死に、キャシーは頭を回す。
「そ、それに、あなた達は知らないかもしれないけど、魔女の契約は一回きりよ。ルネッタは魔女を手放したらもう魔女になれないし、ブリジットちゃんだってニーロ様の魔女を継げなくなっちゃうわ。そ、それなら私の方がマシでしょ? だって研究の魔女様の弟子で、ルネッタの姉弟子なんだから、私が継いだ方が嬉しいでしょ?」
ねえ? と強くキャシーが問えば、ブリジットもルネッタも難しい顔をした。
魔女が一回しか継げない、というのが真実かどうかは、実はキャシーも知らない。
だが、真実かどうかは今は関係ない。必要なのは「真実かもしれない」という誤認。二人が戸惑う時間。
狙い通り、ルネッタは手を引く。それにキャシーは隠しきれず口元を笑みの形に歪めかけた。
だが、ここでキャシーの誤算が発生する。
「――だったら、あたし絶対に譲りたくない。逃げるわ。魔女を狙ってくるなら、キャシーはそこにいて。あたしだけで逃げる」
ぎゅっと拳を握りしめ、ルネッタは駆け出した。
「――は?」
「ルネッタ様! すみませんキャシーさん、私はルネッタ様を追います! どうか隠れていてください!」
放心したキャシーを放置して、ブリジットもその場を駆け離れる。
二人の背中が木々に遮られて完全に見えなくなった後、変身ゴーレムが木々をぶつかり倒してキャシーの座り込んでいる近くまで来た。
変身ゴーレムはキャシーを見るが、自身を動かす核の中心の魔力の持ち主――主と認識して、また視線を彷徨わせる。
その横で、キャシーは魔力を纏わせた指先をブリジットたちが駆け去った方へと向けて魔力を放出した。近くに誰か魔力を感知出来る者がいれば、顔をしかめるほどの悪意を込めて。
引かれるように顔をそちらに向けた変身ゴーレムはルネッタの魔力を捕捉し直し、再び振動を立てながら駆け出す。
残されたキャシーは座り込んだまま天を仰いだ。
それから一拍、二拍、間を開け、その口からは短い笑い声が漏れ出す。そしてそれはやがて、高笑いに変わった。
少しの間続いた笑い声は、ふと止まる。
「……もういいや。悔しがる姿見たかったけど、これ以上は効率悪いし、死ぬ直前に貰おう。あの二人が死んじゃって私が魔女になれば、片付けなんて簡単だもんね」
空虚な目で冷たく呟くと、キャシーはサッと立ち上がり、軽やかな笑顔と軽やかな足取りで歩き出した。
「未来の才能溢れる魔女のために、死んでね二人とも」
漏れ聞こえる鼻歌を聞く者は誰もいない。
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※次回更新は「2026/04/08(水)」になります




