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第15話 「純粋なる悪意」⑥


「まだ諦めちゃ駄目です! 足がまだ動くなら、心を折るのは早いです。突進してくるんですよね? だったら、えっと、――林! 林の中を進みましょう。木がある分平地を走るより動きを制限出来るはずです」


 周りを見回したブリジットが示したのは、少し先にある林。ルネッタは「そうしましょう!」とすぐさまそちらに駆け出した。


 ブリジットもすぐに駆け出そうとしたが、踵を返し立ち止まっているキャシーの前に立つ。そして、励ますような優しい笑顔を浮かべた。


「大丈夫です、キャシーさん。もう少し頑張りましょう。レナさんも先程の異常に気付いていましたし、ファーラちゃんと合流してすでにお師匠様か他の魔女様に連絡してくれている可能性があります。きっと大丈夫ですから」


「…………そ、うね。頑張るわ」


 引きつった笑顔を返すと、ブリジットは「行きましょう」と張り切った様子で駆け出す。その背中に、キャシーは憎々しげな視線を投げた。


(もうっ、何なのよこの子! だからやっぱり私に魔女を譲って、って言おうとしたのに、全然そんなタイミング取れなかったじゃない! こういう人の話を聞かない無駄にポジティブな子って嫌い!)


 やはりもう少し危機的な状況でないと駄目だ。わざとゆっくり走ってルネッタとブリジットから距離を空け、キャシーは撒き餌のように魔力を流す。


 魔石の命令で変身ゴーレムはルネッタを優先的に狙うが、それなりに離れてしまったのでもしかしたら見つけられない可能性があった。それを潰すための行動だ。


(本当は多めに流す方が簡単なんだけど、ブリジットってば生意気に魔力の流れを把握するのは得意みたいだし、バレない程度にしておかないと)


 そしてそんなキャシーの狙いは、ブリジットたちが近くの林に入った直後に叶うことになる。


 丘の上に、異形が姿を現した。


 異形は眼下を見回し、すぐにキャシーが残した魔力に気付く。そして、突進の勢いで林に向かってきた。


「気付かれた! 二人とも走って!」


 ブリジットが強く叫べば、ルネッタは走る速度を上げる。ブリジットは走るのが遅いキャシーの背後に回って背中を押した。


 しかしその瞬間、キャシーはにやりと笑ってわざと転ぶ。


「きゃあっ!?」

「きゃっ、ご、ごめんなさいキャシーさん。大丈夫ですか? 立てます?」


 転びかけたが、ブリジットはギリギリで体勢と整えた。申し訳なさと焦りで表情を強張らせながら、ブリジットは手を差し出す。


 一緒に転べばよかったのに、と、自分で転んでおきながらキャシーは地面に向けたまま不満げに眉をしかめた。


 しかし、顔を上げた時の表情は申し訳なさそうなそれに一瞬で切り替わる。


「ううん、こっちこそごめんブリジットちゃん。……やっぱり、間に合わないわ。ねえ、ルネッタ。さっきの話、まだ覚えてるわよね?」


 地面に座って、キャシーはルネッタに真剣な視線を向けた。問いかけた対象は、もちろん魔女の継承の件だ。


「……魔女を譲れ、って話よね……」


 ルネッタが苦しげな表情で呟けば、ブリジットは「えっ!?」と驚きの声を漏らす。


 それでも、姉妹弟子の間で持ち上がった話に口を挟むほどブリジットは礼儀知らずではない。自然と一歩脇に下がって、二人のやり取りを見つめた。


 その行動に、内心キャシーはほくそ笑む。もちろん、おくびにも出さないが。


「絶対何とかして見せるわ。ルネッタも、ブリジットちゃんも、絶対守って見せるから。だから」


 キャシーは手を差し出した。強い視線で――目の奥に狂気の執念が滲んだ視線で、ルネッタを見つめ続ける。背後では重い駆け音がどんどん大きくなっていた。


「あっ!」


 不意にルネッタが大きな声を上げて手をぱちんと叩き合わせる。そして、明るい顔でブリジットに体ごと向き直った。


「ブリジットはあの男から魔女を継ぎたいのよね?」


「えっ!? は、はい、そうなりたいと思っていますが……?」


 質問の意図が分からずブリジットは混乱する。だが、キャシーは顔をひきつらせた。彼女は、ルネッタの質問の意図を理解したのだ。そして


「じゃあ、一回あたしの魔女譲るから、この騒動終わったらあたしに魔女返してよ。いいわよね? 魔女になりたいんじゃなくてあの男の魔女を継ぎたいんだもんね?」


 キャシーの予想通り、ルネッタはとんでもないことを言い出す。


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