第15話 「純粋なる悪意」⑤
傅くゴーレムたちを辿って駆けるブリジット。その時の体の軽さ、いつもよりずっと動く体に、ブリジットは師が残していった魔法が身体強化であることを察する。
きっとこれは、何かあっても逃げられるように、という師の願い。それに反する行動を取っている自分が申し訳なくなるが、今はそれどころではない、と気持ちは心の奥に押しとどめた。
そうして辿り着いた先で彼女が見つけたのは、小さめな小屋に取り付く異形の存在。
(腐食の魔女様じゃない!? あれ、あれってもしかして、魔物?)
予期せぬ存在を目にして、ブリジットの足は止まりかける。だが、異形が太い前脚を大きく上げたのを見て、そのまま駆け抜けた。
「どっっけええええええええっ!!」
異形のすぐ脇で解呪の魔鎚を振り抜く。無意識に込めてしまった魔力で、魔鎚からは強風を越えた暴風が発生した。
その風に吹き飛ばされ、巨体が小屋から離れる。そして間もなく、地面に轟音を立てて落下した。
振動で地面が大きく揺れるのを耐えていると、別のめまいがブリジットを襲う。
(っ、魔力、一気に使いすぎた……っ)
狙ったわけではないが、咄嗟に全力を込めすぎた。決して少ない方ではないはずのブリジットの魔力が、かなりの量減ってしまっている。
急激な魔力の減少により頭がクラクラする症状に何とか耐え、ブリジットは小屋の中に向けて大声を出した。
「ルネッタ様! いらっしゃいますか!? ご無事ですか!」
腹から声を出せば、中から応えるようにブリジットを呼ぶ声がし、すぐに小屋の扉が開く。
「やっぱり、ブリジット!」
赤い目をしているが、それでも嬉しそうに飛び出してくるルネッタ。そんな彼女にホッとして、ブリジットは彼女の両肩を掴んだ。
「ご無事でよかったです。さあ、逃げましょう。まずはお屋敷の方に行って、ファーラちゃんと合流しましょう。そしたら誰か他の魔女様に連絡がつくはずです」
口早にそう言うと、ブリジットはルネッタを抱えあげようとする。それに応じかけたルネッタは、しかしすぐに「待って!」と慌ててブリジットを制止した。
「キャシー! 小屋にキャシーがいるの! 連れて行かないと」
「キャシーさんも? そっか、合流なさってたんですね」
腕を引かれ、ブリジットはちらりと異形に目をやる。気絶したのか、異形はちらりとも動かない。今ならいけるはずだ。ブリジットは足早に小屋に入った。
「キャシーさん! ご無事ですか? 逃げましょう!」
小屋の中で座り込んでいるキャシーに声をかけながら、ブリジットは彼女に近付く。俯いている彼女の腕を取って立たせようとするが、腕に返るのは抵抗するような重量。
「え、あの、キャシーさん? どうしました? 急がないと魔物が……」
「ご、ごめんブリジットちゃん。さ、さっきまでは頑張ってたんだけど、ブリジットちゃんが来てくれたと思ったら安心しちゃって、足が……っ!」
ようやく顔を上げたキャシーは、眉を寄せて申し訳なさそうな表情をブリジットに向けた。
足が、と言われ、ブリジットはサッとキャシーの足に視線を投げる。怪我をした様子はないが、震えている様子が見て取れた。
「じゃあ私が運びます。さっきお師匠様が残してくださった魔法、身体能力の強化だったみたいなので、多分行けます。ルネッタ様、ご自身で走れますか?」
扉の辺りで止まって外を見ているルネッタに、ブリジットは視線を向ける。その瞬間、キャシーは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
(あの時の……! 本当に嫌いよあの男。余計なことばっかり。――どうする? 他の魔女になんて来られたらすぐにバレちゃう。いざって時は〝これ〟があるけど、これは最終手段にしたい……)
ポケットに手を当てながら、高速で思考を回転させるキャシー。
一番取りたいゴールは変わらず魔女になることだが、この状況ではかなり難しくなっている。であれば、この騒動をどうにか「自分に無関係」で終わらせるのが今キャシーが最も心を砕くことだろうか。
自分が損をしない最良の一手を考えているキャシーの前で、彼女の思惑に未だ微塵も気付いていない妹弟子たる幼き魔女がにわかに慌てだした。
「は、走れるけど、行くなら急いだ方がいいわよ! あいつちょっと動き出して来てる!」
外に視線を向けながらルネッタが急いた様子で片手をぶんぶんと上下に振る。気絶から意識が戻ってきたか、と考えたのはブリジット。衝撃による一時停止が解除されたか、と考えたのはキャシー。
行動に移したのは、ブリジットの方が先だった。
「キャシーさん抱えます! 行きましょうルネッタ様!」
「きゃっ!?」
「う、うん!」
キャシーを肩に抱え上げ、駆けだすブリジット。通り過ぎ様声をかけられ、ルネッタもすぐさまそれに続いて駆け出す。
身体能力を使っているとはいえ、魔鎚を持ちながら身長がほぼ変わらない女性を抱えて走るのは流石にきつかった。
まして、今走っているのは緩やかな丘になっている。駆ける速度が上がる一方、バランスは余計に崩れやすくなっていた。
走る最中ブリジットが何度かふらついていると、このまま立てない演技をしている方が危ないと判断したキャシーがブリジットを止める。
「ブ、ブリジットちゃん、もう自分で走れるから下ろしていいよ!」
「そ、そうですか? では」
背後を見て異形が来ていないことを確認してから立ち止まると、ブリジットは即座にキャシーを下ろした。少し疑わしい目をしていたが、キャシーがしっかり立つのを見るとホッとした様子を見せる。
「良かった。じゃあ、逃げましょう。ルネッタ様、もう少し頑張ってくださいね。お辛くなったら抱えますから、言ってください」
「大丈夫よ。あたしだって伊達に毎日この広い空間歩き回って植物の世話をしているわけじゃないわ。体力は十分あるんだから」
少し声を震わせながら、それでも強がるルネッタ。その彼女に笑って頷いてから、ブリジットは「行きましょう」と促してまた走り出した。
その後をルネッタが続き、さらに遅れてキャシーが続く。
(もう、ルネッタってば本当におバカ。さっき「魔女を狙ってる」って教えてあげたんだから、「狙いはあたしだからキャシーはここで」って言ってくれれば良かったのに)
そうしたらこんなに走らなくて済んだのに。ゆっくり考えをまとめられたのに。内心でそんな文句を吐き捨てていたキャシーは、ぴくりと背後の魔力の動きに反応した。
キャシーが魔力の知覚に秀でていること、そして、あのゴーレムの核がキャシーの魔力で動いているためだろう。キャシーは誰よりも早くにゴーレムが再起動したことを察知した。
(……あ、そうか。まだ、いけるかも)
にぃっと笑みを浮かべてから、キャシーは悲壮な表情を作り前の二人を呼び止める。
「二人とも待って!」
悲鳴に近い声をキャシーが上げれば、ブリジットとルネッタは肩を跳ねさせて振り向いた。幸い二人の視界には異形の姿は見えない。だからこそ、キャシーの呼びかけの理由が分からず困惑する。
「ちょっと何よキャシー!? 早く逃げないと」
「あいつが来る! 魔力を感じたの。逃げられないわ、邸宅までどれだけ距離があると思うの? ルネッタはさっき見たでしょ? あいつが突進してきたらどれだけ速いか」
恐怖を煽るように、キャシーはいつもより甲高い声を出した。
そんな彼女の狙い通り、ルネッタはそわそわとキャシーの背後と邸宅のある方に視線を行き来させる。丘を下って来ていたので、背後の様子は何も分からない。それがまたルネッタの恐怖を煽っていた。
だが、怯えさせたかったもう一人は、キャシーの思惑など知らずに真っ直ぐな視線で反論する。




