第15話 「純粋なる悪意」④
その日は出かけることになってしまったので、前日から毒は与えなかった。なのに、調子に乗って出歩いた結果師匠は死んでしまった。
よりにもよって、一切歯牙にかけていなかった出来損ないの前で。
レナに言われても、他の魔女たちに言われても、ルネッタは契約を誰にも渡さなかった。
もう一度毒を、と思ったが、ルネッタは薬と毒に関しての知識が深い。師匠の時にもキャシーの前で毒の症状のようだ、と言ったことがある。その時はキャシーが
『そんなこと言っちゃ駄目よ。それじゃ師匠が誰かに恨まれる人みたいじゃない。師匠はそんな人じゃないわ』
と諭して口を噤ませた。同じ手は絶対に使えない。そんなことをしたら「毒を盛られた!」と大騒ぎするのは目に見えていた。
ならば、と考えた結果、キャシーが思いついたのは、「ルネッタに自分から譲ってもらう」というものだった。
そのために、ゆっくりと、しかし念入りに準備した。
イタズラ用に、とそそのかして、変身機能を持ったゴーレムをルネッタから魔道具の魔女に依頼させて作らせた。
それはルネッタのゴーレムを基礎にしているうえに変身能力を持つため、非常に魔力を食う出来であった。だが、余興程度にしか考えていなかったマヤは、「運用性を度外視して作った」とホクホクしながら言っていたそうだ。
それをレナにばらし、怒らせ、返すという名目でルネッタから遠ざけた。狙い通り、2年近く前のことなのでルネッタはあのゴーレムの存在を完全に忘れているようだった。
ルネッタのことを気にしていた他の人間たちはゆっくりと追い出した。ルネッタが怒っていた、ルネッタが文句を言っていた、ルネッタが出てけと言っていた、ルネッタが嫌いと言っていた。そんな毒を少量ずつ、さりげなく与えて行った。
同時に、ルネッタにも同じ毒を与えた。そうするとルネッタは、キャシーが伝えていたような態度を他の者達に取るようになり、順調に人はいなくなった。
そしてこれが一番大事。レナとルネッタの仲を、極限まで悪くする。
そのために二人の間で上手に立ち回った。表面上では二人の仲を取り持つ振りをして、こっそりと、お互いがお互いを信頼していないという毒を仕込み続けてきた。
それが最高潮に達した、と思ったのが、昨日のことだ。
ルネッタとレナは魔女の勉強のことで大喧嘩をしていた。口では止めながらも、心の中ではもっとやれと喝采を送っていた。
泣きながらルネッタが部屋から飛び出した時は、手で隠した口元の笑みはしばらく消せなかった。
(蔦の魔女様々ね。あ、元を正せば腐食の魔女さん様々かしら)
二人の喧嘩はいつものことだが、その日の喧嘩はいつもよりずっと険悪だった。それは、ルネッタを認め、ルネッタが比較的素直に慕っているロザリアからレナが手放しで褒められたから。それに加えルネッタには「もっとお勉強頑張りましょうね」と言葉を残したのだから、もう最悪だ。
(レナったら鈍いから困っちゃったわ。普通あんなに言われたら他の人たちみたいに出て行くのに、2年もかかっちゃった。でも、私の苦労もこれで報われるのね)
今日計画を実行しよう。そう決意して、色々と準備を夜の内にしておいた。
(後はもう一度つついて喧嘩させればいいわよね~。うふふ、単純な姉妹弟子で助かっちゃうわ~)
うきうきして迎えた朝。
なのに、その日の朝急に、ルネッタがニーロたちを呼び出した。何故そんなことを、と問うたキャシーに、ルネッタは不機嫌そうな顔で答えた。
『レナがうるさいんだもん。もう鬱憤溜まりまくっちゃったから、あの外れ者で八つ当たりするの! あいつ反論してこないし、弟子も来たばっかりならあたしのこと敬うでしょ』
余計なことを。そう言いたい気持ちをどれほど我慢したか。
(最悪。用意したもの全部片さないと……)
魔女が来るとあっては破綻は目に見えていた。計画の延期を決めざるを得なくなり、キャシーこそ不機嫌だった。
だが、運はまだキャシーの味方をしていた。
ニーロの退場。それはまるで、天がキャシーに魔女を取れと言っているかのようだとキャシーは感じた。
ひとまず邪魔になりそうな客人二人を退場させるべく、茶に以前こっそり取っていた下剤を混入させた。
(またルネッタのイタズラ、って判断するだろうし、そのままレナとまた喧嘩してくれれば一石二鳥ね)
そう思うと、ついつい笑顔が輝いてしまう。
そして狙い通り、ファーラは退場。ブリジットが残ってしまったのは計算外だったが、所詮来たばかりの大人しい娘。大したことは出来ないだろう。何より予定通りレナとルネッタは喧嘩をし、ルネッタはこうしてここに逃げてきた。これはもう大成功だ。
キャシーはルネッタを追いかけるふりをして、まずは魔力炉のある小屋に向かった。そこで行ったのは、事前に用意していた魔石を魔力炉と接続すること。
魔石には事前にキャシーが魔力を込めている。魔道具を作る要領で立てた筋道は、「一定値以上魔力を得たら変身し、最も魔力が多い者を襲う」というもの。
準備を終えると、キャシーは今度はその魔石を持ってこの近くまで来た。予想通り墓地に逃げ込んでいたルネッタを確認してから、墓地の近くの林に隠していた変身ゴーレムを連れてきた。
その時に使用したのは、重力を操作する件の魔道具。ファーラを運んだ時と同じ物だ。応接室に置きっぱなしにしていたのは本当に偶然だったが、こっそりティーカートの下に忍ばせていた物を使うより怪しくないのでそちらを使った。
(後でそっちの魔道具も回収しないとね~)
気楽にそう考えながら、キャシーはそっとゴーレムを墓地のすぐ近くに下ろした。
そして、魔石をゴーレムにはめ込む。
その途端、魔石は大量の魔力を魔力炉から一気に吸収し、更に接続されている他のゴーレムたちからも保有魔力を全て収奪した。異常なほどに魔力が動いたが、当たり前のようにルネッタは気付かない。
(ほーんと、ダメな子なんだから、ルネッタは。――そんなあなたに、魔女なんて宝の持ち腐れよね?)
にんまりと笑ってしまう自分を収めてから、キャシーはポケットから取り出した”ある物”に目をやる。予定通りの色味になったそれを確認してから再度しまい直し、ルネッタと合流した。
そして、今に至る。
「……ち、千代、巡れ」
ルネッタは魔女を渡すことにまだ抵抗感を持っていた。それでも、契約を継承する詠唱は続く。
「千世、巡、れ」
目を焼かない不思議な光が、ルネッタを包みだした。
「我が、魔力に宿りし――契約よ、こ、ここに命ず」
ルネッタの手に光が集まり始める。
次で最後のフレーズだ。それさえ過ぎれば、この〝魔女〟はキャシーの物。
覚えず、キャシーの唇は限界まで引き上げられた。
「新たなる主の」
ルネッタの手に集まった光が、キャシーに映りだす。
(やった――!)
勝利を確信した、その時だ。
「どっっけええええええええっ!!」
外から聞こえてきた大声と、ほとんど同時に訪れる突風が吹くような音。そして少しの間を空け、地面に重量物が落下するような轟音が響き渡り振動で倉庫が大きく揺れた。
「えっ!? な、何っ!?」
驚いたルネッタが、詠唱をやめパッと手を離してしまう。
その途端、光は一瞬にして消え失せた。
継承されなかった契約に、キャシーは手を震わせ、ひどく顔を歪ませる。
(あいつ……っ、あいつ、ああ、やっぱりあいつもどうにかしておくべきだったっ! 大人しくしてたくせに! ああ、もうっ。来たばかりで何も出来ないなんて甘く見るべきじゃなかった)
キャシーは気付いていた。先程の声の主に。先程の突風の音と、轟音の正体に。
「ルネッタ様! いらっしゃいますか!? ご無事ですか!」
外から聞こえた少女の声。
その正体に遅れて気付き、ルネッタは無意識に笑みを浮かべ、キャシーは憎々しげに扉の向こうを睨みつけた。
「ブリジット!」
ルネッタは跳ねた声を上げ、すぐさま扉を開ける。




