第15話 「純粋なる悪意」③
キャシーの魔力が判明したのは、13歳の時、教会が各家庭に配布した熱の薬を飲んだ時だ。
その薬は、当時副都から教会に配布された。だが、キャシーの故郷は牧歌的な田舎だった。魔女――魔力を持っている者などいるわけがない、と気楽に考え、女性たちを集めることもせず少量を各家庭に配布したのだ。
それがキャシーの幸運。そして――彼女の両親の不幸だった。
キャシーの症状をただの風邪だと思った呑気な両親は、教会にそのことを報告もしなかった。だが、キャシーは両親よりもしっかりと教会の説明を聞いていたので、早くにこの薬で熱が出た危険性を理解していた。
このままじゃ殺される。
そう直感したキャシーは、熱が下がると同時に家を抜け出し、教会に駆け込んだ。
『神父様、神の膝元に証言いたします。私の、私のお母さんは、魔女でした』
ボロボロと泣きながら、苦しみながら言葉を絞り出すようなキャシー。その姿は、教会の者達に彼女を「家族への愛と神への愛で葛藤する少女」と思わせるのに十分であった。
そしてキャシーを信じた教会の者達は彼女を置いて、彼女の母親を引っ立てるために教会を後にした。
その隙に、キャシーは村から逃げ出す。高台から最後に見た様子では、母が捕まりそうになり、父が全力で抵抗しているのが見えた。
『ごめんねお父さん、お母さん』
悲しげな表情で両手を組み祈るような仕草をするキャシー。しかし
『でも、愛する娘のためだもんね。優しいお父さんとお母さんなら分かってくれるよね』
寄った眉は一瞬で晴れる。にこりと笑顔を残して、キャシーはすぐさま村の敷地から逃げ出した。
それからすぐ、キャシーは近くの街道で商人の一団に出会った。
『あの、私、その、家が貧乏で、親に売られてしまって……でも、隙を見て逃げてきたんです。お願いします、助けてください!』
必死に必死に、涙ながらにキャシーは頼み込んだ。まるで本当のことのように。
そして、キャシーに同情した商人の一団は彼女を連れて領地からも連れ出してくれた。
更なる転機がキャシーに訪れたのは、その半月後、魔力持ちだと判明した少女とその姉と、商団が立ち寄った町で偶然出会った時だ。
この姉妹が魔女の名のもと絶望していたため、ニーロのサーチに引っ掛かり、たまたま近くにいたキャシーも一緒に研究の魔女ミレーヌの空間に入ることが出来た。
そこで魔女という存在を知ったキャシーは思った。
『魔女って凄く特別よね。私にぴったりだわ!』
必ず魔女になる。そう誓ったキャシーは、努力を惜しまなかった。
頭は良かったので魔女に関連する知識を覚えるのに苦はなかった。
魔力を知覚する才能があったから魔道具の操作は難しくなかった。
人とやり取りするのは得意だから友人もたくさん出来たし、魔女たちからも簡単に認められた。
同期のレナがライバルだと何度も周りに言われて、そうね、と肯定してきたが、本当は眼中になかった。だっていつも階級が上がる時はキャシーの方が早かったから。
ルネッタは生意気でうるさくて仕方なかったが、単純だったし素直だったから可愛がった。ルネッタを構っていると周りから「偉いわね」と言われるのも気分が良かった。
キャシーの人生は順調だった。
だがその順調さに、特級の昇級試験の際に影が差した。
それは、レナと同時のタイミングでの昇級試験。
今回も間違いなく受かる、と信じてやまなかったキャシーがその時気にしていたのは、試験の順番だけであった。これまでずっとレナより先に昇級してきたのに、最後の最後で抜かされるなんて冗談じゃない。
『レナ~~、先受けていいかな? 後だと緊張しちゃって心臓潰れちゃいそうだよぅ……』
そう頼めば、レナは「別にいいわ」とあっさり返してきた。順番なんて気にしない、という態度が気に食わなかったが、結果として自分の得になるのでキャシーはそれをありがたく受け取った。
しかし、試験が始まり、終わる時、結果はあっさり言い渡された。
『私は、君が特級に上がることには反対する』
そう言ってのけたのは、世界で唯一の男の魔女、ニーロ・リッドソンだ。そして彼に呼応するように、試験官の魔女たちは次々に反対を唱えてきた。
結局、キャシーは全員一致の反対で特級に上がれなかった。
理解出来なかった。納得出来なかった。
試験が終わったらレナと愚痴を言い合おう、と思って待っていた。
なのに、レナは一人だけ特級に上がっていた。
(何で? 何でレナなんかが特級に上がれて私が上がれないの!? レナなんかどの能力も平均より少し高いくらいなのに。私の方が特化してるのに)
キャシーは泣きながら師匠に訴えた。試験官の魔女たちはキャシーのことを誤解している。きっとニーロが怖くて他の魔女たちは彼に合わせたのだ。今度は他の魔女たちにしてほしい。
しかし、そう訴えたキャシーに、師匠は静かに首を振った。
『彼らに否定された理由を、よく考えなさい。あなたは自分でそれが何なのか分かっているはずよ』
そう言って背中を向けた師匠に、一瞬で涙が乾いた双眸を向け、キャシーは決意した。
正式に継げないなら、継げるようにすればいい、と。
その日から、キャシーは少しずつ少しずつ、気付かれない程度に色々な毒薬を師匠に飲ませ始めた。毒と気付かれると解毒されてしまうので、気付かれない程度に少しずつ。
キャシーはこの空間にいる間に学んだ。魔法で毒は治せるが、病気は治せない。病気だと誤解させ、毒だと気付かれないように細心の注意を払った。そして、魔法では回復出来ないほどに臓器を弱らせていった。
『師匠、師匠無理しないでください。安静にしてくれないと私泣いちゃいますよ!』
そう言いながら近くにずっと陣取った。師匠を心配する弟子のように、あるいは第二の母を心配する娘のように。
もう少しかな、と思っていた。なのに、あの日、全てが台無しになった。




