第15話 「純粋なる悪意」②
「あ、あれ? 何だ、ゴーレムが魔力切れ起こしただけじゃない」
そこにいるのはこちらを向いて膝をついているゴーレム。この様子は、以前にも見たことがあった。ルネッタはホッとしてキャシーの後ろから出ると、ゴーレムに向かっていく。
「魔力を入れれば動くでしょ。もう、びっくりさせないでよ」
言下、ルネッタはゴーレムに触れた。本来であれば魔力を注ぐのだが、魔力の操作が出来ないルネッタの場合はゴーレムに勝手に吸収してもらう。
「ん?」
ゴーレムに手を当てながら、首を傾げるルネッタ。
「どうしたの?」
「んー、いや、なんかよく分からないけどいつもより持ってかれてるような」
気がする、と言葉は続くはずだった。
だが、言葉は止まる。ルネッタの手の下で、ゴーレムの目が急に輝いたから。――普段と違う、赤色を発して。
「な、何!?」
咄嗟に手を離して逃げるように離れると、その途端、ゴーレムが勢いよく立ち上がった。そして、ブルブルと震えたかと思うと、その見た目がぐにゃりと変化する。
一瞬後に出来上がったのは、大きな角を持ち、大地を踏む太い四肢と、筋肉質な人間のような体を持つ形容しがたい生き物。敢えて例えるなら、猛牛が中途半端に人の体を持ったような姿だ。
当たり前だが、ルネッタのゴーレムにこんな機能はない。
「きゃっ!? ちょ、ちょっと何よこれ!? キャシー何よこれ!?」
「わっ、私に聞かないでよ! でも、これもしかして、ま、魔物!? ルネッタこっち! 逃げよう!」
魔物、と言われ、ルネッタはサッと顔を青くする。見たことはないが、こんな異様なものはそれでなければ説明が出来ない。
差し出された手を取るように駆け出したルネッタ。その後ろで、魔物と思しき存在はルネッタに向けて突撃してくる。
「きゃああっ!?」
ギリギリでキャシーに腕を引かれたため直撃は避けられたが、魔物の突進の直撃を受けた柵はバラバラに壊れてしまった。その威力にぞっとしながら、ルネッタとキャシーは手を取り合って逃げ出す。
「見えるところじゃ危ないから、こっち!」
キャシーに手を引かれて隠れたのは、墓地からほど近い場所に建てられている倉庫。墓地の掃除用具などを片付けている場所だ。
扉を閉めて鍵をかけて一息ついたルネッタは、ドクドクと跳ねる心臓を抑えながらその場に座り込む。
何とか息を整えようとしていると、壁の隙間から外を見ていたキャシーが固い声で「どうしよう」と呟いた。
「あの魔物、こっち探ってるっぽい……もしかして、ルネッタを探してるのかも」
「な、何で!? さ、さっき魔力吸われたから!?」
半狂乱になりながらルネッタが問うと、キャシーは右上に視線を送りながら何かを思い出すような顔をする。
「えっと、前にちょっと聞いたことがあるんだけど、魔物って魔女――というか、契約に反応して襲ってくるんだって。だから、多分今もルネッタを、というか、魔女を探してるのかも」
「……そんな……っ」
絶望した声を漏らし、ルネッタは頭を抱えて地面に視線を向けた。
例えばルネッタがちゃんとした魔女であれば、きっとこんな状況はピンチでもなんでもなかった。あんな魔物、魔法で一発で倒せたはずだ。何せルネッタの魔力は今の世代でもトップクラスに強い。
だが、現実はそうではない。ルネッタは魔法が使えない。
めぼしい魔道具も持っていない今、ルネッタが対抗できる手段はないのだ。
「――死にたくない……っ、お爺ちゃん……!」
ぽた、ぽた、と留まらない涙が倉庫の床を濡らしていく。
その時だ。信じられない言葉が、ルネッタの耳朶を打った。
「――ルネッタ、私に魔女を譲って」
この状況で、最も命知らずな言葉が。
ばっと顔を上げると、キャシーは真剣な表情でルネッタを見つめている。
「だっ、駄目よ! あいつは魔女を狙ってるんでしょ!? そんなことしたらキャシーが……っ。キャシーまでいなくなったら私」
「大丈夫だよ」
混乱するルネッタの肩を、キャシーは強く掴んだ。痛みすら感じるほどだった。だが、少し震えているのが指先から感じられて、ルネッタは文句も言えない。
そんなルネッタの顔を見つめ、キャシーはニコリと笑みを浮かべて見せる。
「私は魔力の知覚得意だし、魔力操作だってちゃんと出来る。魔女になったらきっとちゃんと魔法を使えるわ。ほら、魔女になってすぐは魔力の出力が凄く上がるって言うじゃない? あんな魔物一発よ!」
ルネッタから手を離すと、キャシーはふざけるような動作で片方の拳を前に突き出した。
そんなキャシーを、ルネッタは信じがたい目で見上げる。
「……何で、そんな……魔物に殺された魔女もいるって、前言ってたじゃない。セスティアも、殺されかけたことあるって、レナが前に言ってたわ。なのに、何で戦おうって思えるの? 怖くないの……?」
揺れる瞳を向けてくるルネッタ。キャシーはふざけるのをやめて、優しく微笑んだ。
「……怖いよ。怖いに決まってる。でも、やらなくちゃ。だって」
両拳を胸の前でぐっと握りしめ、キャシーは安心させるように真っ直ぐにルネッタを見つめた。
「姉弟子ってことは、私はルネッタのお姉ちゃんだから! お姉ちゃんは妹を守らなくちゃね。そうでしょ?」
ぱちり、と、ウインクを投げかけられ、ルネッタは泣きそうに顔を歪める。かつてキャシーが言ってくれた言葉を、彼女は忘れていなかった。
変わらない愛情。いらない子ではないと言われたような安心感。
それでもまだ決断を出来ずにいると、倉庫の前で重い足音がする。続いて聞こえてきたのは、魔物が唸る声。さらに、倉庫にぶつかってきたようで、鈍い音と大きな振動が続いた。
「ルネッタ! 時間がない、私を信じて!」
片手を差し出され、ルネッタは長い沈黙の後、それに手を乗せ、再び地面に顔を向ける。
これだけ追い詰められても、ルネッタは魔法を使える気がしない。
この窮地を脱するには、もうキャシーに魔女を譲るしかないのだ。
「――わか、った」
体も声も震えた。本当は譲りたくない。キャシーが味方だと分かっても、まだ何の意味もなくなるのは怖い。
それでも、命には代えられない。
ルネッタはそう自分に言い聞かせ、継承の呪文を唱え始める。これだけは、魂が理解をしていたから、覚える必要もなかった。
「――血よ、巡れ――」
まだ抵抗がある様子で、それでも詠唱が始まると、キャシーは目を瞑る。
「ありがとうルネッタ。私を信じてくれて。――ありがとう、ルネッタ」
そして再び目を開けて、キャシーは地面に視線を落としているルネッタを見下ろして笑った。
にやりと、とても楽しそうに、とても嬉しそうに、とても邪悪に。
(――馬鹿でいてくれて)




