第15話 「純粋なる悪意」①
時は少し遡る。
泣きながら飛び出したルネッタは、いつも逃げ出す場所にやってきた瞬間、倒れ込むように両手を両膝をついた。
その目の前にあるのは、祖父の名が刻まれた墓標。ここは、祖父と師の墓がある場所。魔女の空間で亡くなった者は共同墓地に送られるので、ここにあるのは墓標だけだ。
それでもルネッタには、この場所が心の拠り所だった。
「……お爺ちゃ、ん、お爺ちゃ、んっ」
ボロボロと涙を零しながら、ルネッタは祖父の墓に縋るように丸くなる。
祖父がいる頃は幸せだった。
いつもそばに祖父がいてくれて、薬草の知識や調薬の知識をたくさん教えてくれた。覚えが早い、天才だ、と手放しに褒めて撫でてくれた日が懐かしい。
だが祖父が亡くなってから、ルネッタを撫でる手はいなくなってしまった。師も姉弟子も周りの大人も優しくはあったが、祖父のように抱きしめてくれる人はいなかった。
「あたし、あたしが、魔女だもん。だから……っ、いらない子じゃ、ないもん……っ」
それは、長くルネッタの心を苛む傷。
ただ祖父に愛されていた小さい頃は知らなかった。自分が両親に殺されかけた、なんてことは。
それをルネッタに教えたのはキャシーだった。ある時急に、泣きながらルネッタの元にやってきたのだ。そして、ルネッタ可哀想、と何度も言ってきた。
何が、と問うたルネッタにキャシーはその話をしたのだ。祖父と別の薬師が話しているのを聞いてしまったのだ、と。
『ルネッタのお父さんとお母さんにとってはルネッタはいらない子だったかもしれないけど、私はルネッタのこと大好きだからね! だって姉弟子ってことは、私はルネッタのお姉ちゃんだから!』
ぎゅっと手をつないでくれた温かさと、それまでずっと死んだと聞かされていた両親の事実に、ルネッタはしばらく涙が止まらなかった。
あの日から、ルネッタは誰かから「もういらない」と言われるのが怖くて仕方ない。
だから、薬草畑で師が倒れた時、魔女を引き継がれた時、嬉しかった。契約があれば、自分は「いらない子ではない」と思ったのだ。
『この契約は、必ずレナに渡しなさい。いいわね、ルネッタ。必ずよ。必ず、レナに――』
それが師の最期の言葉。
胸を掻き抱くように呼吸を止めた師の言葉は何度も頭の中に響いた。
けれど、誰にもその遺言は言えなかった。レナにも、キャシーにも、他の魔女たちにも。
『何も言われてないわ! この契約はあたしのよ!』
そう言い張るルネッタを、何人の人間が信じただろう。いいや、きっと信じた人間なんていない。それくらいはルネッタにだって分かっている。
「~~でもっ、あたしが魔女じゃなきゃ、誰も気にしてくれないじゃない……っ!」
駄目なことをしていると分かっている。
きっと祖父が生きていたら優しく説得されたことだろう。『嘘をついてはいけない』と。『人は正しく生きなくてはいけない』と。
だが祖父はいない。ルネッタを守り抱きしめてくれる人はいない。
もう『魔女』以外、ルネッタの寄る辺はない。
しばらくの間泣き続けていると、不意に草を踏む音が聞こえてきた。
はっとして体を起こすと、墓地を囲む柵の向こうからキャシーが顔を出す。
「ルネッタ! 良かったぁ、やっと見つけた」
ほっとした様子で笑顔を零すと、キャシーはルネッタに近付いてきた。ルネッタは膝を抱えて座り、キャシーに完全に背を向けながら目元を乱暴にこする。
そんな彼女の横に、キャシーは気にせず腰を下ろした。
「……何しに来たのよ」
そっぽを向いて投げやりに問うと、キャシーは「心配しに~」といつもの調子で答える。
その声の気負わなさに引きずられるように、ルネッタはそっとそちらに視線を向けた。視界に、顎に手を当てニコニコしているキャシーの顔が入ってくる。
「何でそんなに笑ってるのよ」
「え~? だって私もしょんぼりした顔してたら気分下がっちゃわない? ルネッタに笑ってほしいから笑顔でいるの」
指先を頬に当てなお笑って見せるキャシー。それを黙って見つめてから、ルネッタはぽそりと問うた。
「……キャシーは、何でいつまでもこの空間にいるの?」
問いかけに、キャシーは目をぱちくりとさせる。そして、満面の笑みを浮かべた。
「未来の才能溢れる魔女のためだよ」
嘘をついているとは思えないほど、明るい声。またルネッタの双眸が潤んで揺れるが、ぷいと顔を背けてそれを隠す。
「……レナは違うみたいだけどね!」
ルネッタが不満げに大声でそう言えば、キャシーは今度は考えるように頬に手を当てた。
「あー。レナは前に『ここにいるのは師匠の継承を正しくつなぐため』って言ってたね」
「……ふんっ。絶対レナになんて譲らないんだから」
いつも厳しくて冷たいレナに対して、ルネッタはあまりいい感情を持っていない。褒めてほしいのに、頑張ったことは「当たり前」と言われ、頑張らないことは殊更に責められる。
それらの全てが「ルネッタを魔女として認めない」という姿勢ゆえだと分かっているので、ルネッタは余計に悲しいのだ。
抱えた膝の上に置いた両腕に頭をぶつけるルネッタ。その途端、ガチャンッ、という大きな音が響く。
驚いて顔を上げると、キャシーも音がした方向に目を向けていた。
「い、今の音何よ……?」
「わ、分かんない……見に行く……?」
疑問形で聞きながらも、キャシーは恐る恐ると言った様子で立ち上がり歩き出してしまう。嫌だ、とも言い難く、ルネッタはその後にぴったりとついて続いた。
そして、ふたりでそっと墓地の柵から顔を出し、音の正体に気付く。




