第14話「認められざる魔女」⑥
「……ねえ、あんた何で1ヶ月かそこらで魔力の操作そんなに出来るの? 最初から出来てた?」
聞きづらそうに問われ、ルネッタの手を握ったままブリジットはしゃがみ込んで「いえいえ」と緩く笑う。
「最初は全然でしたよ。魔力の動きなんて全然分からなくてお師匠様がサポートしてくれたんです。こんな風に手を……手を……」
はた、と気付き、ブリジットはルネッタの手を握りながらそちらの腕を持ち上げた。ルネッタからしたら正面、ブリジットからしたら上に来たそれを、二対の視線が同時に見つめる。
「何?」
「あの、ルネッタ様。魔力動かすの、試してみませんか? 私もまだ未熟ですが、操作は得意みたいですし、少しくらい出来るかもしれません」
いいことを思いついた、と意気込むブリジット。どういうことかと眉をしかめるルネッタに、ブリジットは自分が初めて修練の灯火を使った時のことを説明した。あの時は、ニーロが自分の魔力を流してブリジットの魔力を動かし、ブリジットに魔力を知覚させたのだ。
聞き終わると、ルネッタは開いている手を顎に当てて天井を仰ぎ見る。
「うーーーん、そういえばずっと小さい頃に1回お師匠様にそんなことされたことあるような……ないような?」
少しの間思い出そうとしていたようだが、結局思い出せなかったらしい。視線を下げたルネッタは、ようやく元の輝く瞳をブリジットに向けた。
「ま、いいわ。試してみなさいよ」
ぎゅっと握ったままの手に力が込められる。「はい!」と好奇心に近いやる気を見せ、ブリジットはルネッタの空いた手の前に修練の灯火を置いた。
ルネッタが目を瞑る。さきほど説明した時に「針に糸を通すイメージ」と伝えたので、それを実践しようとしているのかもしれない。
いざ、とブリジットが魔力を流そうと意識を集中させた。
その時、ガチャリと扉が開く。
入ってきたのは、片腕でポットとカップを二つ伏せたお盆を持ってきたレナと、彼女の後ろのキャシー。
「お待たせ。ついでにちゃんとしたお茶入れてきたわ……よ……!」
「ただいまー。ファーラちゃん落ち着くまでもうちょっとかかるかも……って、やだレナ急に止まらな」
レナは中の様子を見て一瞬言葉を飲んだ。その時に止まったことをキャシーが非難するが、その言葉が終わるより早く、血相を変えたレナが怒鳴る。
「やめなさいっ!!」
ブリジットにとって出会ってから初めて聞く大声。ルネッタとキャシーにしても、こんな風に声を上げる彼女を見るのは初めてのことだった。
怒られた二人はびくりと体を跳ねさせ同時に互いの手を離し、ルネッタは修練の灯火からも手を離す。レナの後ろではキャシーが両手で口を隠して目を見開いていた。
「魔力流そうとしてたわね!? 何考えてるの! 勝手なことするんじゃない!」
「も、申し訳ありません! 私がやろうと誘ってしまいました! 考えなしでした……」
反射のように立ち上がり、ブリジットは何の躊躇もなく頭を下げる。心の底から恐縮した様子を見せるブリジット。
「……何よ、あたしは魔女なんだから、何しても別に勝手でしょ。それともあんたの許可が必要だって言うの? 姉弟子ってだけで、立場は魔女のあたしの方が上なんだからね」
一方、ルネッタは不愉快そうに眉を寄せてレナを睨みつけた。そんな妹弟子に、レナは深い深い息を吐きだし、頭に手を当てる。
「馬鹿だ物知らずだとは思っていたけど……はあ、本当に何でお師匠様の最期の時にいたのがあなただったんだか……」
疲れたように零された言葉。それを聞いた瞬間、ルネッタの頭にはカッと血が上った。
「やっぱり! レナがここに残ったのはあたしから魔女を奪おうと思ってるからだ! でも残念でした! 今の魔女はあたしだし、絶対レナになんか譲ってあげないんだから」
憎いものを見るような視線をレナに向けるルネッタの表情は、しかしブリジットには何かに傷付いたように見える。
口を挟もうかと思ったが、それより早く氷の視線を返したレナが口を開く方が早かった。
「あらそう。でもそんなに悠長でいいのかしらね? 魔女になって2年経って、未だに七級から抜けられないでいる子に魔女でい続ける資格ってあるのかしら? 25人の魔女が同意したら魔女を取り上げられるの、忘れていないわよね? 今、ルネッタの否定派は何人かしらね」
怒りが炎ではなく氷の形を取ったとしたら、きっとこのような温度だ。ブリジットが咄嗟にそんなことを考えてしまうほど、その声も視線も冷たい。
対象ではないブリジットすら背筋を冷やしたそれを真正面から受け、ルネッタは顔を歪める。――泣く直前のように。
「ル」
「あたしは魔女よ! レナの馬鹿! 嫌い、大っ嫌い! とっととこの空間から出て行っちゃえ!!」
正気に戻ったブリジットがなんとかとりなそうとするが、それよりも早くルネッタは涙声で叫び部屋から勢いよく飛び出してしまった。
「ルネッタ様!」
「あ、大丈夫よブリジットちゃん! 私が行くから、ここにいて。ね?」
すぐに追いかけようとしたブリジットだが、それはキャシーに留められる。自分も、と言いたい気持ちはあったが、勝手知らぬ人の空間。勝手に動くより、キャシーに任せた方がいいだろう。
そう自分に言い聞かせて、遅れて飛び出したキャシーを見送った。
「――え――?」
思わず、ブリジットは思わず声を取りこぼす。
(今――いや、気のせいだよね)
浮かんだ疑問を振り払い、ブリジットは頭を抱えているレナに視線を向けた。
「……ほんっとうにあの子は我儘ばかり……誰のために残ってると思ってるのよ……!」
眉根を寄せてレナは不愉快そうに呟く。
そんな彼女の隣に立ち、ブリジットは少し上にある彼女の顔を見上げた。
「レナさん、ご不快だったら叱ってください。……ルネッタ様は、どういう経緯で魔女になられたんですか? 元々魔女を継ぐ予定だったのはレナさんだったと伺ってますが……」
真剣に見上げていると、眉根の険を取ったレナはじっとブリジットを見返す。
「……教えたがりに知りたがり。あなたとファーラは相性よさそうね」
「あ、その、すみません……」
「皮肉じゃないわ。姉妹弟子が仲がいいのはいいことよ」
先の発言を皮肉だと取ったブリジットは頭を下げるが、それはすぐにレナ本人から否定された。
反射的に見上げると、レナは視線をそらして長い息を吐く。持ちっぱなしだったお盆を机に置いてから、先程まで座っていたソファに腰を下ろした。
「巻き込んじゃったし、別に秘密にしているわけじゃないから、話すわ。座って」
ポットを傾けながら勧められ、ブリジットは向かいのソファに同じように腰を下ろす。
そんな彼女と自分にカップを渡してから、レナはルネッタが意気揚々と用意した茶葉で今度こそちゃんと入れてきた茶に息を吐きかけた。
語る始まりは、12年ほど前の出来事。




