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チートスレイヤーズ!!  作者: 堀井ほうり
鈴村龍之介の思考/不幸/虚構
22/40

第21話「ねぇよ」


 見えない、刃だった。

 いや、刃なのかすらわからない。気付いたら腕が、脚が、切られているのだ。

 あっという間に俺もアリスも血塗れになった。けれど、


「生き……てる?」

「生きてる、なぁ」

 傷口を抑えながら言葉を発するアリスに、俺は答える。

 これだけの傷を負っているのに、致命傷は与えられていないのだ。

「『静』の力、使えてんの?」

「いや、使えてたら完全ノーダメージのハズだろ」


 掌を翳すだけの動作で俺達を切り刻む寅宗は、しかしやがて動きを止めた。

 何かを考えるような、悩んでいるような雰囲気が目深に被ったフードの隙間から覗いている。


「……んでだよ、なんでだよォ!」

「ひっ」

 突然、激昂したかのような叫びにアリスが悲鳴を上げる。

 手を翳す寅宗。けれど、刃は生まれないようだった。

「友達なのに、なんで怪我させてんだよオレは! お前等を! ……殺したからだ! 俺の大切な、エリーゼを! お前等が殺したからだッ!」


 言い返す言葉なんてなかった。完全に俺達は「悪」で、加害者だ。許してくれとも、ましてや助けてくれなんて言えるはずもなかった。

 それでも、


「……悪かったよ」


 ソシャゲの邪魔をして怒られた時と同じように、俺は謝った。

 友達の、大切だったであろう人を殺めた時に紡ぐ謝罪の言葉なんて、十七歳の高校生にはわからなかったから。

 それでも、そんな俺の意を汲んでくれたらしい寅宗は、

「……気にすんなよ」

 と、微かに口元を歪めて笑った。体育の授業中、球技でシュートを外した俺の肩を叩くような気安さで。


「どうしよう……」

 俺の隣で、アリスは声を震わせている。

「あたし達、大変なこと、しちゃってた……」

 じわじわと、じりじりと、砂漠の太陽に焦がされるように罪悪感が込み上げてくる。

 俺達は酷いことをしてしまった。「チートスレイヤーズ」を始めてからずっと、俺達はたくさんの生命を消し続けてきた。

 ジャッキーが罪の意識を消していた可能性、とかそんなことはどうだっていい。やったのは、殺したのは俺達だ。罰を受けるのは俺達だ。


「殺してくれよ」

 ぼそっと、寅宗に頼んだ。寅宗に何かを頼んだのは久し振り……じゃないか。三日前にシャーペンの芯を借りたっけ。

 三日振りで、これが最後の頼み事だ。本当の、最後の。


 突っ立ったまま言葉も発さない寅宗に、

「殺してくれ」「やだよ」

 被せ気味に応えが返って来た。

 頬を指先で掻きながら、寅宗は言った。


「復讐とか、ダセーだろ。『目には目を歯には歯を』ってことわざあるけど、あんま好きじゃねーんだよ」

 いつものドヤ顔ではなく乾いた笑顔を浮かべて、寅宗は俺達に背を向けた。


「どこ、行くの?」

 アリスの問いに片手を挙げて、寅宗は砂の大地を一歩ずつ確実に踏んでいく。少しずつ、友達が離れて行く。


「許してくれなくていいから、」

 わがままだとわかっているのに、俺は声に出してしまった。迷子になった子供のような悲痛さで、傷だらけの右手で遠ざかる背中を追う。

「ずっと恨んでていいから、友達でいてくれよ! 尾井萩高のタイガーアンドドラゴンだろ、俺達」


 ざっ、ざっ、と続いていた足音が途切れて、振り向きもせず寅宗は小声で、けれどはっきりと意思を示した。

「ねぇよ」

 ざっ、ざっ、と砂を踏む音と共に、俺達は友達を一人、失った。

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