第21話「ねぇよ」
◇
見えない、刃だった。
いや、刃なのかすらわからない。気付いたら腕が、脚が、切られているのだ。
あっという間に俺もアリスも血塗れになった。けれど、
「生き……てる?」
「生きてる、なぁ」
傷口を抑えながら言葉を発するアリスに、俺は答える。
これだけの傷を負っているのに、致命傷は与えられていないのだ。
「『静』の力、使えてんの?」
「いや、使えてたら完全ノーダメージのハズだろ」
掌を翳すだけの動作で俺達を切り刻む寅宗は、しかしやがて動きを止めた。
何かを考えるような、悩んでいるような雰囲気が目深に被ったフードの隙間から覗いている。
「……んでだよ、なんでだよォ!」
「ひっ」
突然、激昂したかのような叫びにアリスが悲鳴を上げる。
手を翳す寅宗。けれど、刃は生まれないようだった。
「友達なのに、なんで怪我させてんだよオレは! お前等を! ……殺したからだ! 俺の大切な、エリーゼを! お前等が殺したからだッ!」
言い返す言葉なんてなかった。完全に俺達は「悪」で、加害者だ。許してくれとも、ましてや助けてくれなんて言えるはずもなかった。
それでも、
「……悪かったよ」
ソシャゲの邪魔をして怒られた時と同じように、俺は謝った。
友達の、大切だったであろう人を殺めた時に紡ぐ謝罪の言葉なんて、十七歳の高校生にはわからなかったから。
それでも、そんな俺の意を汲んでくれたらしい寅宗は、
「……気にすんなよ」
と、微かに口元を歪めて笑った。体育の授業中、球技でシュートを外した俺の肩を叩くような気安さで。
「どうしよう……」
俺の隣で、アリスは声を震わせている。
「あたし達、大変なこと、しちゃってた……」
じわじわと、じりじりと、砂漠の太陽に焦がされるように罪悪感が込み上げてくる。
俺達は酷いことをしてしまった。「チートスレイヤーズ」を始めてからずっと、俺達はたくさんの生命を消し続けてきた。
ジャッキーが罪の意識を消していた可能性、とかそんなことはどうだっていい。やったのは、殺したのは俺達だ。罰を受けるのは俺達だ。
「殺してくれよ」
ぼそっと、寅宗に頼んだ。寅宗に何かを頼んだのは久し振り……じゃないか。三日前にシャーペンの芯を借りたっけ。
三日振りで、これが最後の頼み事だ。本当の、最後の。
突っ立ったまま言葉も発さない寅宗に、
「殺してくれ」「やだよ」
被せ気味に応えが返って来た。
頬を指先で掻きながら、寅宗は言った。
「復讐とか、ダセーだろ。『目には目を歯には歯を』ってことわざあるけど、あんま好きじゃねーんだよ」
いつものドヤ顔ではなく乾いた笑顔を浮かべて、寅宗は俺達に背を向けた。
「どこ、行くの?」
アリスの問いに片手を挙げて、寅宗は砂の大地を一歩ずつ確実に踏んでいく。少しずつ、友達が離れて行く。
「許してくれなくていいから、」
わがままだとわかっているのに、俺は声に出してしまった。迷子になった子供のような悲痛さで、傷だらけの右手で遠ざかる背中を追う。
「ずっと恨んでていいから、友達でいてくれよ! 尾井萩高のタイガーアンドドラゴンだろ、俺達」
ざっ、ざっ、と続いていた足音が途切れて、振り向きもせず寅宗は小声で、けれどはっきりと意思を示した。
「ねぇよ」
ざっ、ざっ、と砂を踏む音と共に、俺達は友達を一人、失った。




