第7話 そして新しい道
この話で、一区切りです。
麗子の足は、少し良くなります。
雁子の質問に、軽く受け答えて、あやは麗子に向き直りました。
「いい、麗子、しっかり手術して、しっかり治すのよ。きっと成功するから。ね!」
麗子の車椅子の肘掛を、がっしりつかまえて力説するものだから、麗子も素直にうなずくしかありませんでした。
あやの気持ちが、痛いほど伝わってきます。
「おおきに、ありがとう、あやさん。」
「あや。あ・や!」
「あや」
「そう、それでいいのよ、麗子。手術は、あなたは受ける立場だけど、でも、がんばって。成功するよう、日本から祈っているからね。」
あやの気持ちが、うれしくて、麗子はあやの手をそっと握ったのでした。
「お館組じゃなくったって、私は麗子のこと、好きよ。」
ちょっと告白っぽい感じで、赤面しそう。
「なんか、愛の告白みたいだねえ。」
「「か・雁子!」」
「あはは、でも、あたしも麗子のこと、好きだよ。だから、隅っこで小さくなってるのはやめよう。もっと、みんなの中に入っていこう。」
「そうするわ。雁子や、あやや、尼崎さんや西宮さんが、近くにいてうれしいわ。」
「うん、そのついでに、こうして旅行にも来れたしね。なんかさー、ウチの商売も右肩上がりしそうな気がするよ。」
「そうね、私もそんな気がしてきた。今年のわが社の業績は、上がりそうね。」
「それならうれしいわ。」
「じゃあ、この調子で、東のほうも見てこよう。」
「そうしましょう。」
そうして、四人は麗お姉さまと一緒に、日本に帰って行きました。
「行っちまったねえ。」
「そうどすな、次はフランクフルトに行きまひょ。奈美子さんの事務取次ぎする、事務所がいります。」
「そうやなー、まだ手術までに、一週間くらいあるし、麗子ちゃんも一緒に、ドイツに行こか~。そのあと、イタリアにも行って、ジノリとか、オッピオとかのカップを見てこよ。」
麗子は目を丸くして、透吾を見ました。
「悪いのは足だけやねんから、大丈夫やてー。せっかく、日本を離れて、ヨーロッパまで来てはんにゃから、せいだい見物してこー。」
「もう、透吾ぼん言うたら、自分が楽しみたいだけちゃいますか?」
「ちゃいます。」
「ホンマやろか?ねえ、佐織。」
「そ、それをウチに振らんといてください。」
シャルルドゴール空港から、また、パリへとんぼ返り。
「エネルギッシュな方ですねえ、片岡の旦那さまは。」
雪江さんは、感心したように麗子にささやきました。
「そうねー、人生が楽しくてしかたがないみたい。」
透吾おにいさまのスタッフも交えて、賑やかに、一行はロワシーバスに乗り込んだのでした。
翌日からはドイツへ向けて出発します。
ベルリンでは東過ぎるという理由から、一行は西のフランクフルトに滞在することになりました。
なんでも、甚目寺さんの希望だそうですが、はたして何がそんなにお気に召したのでしょうか?
「ああ、なんとなくビールがおいしそうだったからだよー。たぶん、ベルリンの方が、首都なんだから便利だろうけどさ、あたしはフランクフルトで仕事がしたいんだ。」
なんとも自由なお方です。
「まあ、奈美子はんのカンにまかせておけば、商売繁盛まちがいなしやー。」
透吾お兄さまは、気楽におっしゃいますが、本当にいいんでしょうか?
麗子は、この時点では知りませんでしたが、なんと、奈美子さんは八百億円の資金を持っていたのだそうです。
それは、場所がどこでも平気なはずです。
一行は、フランクフルトで何軒か、不動産屋をまわり、精力的に情報を集めました。
このあと、コレを持ち帰って、検討するようです。
奈美子さんは、ドイツの料理とお酒を満喫し、よしこさんはオペラや博物館を回り、私たちも史跡を回ったりして楽しんだのでした。
パリで二週間を過ごし、ドイツとイタリアを回ると、あっという間に二十日を向かえ、麗子は入院することになりました。
「まあ、僕たちはずっとこちらに居てるよって、安心しててええよ。よしこちゃんが、そばにいてたら、フランス語も平気やし。」
透吾お兄さまは、気さくに笑って、枕元で雑誌を開きました。
「透吾ぼん、ずっとそこに居てはるつもりですか?」
よしこさんは、あきれて言いました。
「あかんか?」
「女の子の部屋どす。あんまり長居はいけません。そやし、麗子ちゃんも疲れてしまいます。」
「そうかー、ほな、ゆっくり休んでなー。」
お兄さまたちは、雪江さんになにごとか話すと、病室を出ていきました。
後に残ったのは、雪江さんとよしこさん。
「ウチは、通訳どす。まあ、大船に乗ったつもりで、リラックスしよし。」
「はい、ありがとうございます。」
「ま、麗さんお姉さんほどやないけど、ウチもお姉さんやと思って、わがまま言うてもええよってに、気楽にしよし。」
ヴェルサイユでの入院は、こうして始まりました。
その日から、レントゲンだのMRIだのと、検査は山盛り続き、三日前からは絶食。
点滴でごまかして、空腹感は感じないんです。
「はあ~、こらええなあ。太ったら、これでダイエットしようかしら?」
「よしこさんお姉さん、これ、けっこう栄養たかいらしいですよー。」
「あれまあ?」
透吾お兄さまは、街中で見つけたと言って、幼児向けの絵本を買ってきました。
文法がかんたんで、初心者でも読めるからだそうです。
たしかに、麗子にも読めました。
なんだか、すっかり赤ちゃんにでも、なったみたいな気分です。
手術当日も、お兄さまやよしこさんは、一緒になって顔を見せて、部屋を出るまで楽しい話をしてくださいました。
手術室に入る前に、麻酔をかけられるのですが、あっという間に意識が遠のいて、真っ暗になりました。
気がついたら、薄暗い部屋で寝かされていて、全身がけだるく、左足もぼーんとしています。
のどが渇いて、水が飲みたいのですが、なかなか人が通りません。
「みず…」
口を開いて出てきたのは、その言葉でした。
「雪江さん、水ちょうだい…」
やがて、看護婦が現れ、ついで教授とよしこさんが部屋に入ってきました。
教授は、麗子のようすを確かめ、手術が成功したことを、よしこさんを通して教えてくださいました。
思い切りほっとしたことは、言うまでもありません。
麗子は、雁子とあやに、短い手紙を書いたのでした。
手術から三週間、痛いリハビリもなんとかこなして、透吾お兄さまと成田に帰ってきました。
麗子の足は、完全とは言えないまでも、少しは動くようになり、後は日常の生活の中で使っていくしか、リハビリにならないそうです。
ですから、今はまだ車椅子に座っています。
「あ!麗子が出てきたよ。」
入国ゲートは、あっさりしたもので、透吾お兄さまに押されて、麗子の車椅子は姿を見せました。
雁子は、目ざとく見つけて、ゲートに駆け寄ります。
「おかえりなさい、麗子。」
「た、ただいま帰りました。」
「うん、うん!」
雁子は、感激した様子で、しきりにうなずいています。
目じりに浮かぶ水滴も、見られました。
「電話で聞いたけど、どう?立てるの?」
「うん、少しだけど、立てるわ。」
麗子は、車椅子から少しずつにじり降りて、その場で立って見せました。
『く・クララが立った!』
雁子とあやは、二人同時にボケていました。
「あんたらは、同レベルかい!」
尼ヶ崎耶柚は、強力なツッコミを見せました。
「おかえりなさい。白峰さん。」
「尼ヶ崎さん、麗子よ、れいこ。」
「じゃあ、あたしも耶柚でいいわ。」
「あらためまして、ただいま、耶柚。」
「おかえり、麗子。」
西ノ宮寿美も顔を出しました。
「あたしもまぜて~、お帰りなさい、麗子さん。」
「ただいま帰りました。」
学校の友達は、みんなが迎えてくれるのですが、父も母も顔を見せません。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「土方さん、父も母も来なかったんですか?」
「ええまあ、あれからまたドンパチありまして…」
土方さんは、小声でささやきました。
「まあ…せっかくお兄さまが、一ヶ月も付き合ってくださったのに、両親からお礼も言えないなんて…」
「先生は、あらためて、お宅に伺うと申しておりました。」
「ああ、ええよ気にせんでも。ほなら、とりあえず東京に帰ろか。」
「はい、こちらに車を用意しております。」
「あらまあ、そらごくろうさん。」
土方さんは、小さなバスをチャーターして、成田に来たのでした。
後日、うちの父と母は、脇坂の本宅に呼ばれ、オニのような叱責を受けたそうです。
脇坂本家のおじさまは、特に母に向かって、血縁からの離縁まで持ち出され、母は大泣きの状態ですくんでいたそうです。
今度、こんな状態でけんかをしたら、有無を言わせず離婚させると宣言されて、母は腰が抜けてしまいました。
「土方さん。」
「はい、なんでしょう?」
「エッフェル塔からの葉書、届きました?」
「ええ、ちゃんといただきましたよ。きれいですね。」
「エッフェル塔から葉書を出したのは、土方さんの一枚だけですよ。」
「え?」
麗子は、いたずらっぽく笑って、車椅子をくるりと回しました。
FIN
大団円ではありませんが、他のお話も書きますので。
この麗子は、ここまでです。