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サンシャワー  作者: おにぎし
21/22

苦手な電車を克服しよう

「ねえ、慈さん……あのさ、今日……」

「深刻な顔して、何? 遥斗くん」

「その、今日は、マジでホントに……そう、言うなればジーザス……つまり神ってた……」

「あはは、また言ってる。たしかに神回だったね、今日の朝ドラ」

「だって、ヒロインが幼馴染への恋心にようやく気付いて、気付いた途端、自分から接吻だなんて……近頃のNHKは積極的ですな!!」

「NHKが積極的なの、それ?笑」

「……お前ら、さっきからどうして俺の後を付いてくるんだ」


 三人で小柳家の豪邸を出発してからしばらく歩いたとき、私たちの前を歩く青葉くんが唐突にそう言った。


「え、どうしてって……だって青葉くん、あれ以来乗れなくなった電車を克服するためにこれから駅で特訓するんでしょ? 僕たち、柿田さんからそう聞いたからさ?」

「〝聞いたからさ?〟じゃねーよ。お前らがこの特訓に同行する必要は、断じて、な・い」

「つか名前知らないんだけどさ、ヒロインの幼馴染役の俳優が、演技上手すぎじゃん? あの、ヒロインのこと好きすぎな心の声が漏れるところが!!」

「いいよね!! かなり悶えちゃった!」

「……。」


 あ、青葉くんが分かりやすく拗ねた。面白い。哀愁漂う背中の分かりやすさよ──。

 遥斗くんはうっとり目を閉じて続ける。


「そしてヒロインからの接吻に動揺する表情も良き……彼、ブレイク確定だね!」

「ね!!」

「そういつもそうさ……これこそ俺の役回り……」


 青葉くんが独り言で分かりやすく諦めた。


 





「俺の目標は、この最寄駅から大学までを電車で通えるようになることだ」


 青葉くんは私たち二人を前にしてそう説明した。──勝手に後を付いてきた相手に対して律儀すぎる。付いてこられて嫌がっていたはずなのに、何とも諦めが早くて良い。

 自宅からの最寄駅のホームは、午前十時を過ぎているからか、通勤時間帯よりは人が少なく、まばらだ。

 青葉くんは頭上の電光掲示板を見て、フウと息を吐いた。


「電車が来るまで、あと三分か」

「ねえ、この雰囲気は大丈夫なの? 例の〝事件〟を思い出したりしない?」


 遥斗くん、悪気はないだろうけど、その言い方ちょっぴり傷つく──。


「……たしょう、緊張はさせられる」


 青葉くんの目は泳いでおり、両の拳はぎゅっと握りしめられている。

 ──私のせいだ。私のせいで、青葉くんは電車に乗ることができなくなった。

 申し訳が立たない。きっと、電車でさえダメなんだから、当の加害者の私と接するのだって本当は無理しているはずなのだ。青葉くんは、決して表には出さないけど。


「青葉くん、今日は一人じゃないよ。僕と慈さんが付いてる」


 いや、私が付いているのは逆効果なのでは──と遥斗くんの力強い励ましに心中でツッコミを入れたとき、青葉くんが言った。


「……そうだな。ありがとう」


 ──ありがとう? いやいや、そんな阿呆な。遥斗くんに対してだけの「ありがとう」だ。

 何だかそわそわする気持ちで青葉くんを盗み見てみるけど、真反対の方向を向いていて表情が分からないまま、彼の声だけ耳に届いた。


「クソッ、お早い登場じゃねーか……」


 お早い登場とは恐らく電車のことだ。

 遠くに見えてきた黄色は、あのときと同じ。

 だんだんとスピードを落としながらゆっくりと、しかし確実にこちらへ迫ってきている。

 握ると汗で湿っぽい手首。

 車窓から覗く紺色の背広。

 電車はゆっくりと停止し、目の前で自動ドアが開くと、あのときと同じひんやりとした冷気が、むき出しの両腕を撫でる。

 すべて忘れようと頭を振って、乗りこもうとしたとき、荒い息遣いが耳に響いた。

 その瞬間、あれがフラッシュバックしかけたのが自分で分かった。

 でも、横を見ればそれは、青葉くんのもので、彼の顔は完全に青ざめていた。


「青葉くん、ゆっくり深呼吸して!」


 焦って青葉くんの背中をさすると、額に脂汗を浮かべながら彼は私を見たが、上手に呼吸ができず涙目で苦しそうだ。

 先に乗りこんでいくスーツの男性が訝しげな顔でこちらを見ているが、そんなことはどうだっていい。

 青葉くんはこんなに苦しそうなのに、彼をこうさせた私は、どうして平気で呼吸をしているの。


「青葉くん、ひとまず今回はギブアップしよう」


 遥斗くんが冷静にそう声をかけた。それなのに、そのとき、青葉くんは私から視線を外して、乗車口へと一歩、足を踏み出した。

 でも、時間切れだった。ほぼ同時に、青葉くんの鼻先でドアは閉じた。







 遥斗くんが青葉くんのために水を買いにいき、私はホームのベンチで項垂れる青葉くんとともに取り残された。


「乗ることさえ、できなかった……電車の中で、母親に抱かれた赤ちゃんが、不思議そうにこっちを見ていた……自分が情けなくて、しかたがない」

「ご、ごめんなさい……」

 

 ここは励ますべきところだと分かっていながらも、謝罪の言葉が口をついて出てきた。

 だって励ます資格が私にはない。私のせいで、青葉くんはこうなったのに──。


「謝るのはやめてください。謝罪は、この前一回聞いたから、もういい」


 青葉くんは右手で目を覆いながら、怒っているようにも聞こえるほど強い口調でそう言い切った。

 謝るのも駄目、励ますこともできない、無言も気まずい──。

 な、何を言えば、場が収まるの──。


「……その代わり、もう一回だけ背中を撫でて」


 青葉くんは項垂れたまま、呟くようにそう要求した。

 ──どうして、そんなことを言われるんだろう? 電車は涙目になるほどダメなのに。あなたのそのトラウマを作りだしたのは私なのに。

 すると丸まった背を、「ん」と向けられた。

 おずおずと手を滑らせると、シャツが汗ばんでしっとりしている。

 さっきはすごく焦っていて分からなかった。


「さっき、これで気持ちが落ち着いたんです」

「そ、そうですか」


 まあ、そう言ってもらえるなら、いくらでもやろう。


「私のこと、嫌いなんだと思ってました」


 言いながら、しまったと思った。

 まるで、今は好かれているらしいという揺るぎない自信を持っているみたいじゃないか!

 内心羞恥にまみれていると、青葉くんは言った。


「前は、ね。出会ったときは、というか二回も投げられたときは、正直、頭のねじのトんだとんでもない体育会系だと思ったけど、今は違う。だって今にしろ、この前にしろ、あなたは俺に良くしてくれるじゃないか」


 ──背中を撫でるとか、そんな簡単なことでいいのか。

 かなり気難しいタイプだと思ってたのに、良い意味で、意外と単純?

 というか、この前、というのは──?


「この前、って?」

「指輪を預かってくれた。今はあれを見るだけで、死にたくなる」

「……。」


 や、やっぱり、差し出した愛(という名の指輪)をキモチワルイと罵られながら叩き落とされたのは自殺願望が生まれるレベルのショックだったのだ──。

 そして、なおかつそれでも、捨てるという選択肢は全くないのだ。

 ──そうだ、今だ。今、言うべきだ。


「あの、そのことなんだけど……。指輪、やっぱり私が持っているべきじゃないと思う」


 すると大人しく背中を撫でられていた青葉くんが、すっと顔を上げた。

 すごく微妙な表情でこちらを見て、への字に曲げた口で言った。


「な・ん・で」

「だって、青葉くんの、清可さんへの(重すぎる)愛情がたくさんこもった指輪なんだから、たとえ拒否されたとしても……」

「されたとしても?」

「拒否されても罵倒されても暴れられても、清可さんの指に、力技で、捩じこんできて」


 何故なら、清可さんは青葉くんを失って初めてその存在の大事さに気付けたのだから。

 何故なら、青葉くんは清可さんのことを諦めるつもりはないのだから。

 青葉くんは分かりやすく困っている。


「あなたの馬鹿力と同じにされても」

「家に帰ったら、預かった指輪を返却します」


 無視してそうきっぱり言うと、青葉くんはモゴモゴと言った。


「で、でもさ……清可は俺のこと……」

「でもじゃない。十万もする高価な指輪、やっぱり預かるの怖い」

「おい、それが本音か」


 青葉くんはジト目で私を見てくる。

 私は彼の背中を撫でるのをやめ、その代わりバシンと一度だけ強打して、言った。


「いいから頑張ってよ! きっとうまくいく!!」

「ゔっ……これだから体育会系は嫌いだ……」

「お待たせ〜。ハイ、お水!」


 そのとき、ようやく遥斗くんが水を持って戻ってきた。

 彼は良いタイミングを読むのが上手に違いない。

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