カフェ女子会
この前はじめて会った人に連れて来られたカフェが、おしゃれすぎてテンション爆アゲなんですけど。何、この窓際に飾られたちいさな多肉植物は。ぷくぷくしてて愛おしいんですけど。
「ふふ、その子かわいいですね」
ああ──。
わたしの向かいで微笑んでいる彼女は、かわいいとも言えるけどそれよりも、なんて美しい──。会うのが二回目なんかじゃあ、とてもこの美しさには慣れない。清純派美女とは彼女のためにある言葉。黒髪のロングヘアに、ノースリーブのワンピースも上品さをプラスしている。
こんな超絶美女、男が放っておかないに違いない。さっきだって、注文を取りに来たお兄さんが彼女のほうをチラ見しまくってソワソワしてたもん。
超絶美女・瀬名さんは言った。
「お店、私が選んでしまってすみません」
「いやいや! こんなおしゃれカフェ、新鮮すぎて感激です!」
「あは、大げさすぎません?」
瀬名さんはそう言って少し笑った。でも本当のことだ、こんなおしゃれカフェ、梨子とは絶対来ないから新鮮で楽しい。梨子と居酒屋も楽ちんでいいけどね。
すると、瀬名さんは突然言った。
「戸田さんて、何だか年齢不詳ですね。助けてもらったときは、すごくカッコよくて頼もしい大人のお姉さんて感じだったけど、何だか今は、ただの子どもみたい」
ガーン!! 面と向かってはっきりと、子どもみたいって言われた──。
毒舌を放った瀬名さんの唇は美しい弧を描き、楽しげに笑っている。
──この美女、ちょっとこわい。
「失礼ですけど、戸田さんて、おいくつですか?」
「わわ、わたし、21です」
「へえ。私、ハタチです。ひとつしか違わないんですね」
そう言うと、瀬名さんは何故か嬉しそうに笑みを深くした。──嬉しそうな理由はよく分からない。
瀬名さんの質問は続く。
「どこの大学か、聞いてもいいですか?」
この質問の意図も、この人から聞かれるとなんかこわい。
「わ、わたしは社会人で……」
「そうなんですか! 私、年が近いのにすでに社会に出て働いてる人って、すごく尊敬します」
社会人だと言っただけで、瀬名さんの表情がキラキラ輝きだして、放たれるその魅力に女のわたしでも見惚れてしまいそう。
でも、何故か同時に萎縮してしまうわたしは卑屈なのかも。
「いや、大学に行くお金がなかっただけなんで……」
「へえ。……戸田さんて、苦労人なんですね。だから、人の気持ちが分かるんだ」
ん? 何か今、話が飛んだよね?
戸惑っていると、さっきまでSの気をチラつかせながら堂々と話していた瀬名さんが、言いにくそうにやや言葉を詰まらせながら、加虐心をそそられるほどのキュートな上目遣いで話しはじめた。
「わ、私、はじめて戸田さんと出会ったあのとき……戸田さんが私のピンチを救ってくれた、正義のヒーローみたいに見えてしまって……。助けてもらったうえに、気分の悪かった私をすごく優しく介抱してくれて、外見も性格もイケメンすぎ!って思って……だ、だから別れるとき、これでさよならは嫌だな、もう一度だけでいいから会いたいって思って……」
「そ、そうなんですか」
何だか瀬名さんが可愛いすぎるけど、わたしがラブコールに慣れてなさすぎてたじろいでしまう。どう答えたらイケメンなのかさっぱり分からない。
「私、あの日はすごく気分が落ちてて、悩んでて……。その、さ、触られてるとき、やっぱり今日は最悪な日なんだと、抵抗するのさえ諦めてしまってたんで、それを見ず知らずのあなたに救ってもらって、感謝してもしきれないんです」
そんな──。
悩んでいるときに嫌なことが重なると、心が打ちのめされてしまうときもあるだろう。あのとき勇気を出して助けて、ほんとに良かった。
「感謝なんて、そんな。わたしも瀬名さんと同じ経験をしたから、あ、まただと分かって……」
「え、戸田さんも?! ……戸田さんも、その場にいた人に助けてもらえましたか?」
「いや、それは自力で」
自力でやった結果、とんでもない勘違いをやらかしてしまったのは言わないでおこう。
「そうなんですか……」
何故か瀬名さんが落ちこんだようなそぶりを見せた。
わたしのことでそんな反応をさせてしまうなんて。何か話をそらせるかな。さっき言っていた悩みのことを聞いてみてもいいかな。
「さっき、あの日はすごく気分が落ちこんでたって言ってたけど、被害に遭う前にも何かあったんですか?」
そう聞くと、瀬名さんは顔を上げた。
「え……あの、話すと長くなっちゃうんですけど……聞いてくれますか?」
瀬名さんは美女のリーサルウェポン・上目遣いを駆使して、何だか聞いて欲しそうにしている。
そんな風にされちゃったら──聞いちゃう聞いちゃう!!
わたしが力強く頷くと、瀬名さんは水の入ったグラスに手をつけてから、話しはじめた。
「私、幼馴染がいるんです。親同士が元から仲が良くて、物心ついたときからそばにいたような……あ、幼馴染は、男なんですけど」
──幼馴染が悩みの原因?
ていうか幼馴染と聞くと、美樹の顔が浮かんでしまう。
「それである日、その幼馴染から、いつもの他愛ない内容とは違うメールが来たんです。そのメールを読んで、私は〝あ、この人、今までの私たちの関係を今日、壊す気だ〟と思いました」
関係を壊す──。もしや少女漫画によくある、幼馴染から恋人に、とか?!
きゃー、美女と幼馴染の恋が始まるわっ! 少女漫画の王道が現実に!!
「それでそれで?!」
「つまり私は、その日に彼が私に告白するつもりだと感じ取ったんです。彼は私に気があることは、子どもの頃から分かってたし」
こ、子どもの頃から好きだったのね──。長い時間を耐え抜いたね、奥手な幼馴染くん──。
幼馴染くんの我慢を称えていると、瀬名さんの表情が翳っていた。
「でも、私は……彼の気持ちを、正直、受け入れられないと思っていて……。私は彼のことを、幼馴染でそれ以上にはならないと感じていて……。それなのに、私に対する彼の愛情は、正直、ウザ……いや、重すぎて……」
そうか、瀬名さんは「重い」と思っちゃったのか──。幼馴染くんが瀬名さんを大好きすぎるが故に──。幼馴染くんも、瀬名さんが大好きすぎて大切すぎるがために、思いを伝えるのが簡単にはできなくて、何年もかかってしまったのかも。
幼馴染から恋人への関係の変化って、わたしが想像するよりハードル高いのかもな──。
何か切なくなってきた。
「だから断るつもりだったんですけど、私は、友だちとしてこれからも彼と一緒にいたいと思ってしまったんです。今までのように彼と話せなくなるのは、嫌だなあと思って……私、欲張りですよね」
「いや、瀬名さんの気持ちも分かるよ! 瀬名さんもその幼馴染くんのことが、恋愛的な意味じゃないかもしれないけど、好きなんだもんね」
そう言うと、瀬名さんは困ったように笑いながら言った。
「そうなんです、私も彼のことは大事なんですけど……相手は恋愛関係を望んでるのに、これからも幼馴染として仲良くしたいなんて、それって自分のことしか考えてないなと思ったんです」
そうか。瀬名さんはそう思ってしまったのね──。
「それで、本当に彼の為になることって、なんだろうとずっと悩んでいて。……それで、考えすぎてよく分からなくなってきて、結局私は、彼に嫌われればいいと思いました」
「え」
き、嫌われる?
瀬名さん、どうしてそうなっちゃうのーー!!
「彼は、自惚れじゃなく、本当に私のことが大好きなのに、その相手から愛が返ってこないって、すごく辛いと思うんです。だから、つぎの恋を早く見つけてほしいと思って……」
瀬名さんは、そう言って目を伏せた。
「だから、私のことなんか嫌いになってしまえと思って、彼にひどいことをしました」
何だか話がおかしな方向に──。大丈夫?
「ひどいことって、どんなこと?」
「彼が私に告白してくれたとき、私、〝気持ち悪い〟って言いました」
「え?」
き、気持ち悪いって──。まさに一刀両断──。
幼馴染くんの精神衛生が非常に心配だ。大好きな相手に勇気を出して告白したら、「気持ち悪い」とか言われるなんて、打ちのめされたに違いない──。
ていうかどうしよう、わたしがショックを受けてる間に修羅場の再現が始まってしまった。それも、凄まじい演技力で。
「それで私は、〝あんたが私を好きなことなんて、とっくに知ってた。絶対私にそれを言ってこないでよ、ってずっと思ってた。だって、気持ち悪いから〟って言い放って、彼がそのとき差し出してくれた指輪を、地面に叩き落として……」
──ん??
指輪を叩き落とす?
そのときわたしの記憶から蘇ったのは、新作発表パーティーでの、あの中庭の暗がりでの、ふたつのシルエット──。
いや、まさか、ね──?
「そしたら、ショックを受けてるというより、呆然とした彼の顔を一筋、涙が伝っていて……それを見てすごく辛かったけど、後々には彼の為になると自分に言い聞かせて……」
すでに、話が半分聞こえてない。
まさかとは思うけど、聞かずにはいられなかった。
「あ、あの、話を折るようで申し訳ないけど、そういえば瀬名さんの下の名前聞いてなかったよね? どうしても今、知りたくなっちゃったんだけど……」
緊張しながらそう言うと、瀬名さんは不思議そうな顔をしながらも答えてくれた。
「え? 瀬名清可ですけど……」
「……。」
──清可、さん。
それはたしか、遥斗くんから教えてもらった、青葉くんの幼馴染の名前でした──。
つまりこの目の前の美女は、青葉くんの幼馴染であり、彼がどんなにひどいフラれ方をしても、泣かされても、「まだ、諦めたくない」と言わせてしまう、彼の想い人──。
内心で焦るわたしに気付かず、瀬名さんは話を続ける。
「それで、戸田さんと出会ったあの日、わたしが悩んでたのは……。少し、陳腐な話になってしまうんですけど……」
ひと呼吸置いてから、瀬名さんは口を開いた。
「彼のことをあれほど「重い」とか「ウザい」とか思ってたのに、彼を失ってから初めて、私は彼のことが、大好きだったんだってことに……私には彼が必要なんだってことに、気付かされてしまったんです」




