スケート教室
上着を一枚持って来て正解だ。この八月の夏真っ盛りの時期でも、この場所は少し肌寒い。
ここは都内某所にあるスケートリンク。わたしは遥斗くんのスケート教室の見学にやって来た。
わたしはリンクの場外で、遥斗くんが氷の上を舞うのを目で追っていた。遥斗くんは銀盤を自由自在に滑りまわっている。気まぐれに、時折くるくると回転してみせたり、高くジャンプしてみたり。遥斗くんから目が離せない。いまは教室の友だちらしき男の子とじゃれ合っている。
遥斗くんは高校生にしては小柄で、まだ幼さの残る顔立ちをしており、友だちと並ぶと遥斗くんのほうが年下に見えるが、きっと同い年くらいなのだろう。......かわいいなあ。まるで実の弟ができたみたい。弟の習いごとを見守る姉の心境だ。
「......遥斗さん、楽しそうだね」
「そうだね。遥斗くんかわいいねぇ〜」
わたしの横には美樹がいる。今日の秘書の仕事は終わったようで、わたしが遥斗くんと二人で家を出ようとしたら突然「俺も行く」と言って付いてきたのだ。
そしてなぜか美樹はいつもと雰囲気が違う。なんか......、機嫌悪い?
「......美樹、なんかあったの?」
「え、どうして?」
「なんかいつもの美樹じゃないなーって思って」
「......そうかな。いつもと変わらないと思うけど」
「つまらなかったら先に帰ってても大丈夫だよ?」
「......別につまらなくはない」
うーん。なんか素っ気ない。
「慈さあ〜ん!」
遥斗くんがブンブン手を振りながら無邪気な笑顔を咲かせている。そして友だちに何か話しかけたあと、こちらへ滑ってきた。
「慈さん、僕の滑り、どう?ジャンプもスピンも上手でしょ?」
「上手上手!すごいね〜、遥斗くん氷上の王子様だね〜!」
そう言うと遥斗くんは照れたように笑ってくれた。
「ふふ。ねえねえ、............」
遥斗くんはわたしたちを隔てるフェンスから上体を乗り出して、わたしに耳打ちした。
「宇部さんって慈さんといるとちょうキュートだね〜!僕相手にジェラシーなんか燃やしちゃって!」
周りに聞こえないようにそう言って離れた遥斗くんの顔はニヤニヤしていた。
宇部とは、美樹の名字だ。
「え、どういう意味......?」
「いまはまだどういう意味か知らなくていいよ、慈さんは!......じゃ、また滑ってくるね!」
遥斗くんは横にいる美樹にも会釈してから、鼻歌混じりに機嫌良さそうに戻っていった。
遥斗くんの言った謎の言葉の意味を考えてみると......。
考えにくいことだが、まるで美樹がわたしに恋してるみたいじゃないか?
ーーそれはない。
いまはこうして普通に接していられるから嬉しいけど、昔は美樹に避けられていた時期もあったんだから。
美樹とこうして、また幼馴染として幼いときに戻ったように、お父さんがいたあの頃のように、一緒にいられるだけで十分だ。
美樹を横目で盗み見る。......やっぱり変わらず、どこか不機嫌だ。美形がその整った顔をしかめていると、何だかわたしはいたたまれない。キレイな人は得だな......。
「......ねえ美樹、さっき家でさ、「遥斗くんと遊ぶときはおれも呼んで」って言ってたじゃん?」
「まあ、そう言ったけど......」
「別に遥斗くんがいなくたっていいんじゃない?二人で時間つくって会おうよ」
「......え、二人で?」
「うん。どっかパーっと遊びいきたいなあ!さいきん梨子と休みが合わなくてさあ」
「そうだね、いいね。......二人で、行こ?」
「うん!美樹、いつが空いてる?」
「ちょっと待って.....」
いそいそとスマホを取り出しチェックする美樹。「あ〜、仕事頑張れそう......」と漏らす横顔は、いつもの彼に戻っていた。




