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サンシャワー  作者: おにぎし
16/22

融和

青葉くんが、部屋から出てこない。




引越し作業が忙しくて、夕方の青葉くんの帰宅に気がつけなかった。


もう夕飯なのに。柿田さんがキッチンで準備中らしく、おいしそうな匂いが漂ってきている。食卓テーブルに座り、わたしはそわそわする心持ちで青葉くんを待っていた。


パーティーの夜に、遥斗くんと一緒に目撃したあの一幕から、わたしの見解は一変していた。


早く青葉くんに謝りたい。あれはわたしの誤解だったんだ。青葉くんは痴漢なんてしてない。彼はわたしにひどい濡れ衣を着せられた。わたしは青葉くんの名誉を汚した。




けれど、青葉くんは夕飯が終わっても部屋から出てこなかった。






青葉くん抜きの夕飯を小柳家の人々と囲んだあと、わたしはいま、遥斗くんに案内してもらって青葉くんの部屋のドアの前に立っている。


わたしは罪悪感でいっぱいだった。遥斗くんが「さいきん青葉くん少食でねえ、清可さんとの例の件がショックであんまり食べられないみたいなんだ。それでも食事時には部屋から出てきてたんだけど、今日は......」とやや言いにくそうに言っていた。




青葉くんはわたしを避けているということだ。






勇気を出してドアをノックする。


「あの、青葉くん?」


ドアの向こうは静寂。


部屋が広いから、わたしの声が届いてないのかもしれない。


「青葉くん!戸田ですけど、ちょっとお話できませんか!」


さっきより大声で呼びかける。


耳をすますが、物音も聞こえない。






ーー今日は諦めよう。一人でいたいのかもしれない......


「......話ってなんですか」


部屋の前を去ろうとしたとき、ドアの向こうで小さな声が聞こえた。


返事が返ってくると思っていなかったから、なんだか焦る。でも言いたいことはひとつだ。


「青葉くん、ごめんなさい!」


「......え?」


「わたし、痴漢の犯人をあなただと勘違いして、たくさん迷惑かけました。あなたを冤罪の被害者にしそうになりました。本当にごめんなさい」


「............。」


ドアの向こうは再び静寂。


「簡単に許してもらえると思わないけど、」


「......おれの言うことを信じるの?おれがやってない証拠なんて無いのに」


か細い、弱々しい声だった。


「あなたと遥斗くんの言うことを信じます」


「......部屋に入ってください」


戸惑ったが、何も考えずドアを開けた。


部屋は広く、薄暗い。シェードランプの淡いあかりがひとつ灯っているだけだった。そのあかりのそばで、ソファにもたれているのが青葉くんだった。




青葉くんは泣いていた。声もあげず、静かに。泣いているのを隠そうともしない。彼は手元に何か持っていて、その右手のなかのものに話すように言った。


「正直に言って、あなたがやったことは、最低だ。おれは最悪な気分にさせられたんだ」


身体が強張る。頭の血の気が引いていく。




「......けれど、あなたがされたことは、もっと最低だ」


そして、赤く腫れた目でわたしを見た。


「あなたの気持ちを想像するしかできないけど。きっと怖かったでしょう。誰かに助けを求めたかったでしょう」


青葉くんは頬をつたう涙をぬぐった。


「あのときそばにいたのに、気づけなかったおれも悪いから」


「そんな、いや......」


ーー青葉くんが、こんなひとだと思わなかった。酷いことしたのに、嫌われるようなことしたのに、そんなことを言うなんて。青葉くんには何も非は無いのに。


青葉くんは、優しいひとだ。


そして、心の声がこう言っている。第三者的な視点で申し訳ないけど、この人、不憫......。


彼はうつむいてまた手元を見ている。薄暗さに目が慣れたのか、わたしはそれが何かいま分かった。


「......慈さんがおれに謝ってくれるなら、おれの頼みをひとつ聞いてくれませんか?」


「もちろん。頼みってなんですか?」


何を言われるかなんとなく察しがついたけれど、そう聞いた。


「これを、しばらく預かってくれませんか?」


青葉くんはその指輪を、わたしに見せた。


「これを見てると、つらいこと思い出しちゃって......。でも、どうしても捨てられないんです」


ランプのあかりを反射して、ほのかに光る指輪。


「まだ、諦めたくない」


まるで自分に言い聞かせるように、小さな声が聞こえた。


「......わたしが預かっていいんですか?」


「遥斗には渡せないです」


涙目で、ニヤッと笑った。


「じゃあ、持ってます」


わたしが、その指輪を大事に両手で受け取ったとき。




盛大におなかの鳴る音が部屋に響いた。


「......あー、泣いたらおなか空きました」


青葉くんは照れているみたいで、耳が少し赤い。......なんだかかわいい。


「青葉くんの分の夕飯まだ取ってあると思うので、持ってきましょうか?」


「お願いします!この顔遥斗に見せられないし」


わたしは指輪とともに、部屋を去った。電気にかざすと、埋まっているダイヤモンドが今は涙のしずくのように見えた。

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