お引越し
スーパーリッチな小柳家の人々とわたしは赤の他人だ。お母さんと小柳さんが愛し合っていることは祝福するけれど、わたしは彼らとは一緒に住めない、そう思っていたのだけどーー。
「慈ちゃん、お願いだから一緒に来てよう!グスグス......。わたしたち、ふたりっきりの親子でしょ?逸郎さんだって、慈ちゃんに来てほしいって......。慈ちゃんと離れたくないぃ〜!」
五十路のお母さんが駄々をこねた。
青葉くんを痴漢と間違えたうえ、彼を全力で投げたわたしは気まずくて仕方がないし、図々しいにも程があるが、このオコチャマお母さんと離れて暮らすとなるととても心配だ。お母さんはわたしがいないとダメな子だから。
わたしは決めた。存在をなるべく消しながら、小柳家でひっそりと生活させていただこう。
○
「慈ちゃん、待ってたよ」
ドア口にて笑顔でお母さんとわたしを出迎えてくれた小柳さんは、もう仕事に行かないといけない時間らしい。社長業はとても忙しい。
「本当にごめんね、手伝えなくて。代わりに柿田さんに引越しの手伝いを頼んであるから」
小柳さんはそう詫びてから、広いガーデンの緑の海のなかに飛びこむ。
「......二人が来てくれて、とても嬉しいよ」
にこっと笑ってから敷地外までの小道を歩いていった。
柿田さんによる部屋の案内で、引越し業者さんに荷物を運び入れてもらった。
「......慈様、荷物はこれで全部なのですか?」
段ボールの数が涼子様のものと違いすぎるのではーーとこぼす柿田さん。
「わたしあまりモノを持ってなくて......」
「......まあ、引越し作業が簡単でいいですね」
では、涼子様と慈様それぞれのお部屋に案内いたしましょう、と柿田さんが言ってくださるので彼についていく。
「......慈様のお部屋は、こちらでございます」
わたしたちが案内された部屋とはーー。
「まっ!広くて綺麗ね〜!」
わたしは絶句した。「広くて綺麗」......。
わたしの部屋は、部屋というよりリビングのような広さだった。おまけに天井もものすごく高い。そのうえ汚れひとつなく床も壁もピカピカだ。日当たりも良く、南側の壁であるはずの部分が全面大きな窓になっており、小柳家の庭が一面に見渡せる。
わたしは焦って言った。
「こ、こんな部屋、使えないです!」
「なぜですか?どこか気に入らないところが?」
「広すぎて綺麗すぎて、わたしが使うにはちょっと......」
「旦那様はぜひこの部屋を慈様にとおっしゃっているのですが......」
「そうだよ〜旦那様命令だよ〜!」
いつのまにか出現し会話に入ってきたのは、小柳家の次男坊である遥斗くんだ。なぜか柿田さんを後ろからハグしている。
「あら遥斗くん!今日からお世話になります〜!」
お母さんが挨拶した。
「こちらこそ、今日からよろしくお願いします」
遥斗くんは柿田さんから離れてお辞儀すると、にこっと愛想よく笑った。わたしも慌てて挨拶する。
「今日からお邪魔させていただきます」
「慈さん、僕の部屋隣だし、この部屋で決まりね!」
「え、えぇ?」
戸惑っていると、遥斗くんの顔が近づいてきて、こっそり耳打ちされた。
「毎晩、恋バナで盛りあがろうねっ」
キョトンとしていると「誰の恋バナか分かってるでしょ?」というようにウインクされる。
わたしはひとつ頷いておいた。
「......二人はいつのまに仲良くなったの?」
お母さんが不思議そうにわたしたちを見ている。
「ふふ、内緒です!......ってか、慈さんの荷物これだけ?」
「それさっき柿田さんにも言われた」
この何十畳とありそうな部屋のまんなかにぽつんと段ボール数個が置かれている。
広すぎて、慣れるまで落ち着かないだろうなあ、と思った。




