とりあえずそこのスタバで(慈視点)
縁もゆかりもなく、家が近所同士だとかの共通点も一切無い人同士が、偶然にも三度出会う確率は、一体どのくらいだろう。
「慈お嬢様、この方は社長の長男坊でいらっしゃる、小柳青葉様です」
わたしの職場であるショッピングモールのなかにあるスタバで、柿田さんが彼の横に座る男を、改めて紹介する。
かれの今回の件は冤罪であるという主張と、わたしの付近で不審な動きをしていたのはあなただけであったという主張がぶつかり合い、路上で一悶着あった後のこと。
「はあ、そうですか」
わたしは、社長のご子息が痴漢という不貞を働いたのではないという意見を信じたい気持ちと、反対に未だ疑っている気持ちの間で悩みながら、気の抜けた返事をした。
「そして慈お嬢様は、涼子様の娘様でいらっしゃいます」
このピリピリした雰囲気を緩和してくれているのは、わたしたちの橋渡しをしてくれている柿田さんと、それからわたしの横で山盛りクリームのフラペチーノをすすっている美樹。
夕暮れ時の混み合うカフェで、制服姿の女子高生集団の視線をさっきから独り占めしているのが彼だ。
「戸田慈といいます。母がお世話になっているみたいで」
散々激論を交わした後で、他人だったことに気づかされる気の乗らない自己紹介をする。
その間にも、可愛い女子高生たちのひそひそ話は続く。
「もしかしてモデルじゃん?どっかの国とのハーフの」
「マジでイケメン!目が潤うわ」
「何飲んでんのかなぁ?あたしも同じの頼みたい!」
彼女たちのなかで、美樹のくくりはハーフ美青年のスーツモデルになっている。
「......青葉です」
わたしと対面する彼は、ぶっきらぼうにそれだけ一言。
「あ、でも向かいのひとも地味だけどイケメンじゃん?よく見たらキレイな顔してる。地味だけど」
「ほんとだ!若手俳優ぽくない?モデルと比べたら地味だけど」
声は抑えてるけどバッチリ聞こえる。いかん、見世物みたいになってる。わたしは目を伏せている彼を見る。信じてもらえなくて、状況に進歩がなくて、落ちこんでいる演技かな。プレゼントの指輪を探していたというのも嘘だったとしたら。
あのときの、嫌悪と不快と恥辱でうねる感情の渦の中に落とされたような心地は、無かったことにしたいのに、忘れたいのに、どうしても記憶から消えてくれない。
わたしはひとつ深く呼吸してから、言葉を紡ぐ。
「あなたの主張は分かりました。車内で探し物をしていたと。もしかしたらまた別の人間が痴漢したのかもしれませんし、通報するつもりはありません」
そう、真実は分からないままだ。もしかしたら彼の立場上嘘をついているのかもしれないし、わたしが大きな勘違いをしているのかもしれない。ーーわたしはひとを素直に信じることのできない、疑い深い人間なのかな。
「......もし、あなたの言うことに偽りが無いとしたら、大変な間違いをしているのかもしれないです。......それが事実なら、本当に、申し訳ありません」
頭を下げるしかない。ひとは他人を平気で傷つけることのできるいきものだって、腹の底では何を考えているかなんて分からないものだなんて、できたら考えたくないし、考えてもらいたくないから。
「満員電車の車内で、紛らわしいことをしていたおれに、疑われる原因はあるのかもしれません。でもおれじゃないんだ」
テーブルの上のアイスコーヒーに向かって、彼が更に呟いた。
「......証拠が無いのが痛いな」
ーーできることならば、悔しげに顔を歪ませる彼を信じてみたい。




