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転生者たちがチートに酔いしれる世界で、俺だけは生身の知恵と和洋折衷呪術でラグナロクを阻止する  作者: あやと


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第27話 中央広場の鉄格子

凍てついた空気の底で、賀茂の或は懐の保守回線アンカーに指を掛けた。頭上でうねる黄泉比良坂の紫黒い裂け目は、吹雪の冷気と混ざり合って肺腑を凍てつかせる。自動回復の加護も魔力タンクもない生身にとって、ヴォルフガングの放つ闘気は内臓を引き剥がすほどの暴力的な質量を伴っていた。


右手首のサラシの下では前夜からの負荷を引きずった青黒い呪印が鈍痛を放ち続けている。或は奥歯で舌の側面を噛みしめ、痛みを現実感の錨として、低い姿勢のまま泥だらけの床面の影へと身を滑り込ませた。


だが、その計算された反転結界の回路が完全に完成するより早く、旧図書館の冷えた空気を切り裂いて巨大な影が突進してきた。


「――小鼠が、どこへ隠れようと無駄だぜ!」


ヴォルフガングの咆哮が空間を揺るがし、魔導ガントレット『フェンリルの牙』の鋼鉄の爪が、或が身を隠そうとした床下のコンクリートごと分厚い基礎構造を無残に抉り取った。凄まじい衝撃波が或の肉体を容赦なく直撃し、或は防ぎきれない反動によって壁面へと激しく叩きつけられた。肺腑から空気が絞り出され、口元から熱い鮮血が零れ落ちて凍てついた床面を赤く染め上げる。


或は最後の呪符を握りしめようと右手を伸ばしたが、その指先はすでに神経の麻痺と重度の打撲によって鉛のように重く、言うことを聞かなかった。


「ガハハハッ! どうした、その程度の小細工でお前の命が拾えるとでも思ったか? 雑種の分際でこのフェンリルの牙に歯向かった代償を、骨の髄まで教えてやるよ!」


ヴォルフガングは圧倒的な膂力で或の襟元を無造作に掴み上げ、地面から軽々と引き剥がした。視界がぐらりと揺れ、或の煤色の瞳に映るのは、不敵な狂気を湛えたヴォルフガングの野獣のような黄色い双眸と、冷徹に凍りついた旧図書館の天井であった。自動回復の働かない肉体に走る激痛を歯を食いしばって堪えながら、或は冷徹な視線をその巨体へと据え続ける。しかし、システムの理を完全に無視した暴力の物量と、フェンリルの牙が放つ高圧の魔力回路の重圧の前に、手製の呪符を滑り込ませる隙間は完全に封じられていた。


抵抗の手段を奪われた或の身体は、そのままヴォルフガングの強靭な腕に拘束され、冷え切った旧図書館の暗がりから地表へと引きずり出されていく。


皇神学園の敷地内は、すでに完全に転生者管理機構の鉄の檻へと変貌していた。


幾重にも張り巡らせたバリケードと、空を旋回する自動警戒ドローンの赤外線センサーが交差する中央広場は、朝の光すらも拒絶するような重苦しい鉛色の雲に覆われている。その中央広場の広大な石畳の上に、スラムの地下水脈や学内の保守回線から追い詰められた者たちの姿が次々と放り出されていた。


「動くな! 伏せていろ、この下級民どもが!」


管理機構のエージェントたちが放つ威圧的な怒号とともに、学内の裏ネットワークを支えていたネイティブの生徒たちが次々と鉄柵の中に押し込まれていく。その中には、スラムの暗渠で或と共に反逆の網目を紡ぎ、神楽鈴を手に学園の監視網を幻惑し続けていた風祭鈴音の姿もあった。鈴音は両手を魔導拘束具で縛られながらも、その黒曜石の双眸に屈辱の色を浮かべることなく、毅然とした足取りで鉄柵の冷たい格子へと押し進められていた。


或はヴォルフガングに引きずられるようにして中央広場の中央へと放り出され、冷たい石畳の上に膝をついた。喉の奥に澱んだ血の鉄錆を吐き出しながら顔を上げると、周囲を取り囲む転生者管理機構のエージェントたちの冷ややかな視線と、鉄柵の向こう側で息を潜める生徒たちの青ざめた顔立ちが視界に飛び込んできた。


「おい、見ろよ。これがシステムに逆らい、神話の秩序を踏みにじろうとした烏丸小路の陰陽師崩れと、その取り巻きの雑種どもだ」


ヴォルフガングは魔導ガントレットの爪を鳴らしながら、血まみれで倒れ込む或の髪を乱暴に掴んで再び頭を持ち上げた。その傍らでは、冷え切った絶対零度のフィールドを纏ったヘレナ・フォン・エッダが、青白く震える身体を抱えながら、どこか虚ろな目でその光景を見下ろしていた。ヘレナの纏う死の女神ヘラの神気は未だに完全に鎮まっておらず、彼女の足元からは不気味な黒い霜が石畳を這うようにして広がっている。


広場の中心に翻るのは、神格化同盟の権威を示す巨大な旗印であった。その旗の影の下で、ヴォルフガングは冷酷な笑みを浮かべ、鉄柵の中で身を寄せ合う生徒たちの方へとゆっくりと言葉を投げかけた。


「ルールを破った者には相応の罰が下る。――いや、生ある者からその理を奪うことこそ、この神代回廊に生きる者たちの絶対の摂理だ。お前たちの小賢しいネットワークも、この鉄格子の中ではただのゴミ屑と同じだということを、今ここで徹底的に教えてやろう」


ヴォルフガングの合図とともに、管理機構のエージェントの一人が、鉄柵の最前線に立っていた風祭鈴音の腕を荒々しく掴み、広場の中心へと引きずり出した。鈴音は微かに眉をひそめたが、その手元に握られていた一対の銀色の神楽鈴が、冷たい風の中でチリリと小さく、しかし鮮烈な音色を響かせた。


「……離しなさい、無粋な真似をして……」


鈴音の冷ややかな声を聞き流し、ヴォルフガングは獰猛な笑みを深く歪めながら、そのガントレットの牙を鈴音の喉元へと突きつけた。システムに逆らう者に対する公開の処断と、完全な見せしめがまさに執行されようとしているその瞬間、或の胸の内で煮え返っていた冷徹な怒りが限界点を突破した。


自動回復の加護も、膨大な魔力タンクも持たない。だが、この不条理な暴力の前に屈服し、仲間たちを踏みにじられて沈黙することだけは、賀茂の或という人間の誇りが絶対に許さなかった。


或は血走った目をヴォルフガングに据え、地面に這いつくばったまま足元の砂利を爪が剥がれるほど掴み、奴の黄金の軍靴をめがけて泥を蹴り飛ばした。


そして、冷え切った中央広場の石畳の底へと、絞り出すような魂の台詞を叩きつけた。


「――てめえのその気高い神の御業も、この足元に転がった泥を拭うには役立たずらしくだらねえ見世物だな、ヴォルフガング! 鈴音に指一本でも触れてみろ、その高慢ちきな喉仏に俺の擦り切れた式札をねじ込んで、這いつくばったまま地べたを這いずり回らせてやるよ!」


その言葉が広場の冷たい大気を切り裂いた瞬間、或の右手首のサラシの下で隠されていた青黒い呪印が、周囲の圧倒的な霊圧の変動に呼応して凄まじい熱と閃光を放ち始めた。それは或自身の意志を超えて、神代回廊の実験炉と直結する黄泉比良坂の裂け目の底から這い上がる古の神話の残響を呼び覚ますような、危険な位相の歪みであった。


鉄柵の向こう側で息を潜めていたヘレナ・フォン・エッダは、その或の叫びと呪印の閃光を目の当たりにし、胸の奥で這い回る『呪い』の痛みを歯を食いしばって堪えつつ、息を潜めて一歩ずつ状況の隙を探るように身を硬くした。


青黒く明滅する呪印の光は、冬空の鉛色を帯びた中央広場の石畳の上で、生々しい異物のように対比して脈打っていた。冷え切った大気の中で、或の吐き出す息は急速に白濁し、そのまま凍りつくような寒気が肺の底を圧迫する。


「……耐えて、或……!」


鉄柵の隙間から、ヘレナの絞り出すような声がかすかに漏れ聞こえた。その純白のゴシック風コートは泥と血で汚れ、彼女の足元からは依然として絶対零度の霜が不気味に這い出ている。ヘレナは自らの胸の内で暴れ回る死の女神ヘラの神気を両手で必死に抑え込みつつ、血走った青い双眸を或へと向けていた。彼女の唇は恐怖と冷気で青紫色に変色し、その細い肩は小刻みに震えている。システムに選ばれた特権階級としての誇りはすでに完全に剥ぎ取られ、そこにあるのは或の泥臭い反逆の果てを見つめるしかない、凍りついた少女の無力な現実だけだった。


だが、そのヘレナの必死の制止や警告の言葉も、今のヴォルフガングの耳には届かない。


「ハハハッ……! いいぞ、その腐った雑草のようなどす黒い気概だけはな!」


ヴォルフガングは、或が泥を蹴り飛ばした黄金の軍靴をそのまま或の腹部へと容赦なく叩きつけた。重い鉄製の靴底が内臓の配置を強引に踏みにじるような鈍い衝撃音を立て、或の身体は石畳の上を激しく転がった。口元から溢れ出た鮮血が、幾重にも刻まれた広場の幾何学模様の文様を赤黒く濡らしていく。自動回復の加護を持たない生身の肉体が受けたそのダメージは致命的であり、或の意識の端が暗い霧の底へと沈みかけていく。


それでもなお、或は両手の指先を冷たい石畳に突き立て、這いつくばった姿勢のまま頭を持ち上げた。煤色の瞳から光が消えることはなく、むしろその奥底では、冷徹な計算と復讐の炎が消し炭の隙間から覗く残り火のように鋭く燃え盛っている。


(……この程度の物理的質量で俺の意識を断ち切れると思うなよ、ヴォルフガング……。お前のそのガントレットの出力回路は、先ほどの旧図書館の罠でわずかに相剋の歪みを残している……)


或の脳裏では、痛みに耐えながらも敵の魔力回路の矛盾を逆算する思考回路が狂気的なまでの速度で回転し続けていた。しかし、肉体的な限界はすでに臨界点を優に超えていた。サラシの下で脈打つ右手の呪印は、周囲の冷気とヘレナの暴走波に共鳴して、まるで神経の束を引き抜かれるような激しい熱と疼きを放ち続けている。


その或の足元へと、ヴォルフガングは不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと歩み寄った。


「さて、雑種。お前のその小細工まみれの脳みそと、その小賢しい口をこれ以上動かさないための特別な処置を教えてやろうか。お前が泥水の中で拾い集めたそのガラクタの呪符も、仲間たちの命が目の前で散っていく絶望の前では、ただの燃えカスに変わるということをな」


ヴォルフガングはそう言い放つと、魔導ガントレット『フェンリルの牙』の爪を不気味に鳴らし、鉄柵の中で身を寄せ合っていた風祭鈴音の方へと振り返った。


管理機構のエージェントに両腕を拘束されたままの鈴音は、冷たい鉄格子の前で一歩も引くことなく、その黒曜石の双眸に冷ややかな光を宿したままヴォルフガングを見据えていた。彼女の手元にあった一対の銀色の神楽鈴はすでに奪われ、足元の石畳の上に無造作に転がっている。


「風祭……!」


或は血を吐き出しながら叫ぼうとしたが、その声は凍てついた大気にかき消され、ただの低い掠れ声となって消えていった。


鈴音は或の方へわずかに視線をやり、アイコンタクトで微動だにしない意思を伝えると、そのままヴォルフガングの顔を見上げて冷ややかに言い放った。


「……そこまでして私たちのネットワークを潰したいのかい、ヴォルフガング。お前たちがいくらその暴力の鉄格子でこの学園を囲もうとも、私たちがスラムの地下水脈に流した監査ログのデータは、すでにこの帝都全体の末端端末へと分散し始めている。私をここでどう扱おうと、お前たちが築いた不条理な神話の虚飾が崩れ去るという事実を止めることはできないよ」


その鈴音の冷静かつ刺々しい言葉に、ヴォルフガングの黄色い双眸が一瞬だけ危険な光を帯びて細められた。


「ハッ、口だけは達者な雌狐め。その監査ログとやらがどう広がるか知らんが、今この場でお前のその生意気な喉から声を奪い、二度と小賢しい音色を奏でられないようにしてやれば、他の雑種どももどれほど絶望するか見ものだな」


ヴォルフガングは容赦なく手を伸ばし、風祭鈴音の細い首筋をその巨大な魔導ガントレットの鋼鉄の爪で力強く締め上げた。


「っ……く……!」


鈴音の顔色がわずかに青ざめ、息を詰まらせる。しかし、彼女は恐怖の色を浮かべるどころか、その冷ややかな瞳の奥で最後の反逆の意思を燃え上がらせたまま、耐え抜くように歯をくいしばった。鉄柵の向こう側でその光景を目の当たりにしたネイティブの生徒たちは、あまりの残酷さと圧倒的な暴力の前に悲鳴すら上げることを忘れ、ただ青ざめた顔でその場に立ちすくんでいた。


或は泥まみれの石畳に這いつくばったまま、その光景を視界の端にとらえた。右手首の呪印が激しい痛みを伴って脈打ち、血管が破裂しそうなほどの熱量を放つ。脳裏をよぎるのは、幼少期に両親をフェンリル級の魔獣の影に呑み込まれたあの絶望的な夜の記憶であった。あの時も、目の前で大切なものが理不尽な力によって奪い去られるのを見ることしかできなかった。


だが、今の或は違う。たとえシステムを持たなかろうと、どれほど泥にまみれようと、この理不尽な神話の理をその手製の呪符とハッキングの知恵で必ず打ち砕くという執念の炎だけは、どれほどの冷気や暴力に晒されても消えることはなかった。


或は視界がモノクロームの暗闇に染まりかけるのを必死にこらえ、自らの血で染まった地面の砂利を、再び剥がれかけた爪で力強く掴み締めた。


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