第6話「森の散策と小さな脅威」
みぞれが雪へと変わり、森全体が白く化粧を施された数日後。
リゼットはクロードと共に、塔の外へと出ていた。
彼が研究に使う特定の冬の薬草を採取するためだ。
「俺から離れるなよ。この時期は餌の少ない魔物が狂暴化している」
クロードは周囲に鋭い視線を配りながら、リゼットの前を歩いていた。
彼が歩いた後の雪は不思議と溶け、歩きやすい道ができている。
リゼットは彼からもらった温かい服のおかげで、凍えることなくその後を追うことができた。
静まり返った白い森は、恐ろしい魔物が潜んでいるとは思えないほど美しく、神聖な空気に満ちている。
枝に積もった雪が風でハラリと落ちる音すら、澄んだ響きを持っていた。
「クロード様、あそこに」
リゼットは太い木の根元に生えている、青白い葉を持つ植物を指さした。
クロードは頷き、慎重にその薬草を根元から切り取った。
順調に採取を進めていたその時、突然、背後の茂みが大きく揺れた。
バキリと太い枝が折れる音が響き、真っ白な雪の中に、どす黒い体毛に覆われた巨大な熊の魔物が姿を現した。
目は血走り、口からは白い息が激しく噴き出している。
空腹で気が立っているのか、標的を見つけたその獣は、迷うことなくリゼットに向けて突進してきた。
「リゼット!」
クロードが叫び、彼女を庇うように前に出る。
しかし、魔物の突進は想像以上に速かった。
彼が魔法を展開するよりも早く、魔物の巨大な前足が振り下ろされる。
その瞬間、リゼットの体が咄嗟に動いた。
彼女は両手を前に突き出し、自分の中にある魔力を一気に解放した。
無意識に作り出されたのは、透明で極めて分厚い光の壁だった。
ドォン、という激しい衝撃音が森に響き渡る。
魔物の剛腕は、リゼットが展開した光の壁に激突し、完全に阻まれた。
分厚い壁にはヒビ一つ入らず、逆に魔物の方が衝撃で後方へと弾き飛ばされた。
リゼット自身も、自分が生み出した強固な防壁に驚き、目を見開いていた。
「……今のは」
「下がっていろ」
クロードの声は低く、怒りに満ちていた。
彼は弾き飛ばされた魔物に向けて手をかざした。
藍色の瞳が冷酷な光を放ち、周囲の空気が一瞬で凍りつく。
次の瞬間、魔物の足元から無数の鋭い氷の槍が突き出し、その巨体を一瞬にして貫いた。
断末魔の叫びを上げる暇すら与えられず、魔物は絶命して雪の中に倒れ伏した。
静寂が戻った森の中で、クロードは荒い息を吐きながらリゼットへと振り返った。
「怪我はないか」
「は、はい。大丈夫です」
リゼットが頷くと、彼は大きなため息をつき、彼女の肩を強く両手で掴んだ。
その力の強さに、彼女は少し驚いて彼を見上げた。
「……無茶をするな。俺が守るから、お前は自分の身を守ることだけを考えろ」
彼の声はわずかに震えていた。
その瞳の奥にある、失うことへの強い恐れ。
リゼットは、彼が自分をどれほど心配してくれたのかを理解し、胸が熱くなった。
「ごめんなさい。でも、体が勝手に……」
「お前の魔力は強力だが、実戦経験がない。一歩間違えれば命を落としていた」
彼はリゼットの肩から手を離し、乱れた彼女の前髪をそっと払いのけた。
その指先の動きは、先ほど魔物を仕留めた時とは別人のように優しく、触れるか触れないかの繊細なものだった。
「これからは、俺の目が届かない場所には絶対に行くな。塔の中でもだ」
「えっ、塔の中でもですか?」
「ああ。何が起こるかわからない。お前は俺のそばから離れるな」
あまりにも過保護なその言葉に、リゼットは戸惑いながらも、小さく頷いた。
誰かにここまで必要とされ、守られることの心地よさ。
冷たい雪の中で、彼女の心だけは春の陽だまりのように温かく満たされていた。




