第5話「芽生える庇護欲」
塔での生活が数週間を過ぎた頃、窓の外では灰色の雪雲が重く垂れ込め、細かいみぞれが音もなく降り始めていた。
急激に冷え込んだ空気が、分厚い石壁を通してわずかに塔の内部まで浸透してくる。
リゼットは暖炉の前にしゃがみ込み、乾燥した薪を追加して火の勢いを強めていた。
パチパチと弾ける心地よい音が静寂を破る中、彼女は自分の指先がかすかに震えていることに気づいた。
侯爵家にいた頃に与えられていた薄い布地の服のままでは、この森の厳しい寒さを凌ぐには限界があった。
いくら塔の中が魔法で快適に保たれているとはいえ、冷え込む日はどうしても肩をすくめてしまう。
「……リゼット」
背後から呼ばれ、振り返るとクロードが立っていた。
手には、深い夜の空のような暗青色の、厚手で滑らかな生地の服が抱えられている。
「これに着替えろ。お前のそのみすぼらしい布切れを見ていると、こちらまで寒気がする」
ぶっきらぼうな言い方で押し付けられたその服は、明らかにリゼットの体格に合わせて仕立てられたものだった。
上質なウールの肌触りが、冷え切った指先に優しく伝わってくる。
「これは……私に?」
「他に誰がいる。この森の冬を舐めるな。凍え死なれては、俺の食事が不味くなる」
視線を逸らして足元の絨毯を見つめる彼の耳が、ほんのりと赤く染まっているのをリゼットは見逃さなかった。
胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、彼女は服を胸に抱きしめた。
「ありがとうございます、クロード様」
「さっさと着替えてこい。その後は訓練だ」
新しい服は驚くほど体にぴったりと合い、着た瞬間から魔法の温もりが全身を包み込んだ。
袖を通すたびに、誰かに大切にされているという実感が湧き上がり、自然と口元がほころぶ。
着替えを終えて最上階の訓練室へ向かうと、クロードはすでに魔法陣の中心に立って待っていた。
「今日の訓練は、魔力の形を固定することだ。お前の魔力は放出量が多い分、拡散しやすい。それを圧縮し、特定の形に保つ技術を身につけろ」
彼は指先で宙に複雑な図形を描き、それを空中で静止させた。
光の線で描かれた図形は、一切の揺らぎもなく完全に固定されている。
「やってみろ」
リゼットは目を閉じ、体内にある透明な熱を指先へと集めた。
ゆっくりと目を開き、空中に円を描くように指を動かす。
透明な光の軌跡が空中に残るが、それは数秒で霧のように散ってしまった。
「集中が足りない。魔力をただ出すのではなく、それをその場に留める意志を持て」
クロードはリゼットの背後に回り、彼女の右手に自分の大きな手を重ねた。
冷たいが、どこか安心感のある手が、彼女の指の動きを誘導する。
「ここだ。この瞬間に力を込めろ」
彼の低い声が耳元で響き、その息遣いが髪をかすめた。
リゼットは緊張で背筋を伸ばし、彼の手の動きに合わせて魔力をコントロールした。
再び空中に円を描くと、今度は透明な光の輪がはっきりと空中に固定された。
「……できました」
「まだだ。そのまま維持しろ」
クロードは手を離さず、リゼットの魔力の流れを調整し続けた。
彼の体温が背中から伝わり、その力強い存在感に、リゼットの心拍数が少しだけ跳ね上がる。
侯爵家では誰にも触れられず、存在を無視され続けてきた彼女にとって、これほど近くで誰かの体温を感じることは初めてだった。
「……よし。これでいい」
数分後、クロードはゆっくりと手を離した。
空中に浮かぶ光の輪は、揺らぐことなく静かに輝き続けている。
「よくやった」
短くかけられたその言葉は、どんな宝石よりもリゼットの心を満たした。
彼女は自分の手で生み出した光を見つめ、静かに微笑んだ。
クロードはその姿を、複雑な感情の混ざった藍色の瞳でじっと見つめていた。
彼自身、なぜこの無力で脆い少女に対して、ここまで世話を焼いてしまうのか理解できていなかった。
ただ、彼女が寒そうにしていれば温かいものを与え、不安そうにしていれば安心させたくなる。
人間嫌いで孤独を愛していたはずの自分が、いつの間にか彼女の存在を日常の中心に据えつつあることに、彼はかすかな戸惑いと、それ以上の心地よさを感じていた。




