第3話「透明な光」
柔らかな温もりに包まれて、リゼットはゆっくりとまぶたを持ち上げた。
視界に飛び込んできたのは、高くアーチ状に組まれた石造りの天井と、そこから吊り下げられた美しい細工の魔石のランプだった。
淡いオレンジ色の光が、滑らかな石の壁面を温かく照らし出している。
体の下には、これまで触れたこともないほど柔らかく厚みのあるマットレスがあり、上質な布地で仕立てられた真っ白なシーツが肌に心地よく触れていた。
冷たい雨に打たれ、泥だらけだったはずの体はすっかり乾き、清潔な寝着に着替えさせられている。
全身を芯から温めるような感覚に、彼女はしばらくぼんやりと天井の模様を見つめていた。
屋根裏の薄暗い部屋の冷たい床でも、魔の森の腐葉土の上でもない。
ここはどこだろうか。
重い体を起こそうと寝返りを打った瞬間、ベッドの傍らに置かれた木製の椅子に誰かが座っているのに気づいた。
長い足を組み、腕を組んで目を閉じているのは、森の中で彼女を助けたあの銀髪の青年だった。
深い藍色の外套は脱ぎ捨てられ、黒を基調とした動きやすい服を着ているが、その威圧的な存在感は少しも損なわれていない。
リゼットが身じろぎしたかすかな衣擦れの音で、彼は静かに目を開けた。
氷のような藍色の瞳が、ベッドの上のリゼットを射抜くように捉える。
「……ようやく目が覚めたか」
低く落ち着いた声が、静かな部屋に響いた。
リゼットは慌てて起き上がろうとしたが、全身の筋肉が重く鉛のように感じられ、シーツを握りしめたまま動けなかった。
「ここは……」
「俺の塔だ。森で行き倒れていたお前を拾ってやった。あのまま放置すれば、ものの数分で魔物の餌食になっていただろうからな」
青年の言葉には一切の温もりがなく、ただ事実を淡々と述べているだけだった。
リゼットは震える手でシーツを胸元まで引き寄せた。
「助けていただいて、ありがとうございます……。でも、私は……」
自分には恩を返すようなお金も、何かの役に立つような力もない。
そう続けようとしたが、声が喉の奥で詰まって出なかった。
青年は組んでいた腕を解き、ゆっくりと立ち上がると、リゼットを見下ろした。
「俺はクロードだ。お前の名前は?」
「リゼット……です。ヴァレンティア侯爵家の……いえ、ただのリゼットです」
言い淀むリゼットの様子に、クロードは眉をかすかに動かしただけだった。
彼はリゼットの顔のすぐ近くまで顔を寄せ、その瞳の奥をじっとのぞき込むように目を細めた。
間近で見る彼の顔は恐ろしいほど整っており、冷たい美しさを湛えている。
「リゼット。お前、なぜあれほどの膨大な魔力を持ちながら、死にかけの虫けらのような真似をしていた」
「……え?」
魔力。
またその言葉だ。
リゼットは戸惑い、首を横に振った。
「私には、魔力はありません。子供の頃の測定でも、何の反応もありませんでしたから。だから、家を追い出されて……」
言葉の後半は、消え入りそうなほど小さくなった。
しかし、クロードは鼻で短く笑い、信じられないというように呆れたため息をついた。
「何の反応もなかっただと? 愚かな連中だ。あのガラクタのような測定器で、お前の魔力が測れるわけがない」
クロードは右手を軽く上げ、リゼットの額の少し上の空間にそっと指先をかざした。
その瞬間、彼女の周囲の空気がかすかに震え、目に見えないほどの細かな光の粒子が、彼女の体から立ち昇るように浮かび上がった。
それは炎のような赤でも、風のような緑でもない。
完全に無色透明でありながら、光そのものが凝縮されたような、純粋で圧倒的な輝きだった。
「お前の魔力は、不純物が一切混ざっていない完全な透明だ。極めて高密度に圧縮されているため、普通の人間や安物の測定器では感知することすらできない。あの森で魔物が寄ってきたのも、お前から漏れ出すその極上の魔力に引き寄せられたからだ」
クロードの言葉に、リゼットは息を呑んだ。
自分の体から発せられているというその光の粒を、彼女自身ははっきりと見ることができなかった。
だが、クロードの確信に満ちた目と、空気が震えるような不思議な感覚が、彼の言葉が嘘ではないことを証明していた。
「私に……魔力がある?」
「それも、規格外のな。ただし、お前自身がその使い方を知らないから、ただ垂れ流しているだけの状態だ。このまま外に出れば、また魔物を呼び寄せるだけだ」
クロードは指先を下ろし、リゼットの顔をじっと見据えた。
「行く当てがないのなら、ここにいろ。お前のその異常な魔力、俺が使い方を叩き込んでやる」
その提案は、リゼットにとってあまりにも突然で、信じがたいものだった。
無能だと虐げられ、すべてを奪われてきた自分が、この美しい魔法使いの元で魔法を学ぶ。
戸惑うリゼットの顔を見て、クロードはふっと冷たい笑みを浮かべた。
「嫌なら今すぐ出て行け。俺は二度も助けるほどお人好しではない」
「……い、います!」
慌てて声を張り上げたリゼットに、クロードは少しだけ驚いたように目を見張った。
そして、かすかに口角を上げると、背を向けて部屋の出口へと向かった。
「なら、起き上がって厨房に来い。いつまでも寝ている弟子を養う気はない」
扉が静かに閉まり、部屋に一人残されたリゼットは、シーツを強く握りしめた。
胸の奥で、長年凍りついていた何かが、静かに溶け出していくような感覚があった。




