第12話「透明な奇跡」
リゼットとクロードは、魔物の大群が押し寄せる森の境界線へと空間転移で移動した。
黒い波のようにうごめく何万という魔物の群れが、地鳴りを立ててこちらへ向かってきている。
瘴気を発するそのおぞましい光景を前にしても、リゼットの心は驚くほど静かに澄み渡っていた。
「俺が前衛を抑える。お前は後ろから、あの時見せた最大出力の刃を広範囲に放て。できるか?」
クロードが彼女の肩に手を置き、力強く問いかけた。
「はい。必ず、やってみせます」
リゼットが真っ直ぐに彼の目を見て頷くと、クロードは満足そうに微笑み、前に出た。
彼は両手を高く掲げ、空に向けて凄まじい魔力を放出した。
瞬時に上空の雲が渦を巻き、無数の巨大な氷の槍と灼熱の火球が同時に生成される。
相反する二つの属性を完全にコントロールする、まさに世界最強の名にふさわしい絶技。
彼が腕を振り下ろすと、氷と炎の豪雨が魔物の群れに向かって降り注ぎ、前線にいた数百体の魔物が一瞬にして灰燼に帰した。
しかし、後方からはさらに狂暴化した魔物が次々と湧き出してくる。
「今だ、リゼット!」
クロードの声に合わせ、リゼットは目を閉じ、胸の奥にある透明な熱を極限まで引き出した。
大切な人との穏やかな日常を守る。
その強く純粋な意志が、彼女の途方もない魔力を一つの巨大な力へと集約していく。
目を開いた瞬間、彼女の全身から眩いほどの透明な光が溢れ出した。
その光は瞬く間に広がり、森全体を覆い尽くすほどの巨大な刃を形成していく。
空気が悲鳴を上げるような高周波の音が鳴り響く。
「……消えなさい」
リゼットが両腕を前方に力強く振り下ろした。
巨大な透明の刃が、音もなく大地を滑るように突き進む。
それは物理的な破壊ではなく、魔物の命の根源と瘴気そのものを完全に切断し、浄化する奇跡の一撃だった。
刃が通り過ぎた後、群れをなしていた無数の魔物たちは一瞬にして動きを止め、次々と光の粒子となって空へ溶けていった。
黒く淀んでいた瘴気は完全に払拭され、森には元の清浄な空気が戻っていた。
わずか数秒の出来事だった。
領地を滅亡の危機に陥れた圧倒的な脅威は、リゼットの放ったたった一度の魔法で、跡形もなく消え去ったのだ。
遠くでその光景を目撃していた領民たちや兵士たちは、何が起きたのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「……終わったな」
クロードが大きく息を吐き、リゼットのそばへと歩み寄った。
リゼットは力を使い果たし、足元がふらついた。
倒れそうになった彼女の体を、クロードの強靭な腕がしっかりと抱き留める。
「よくやった。お前はもう、誰にも負けない立派な魔法使いだ」
彼の低い声が耳元で響き、その温かい体温がリゼットの全身を包み込んだ。
自分を縛り付けていた過去の鎖が、完全に砕け散った音がした。
リゼットはクロードの胸に顔を埋め、安堵の涙をこぼしながら静かに微笑んだ。
後日、ヴァレンティア侯爵家とレオンの領地は、事態を招いた責任と無能さを王家から厳しく糾弾された。
領地の管理権は剥奪され、彼らは多額の賠償金を背負って完全に没落した。
マリアンヌの魔力も見掛け倒しであることが露見し、彼女を甘やかしてきた両親ともども、薄暗い裏町で貧しい生活を送ることを余儀なくされた。
一方で、領地を救った圧倒的な光の魔法使いの噂は国中に広まったが、彼女が誰であり、どこにいるのかを知る者は誰もいなかった。




