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10 宰相と公爵令嬢

 ルナレイアたちは、部屋から出て、散策をしながら、訓練所へ向かった。

 歩いていると、前から、貴族と思われる男性が歩いてきた。青みがかった緑色の髪をしている。


「お父様」

「お父さま?」

「はい、あれは私の父です。宰相のヴェルトといいます」


 そんな風に喋っていると、男性もこちらに気づいたようだ。


「ん? リサじゃないか」

「こんにちは。お父様。こちらは、私が今お仕えしているルナレイア様です」

「ルナレイア・リュミエールと申します」


 リュミエールの名を聞いたとたん、宰相の顔がゆがんだ。


「リュミエールだと? バカバカしい。あの国はとうの昔に滅んだのだ」

「お父様、並々ならない事情があるのです。その名を馬鹿にするのは、たとえお父様といえど許せません」

「許せんだと? お前がこの私に許せん、だと? 馬鹿なことを言うんじゃない。だが、銀の髪に金色の瞳。聖女だというのならリュミエールの名を継いだとしても不思議ではない……が、与太話に過ぎん。とっとと失せろ」


 リサはまだ諦めるつもりはないようだ。


「並々ならない事情があると言いましたでしょう。これは陛下もご存知のことです。口さがないことを言って、後々罰を受けるのはあなたですよ。お父様」

「リサ、やめて。私は別になんとも思っていないわ」


 ルナレイアはリサと父親が険悪になるのはだめだと思い、止めに入った。だが、リサは止めなかった。


「いいえ、取り消していただかなければ、私の気が収まりません」

「お前の主は別にいいと言っているだろう。ふん」


 鼻で笑って、立ち去っていく宰相。


「申し訳ございません、ルナレイア様。父はいつもあの調子で……」

「気にしないでちょうだい。そういう人もいるのだから」


 あちらの世界には、地位に固執する人がたくさんいた。ルナレイアはそれを見て慣れているのだ。


「リサのお父さまって、宰相さまだったのね」

「はい、そうです。平民ですが、宰相まで上り詰めたことにいい気になってる、ただのクズです」


 ルナレイアは苦笑した。


「そういえば、父はユスティ様のことを大変気に入っており、私がユスティ様に気に入られるように努力しろ、なんて言ってくるのです。困ったものです」


 どういうわけか、ルナレイアの心に痛みが走った。よくわからない痛みに、ルナレイアは戸惑った。


「……そうなの」

「ああ、気にしないでください。父の戯言です。私はユスティ様のことなんてなんとも思っておりませんから!」


 ルナレイアが暗い顔をしたのを見て、リサは強い言葉で否定した。それでも、ルナレイアの心にささった小さな刺は、消えなかった。自分の感情がなんなのか、よくわからない顔をしたルナレイアを心配し、リサは声をかけた。


「ルナレイア様、もうすぐ薔薇園の近くを通ります。行ってみますか?」

「そうなの? 行ってみたいわ」

「では、ご案内いたしますね」


 ルナレイアとリサは、薔薇園に入った。


「まあ、綺麗。こんな綺麗な薔薇園、初めて見たわ」


 ルナレイアは、目を輝かせた。

 よく見ると、薔薇園には机と椅子が置いてあり、お茶会ができるようになっていた。今も、綺麗に着飾った令嬢たちが、お茶会をしていた。


「ルナレイア様。困りました」

「どうしたの?」


 リサは歩くルナレイアを止めた。なにかあったのだろう。


「あの真ん中の方にいるご令嬢は、フェリシア・フォン・エリュトロン公爵令嬢です。年齢は18歳、筆頭王妃候補です。目をつけられると、面倒なことになるかもしれません。見つからないうちに、通り過ぎましょう。万が一見つかった場合は……」

「私がどうにかするわ。任せてちょうだい」


 ルナレイアは、王宮でぬくぬくと過ごしている令嬢のあしらい方には、自信があった。とりあえずリサの言葉通り、お茶会をしているところを迂回して、通り過ぎようとした。だが。


「まあ! まあまあまあ! このわたくしに挨拶もせず、無視しようとしている方がおられるなんて、信じられませんわ!」


 やはり見つかった。フェリシアの周りの取り巻きたちは、言葉に同意して、頷いていた。取り巻きは、3人いた。

 ルナレイアは気合を入れて、貴族令嬢の仮面をかぶった。このくらい、どうとでもなる。


「……申し訳ございません。お楽しみのところ、お邪魔をしてしまってはいけないと思いましたの。ご気分を害されたのでしたら、謝りますわ」

「名前を」

「ルナレイア・リュミエールと申します。つい先日、こちらに参ったばかりですの。どうかお許しいただければと存じます。フェリシアさま」


 フェリシアは、ルナレイアが名前を言ったことに驚いた様子だった。今まで見たことも聞いたこともない家名の人物が、自分の名前を知っていた。フェリシアは優越感に浸った。


「わたくしの名前を知っているなら、まあよいでしょう。リュミエールの名を騙る聖女サマ。どうしてリュミエールの名を選んだのかしら」

「わたくしが、リュミエール王家の正統なる王女だから、ですわ」


 フェリシアは、目を見開いた。


「なんて、冗談です。つまらぬことを申しました。お許し下さい。本当は、教会から与えられただけなのです」

「そう。まあいいわ。リュミエール、光という意味なら、聖女に与えてもおかしくはないとは思うけれど、特に興味はないわ。失せなさい」

「はい、失礼いたします」


 どうにかやりすごせたようだ。


「ふう。よかった、大した問題にならなくて。それにしても、薔薇園、綺麗だったわね」

「そうですね、とても綺麗でした」

「青い薔薇はまだしも、黒い薔薇なんて初めて見たわ。美しい」

「黒い薔薇は、世界中探しても、今はここでしか見れませんもの。ユスティ様が造られたそうですよ」


 ルナレイアは、黒い薔薇がどのように造られたのか、気になった。今度、ユスティに聞いてみようと決めた。


 薔薇園を過ぎ、一旦外に出ると、空気が変わった。軍の人たちだろうか、屈強な男性ばかりが歩いていた。


「もうすぐ、訓練所に着きます」


 見えてきた訓練所は、とても大きな建物だった。城も図書館も大きかったし、この国は全体的に大きく作られているのだろうか。訓練所からは、騎士たちが打ち合っていると思われる音や、声が聞こえる。こんなに大きな建物が、ほかにもあると思うと恐ろしい。

 ルナレイアたちは訓練所へ入り、隊長であるロイドのもとへ向かった。

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