父と子
「ごめん、遅くなった!」
「…いや、いいよ別に」
「まずは自己紹介するね。私の名前はミリア。よろしく」
「…キルア・ジャズリー」
そ、それだけかい!無口に戻ったな!
「キルア、って呼んでもいい?」
こくん。
声で返事しやがれ!
「父さんは、すごい画家なんだ」
「うん、作品見てきたけどすごかった!『今も』っていう作品は大きかったし、特に覚えてるかな〜。入り口にあったやつ!」
「…俺は展示見てないから」
「お父さんのなのに?もったいないよ」
「…父さんの、だからだ」
「…お父さんとの絵の上手さの違いにコンプレックスもってるってこと?」
「……。」
悔しそうに歪む顔。彼は父に追いつけないプレッシャーで追い詰められてる気がする。なにを悩む必要があるのだろう。先程見た絵は私からしたらビアさんとも上手さは変わらないように見えちゃうんだけど…。それに、絵を描くのにそんな上手さの差なんて気にするもの?好きなら描けばいいのに。
「絵が、好きだった」
キルアがぽつりと零した言葉は、今はもうそれではないと過去を表していた。
「…なんで、嫌いになったの?」
「呪文が、付き纏うんだ。『お前は所詮、ビアではない』と」
「呪文?」
「俺の周りの人はみんなそう言う」
周りがビアの息子ってだけで過度の期待を抱いてしまったところに絵を見せたから、『思ったよりも』って言葉が付いてしまうのね。絵が好きなのに、描くことが好きなはずなのに、いつの間にか父に及ぶ絵を描かなければいけないって追い込まれちゃったんだ。
「ねえ、それ、ビアさんも言ってたの?」
「……父さんは、何も言わない。父さんは無口な人だ」
「なら、周りの人の言うことなんて気にしちゃダメでしょう?やりたいようにやりなよ」
「簡単に、言うなっ!!」
彼は突然叫んだ。吃驚してしまった。そんな、大声出せるのか。驚きすぎて心臓がドクドク言ってるよ!
「お前なんかに何がわかる!俺は…っ、俺は!ずっと苦しんできたんだ!父さんに決して叶わない!期待外れだと言われ、できるのは日々父さんに追いつくように絵を練習するだけだ!それなのに…っずっと認められなかった!誰も!俺がビア・ジャズリーの息子である限り誰も!みんなが俺を、『失敗作』と呼ぶ!もううんざりだ!絵なんてやらなきゃよかった、知らなきゃよかった!」
カチン。
「…言わせてもらうけど、あんたそれ誰かに言われたの?『お前はビア・ジャズリーを超える天才画家になれ』って。命令された?」
「……っ」
「違うでしょ、自分で選んだんでしょ?ビアさんに言われたでもなく、自分で絵を描いているんでしょ?それはあんたが決めたことだよ。そりゃ、決めたことを達成するのなんて楽じゃない。たくさん汗水流して練習して、必死こいて夢に縋って、それで初めてたったの一歩近づけるの。その過程で人は色んな挫折をする。あんたみたいに、好きだったものを嫌いになったりね。好きなことをやっていた筈なのに、いつの間にか目的がすり替わって嫌いになってしまうの」
私だって、毎日の辛い剣道の練習に弱音を吐くこともあった。夏なんて閉め切った道場で道着を着て、必死に竹刀を振った。くらくらすることもあったし、なんでこんなことやってるんだって思った。剣道なんて臭いし暑いし嫌いだと思ったこともある。思ったように強くなれなくて泣きそうになったこともある。試合に負けて、面の下でボロ泣きしたこともある。たかが部活って思われるかもしれないけど、高校生の私には、人生の青春の中で、本気で剣道と向き合ってたんだ。
剣道を、嫌いになっても憎めなかった。
だって選んだのは自分だから。
「…同い年にこんな説教されるのも癪かもしれないけどさ、あんた、自信持ちなよ。周りはあんたの父さんを知ってる人だからそういうかもしれないけど、私はさっきあんたの絵を見て、確かに感動した。あんなに作者の気持ちが伝わってくる絵は、初めてだったの」
項垂れているキルアに気にせず続ける。
「ねえ、あの絵はなんの景色なの?」
「………あの絵は、父さん、と、小さい頃、唯一遊びに行った、海辺だ」
「…そう」
「その時父さんは、一言だけ言った。『お前は、お前の好きなことをやれ』と…」
「絵をやると言った子供の俺は、父さんが何故少し悲しそうな顔をしたのかわからなかった…俺は…父さんと見たその景色が好きだった…でも今は違う。過去だ。色褪せた思い出だ。父さんも今頃、落ちこぼれの俺の絵を見て呆れているさ…」
「ビアさん本人に、呆れているって言われたわけ?無口なキャラだからって甘んじてんじゃないわよ!何の為に言葉があるの?話せるの?直接聞かないと、ビアさんがどう思っているかなんてわかんないでしょ?!どうして勝手に決め付けるの?そんなの、ビアさんが可哀相でしょ…!」
「で、でも父さんは俺の絵を見て何か言ってきたことはない…!」
「どうしていつも受け身なの?!それなら、あんたはビアさんの絵を見て直接感想言ったことあるの?!してほしいことはまず自分からしてみなさいよ!」
「で…っ、でも…!」
ええいイライラする!なんだこの煮え切らない男は!こういうハッキリしない受け身の男が一番見てて腹が立つんだよね。ハッキリシャキッとしてもらわないと。まあ正直頭に血が上ってたくさん文句言っちゃったけど、面倒臭いからもうあの場所へ連れて行こう。
「ねえ、ここの展示会の入り口行くよ」
「…なんで」
「いいから、案内して」
ギロッと睨むと少し怯えた顔をして部屋の外に出て歩き始めた。初め見た時思ったタイトルの違和感も、全て消えた。どうしてこの親子は無口なためにすれ違いをしているのだろう。
キルアは STAFF ONLY と書かれたドアまで来て止まった。
「…ここから、入り口に行ける」
「うん、開けなよ」
「俺は…行かない…」
「え?!なんでよ!」
「父さんの絵を見たくない」
「まだそんなこと言ってるの?どうして見たくないのよ…」
「…差を、目の当たりにしたくない…!」
悲痛な叫びだった。彼は逃げてきたのだろう。父の絵を見ること、すなわち父との差を感じる行為から全部。でもね、今回は違う。この絵だけはキルア、あんたが見ないと意味ないのよ。わざわざあんたのアトリエがあるこの建物でビアさんが展示を開いた。一番に目のつく入り口にその絵を貼っていた。ビアさんは、キルアに伝えたがってる。悩む息子に、父として。
「キルア、お願い。一瞬でもいい!見て欲しい。キルアを傷つける絵じゃないのは確かだから」
座り込んでまた項垂れてしまった。首を横に弱々しく振るキルアは相当追い詰められているんだろう。
「…キルア、ごめん!」
「えっ」
強制突破じゃ〜!というように持てる力を全てだして無理矢理キルアを立たせ、ドアを開ける。足のもたれるキルアを引っ張り、無理矢理連れて行く。あの絵の見えるところへ。
『今も』
「こ…っこれは…!」
「…『今も』、俺の言うことを守っているか?ってことなんだと思うよ」
「…っ、うっ、…くっ…!」
ぼろぼろ涙を流していた。彼が目にしたのはあの日の風景。その絵には確かに色があった。
「父…さん…っ!俺は…っどうして……!」
「…キルア?!」
キルアは突然走り出した。泣きながら走り出した。私は焦りつつ後を追った。
無口なキャラをかなり喋らせてしまった…難しい…精進致します。




