↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死霊術師は働きたくないのDEATH!!〜引き寄せられた未練霊がうるさいので、お金のために事件を解決します!〜  作者: ぱすた屋さん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/24

第9話:監察医のメスと泥棒猫の嗅覚、そしてドワーフの鉄拳

 狂気に歪んだ男の顔が、コマ送りのようにゆっくりと迫ってくる。

 詐欺と殺人の罪を暴かれ、完全に逃げ場を失った旅の商人・ザック。彼の右手に握られた鋭利な短剣が、初夏の太陽の光を反射してギラリと凶悪な光を放った。

 狙いは、この場において最も無力で、かつ彼の完全犯罪のシナリオを完膚なきまでに打ち砕いた元凶――つまり、五歳……いや、七歳の幼女である私だ。


「ふざけるなァ! たかが小娘が、なぜ俺の完璧な計画を……! お前だけでも道連れにしてやるッ!!」


 血走った両眼。口角から飛び散る唾液。

 三十五年間の前世において、解剖室で遺族から逆上され、刃物を向けられた経験は二度ほどある。だから、殺意を持った人間に直面すること自体に、法医学者・桐生玲司としての魂が狼狽えることはなかった。

 だが、いかんせん現在の私の身体は、極度の運動不足で引きこもりを極めた可憐な美少女である。

 私の脳が「右へ回避しろ」と正確な指令を出したところで、貧弱な骨格筋がそれに追いつくはずもない。刃先が私の白い首筋を捉えるまで、コンマ数秒。


(あ、これ、また死んだかも。二度目の人生、短すぎないか?)


 私が諦め半分で目をギュッと瞑り、前世の解剖室の冷たいタイルの感触を思い出しそうになった、まさにその瞬間だった。


「……私の大切なレイラお嬢様に、その汚い刃を向けるとは……万死に値します」


 地獄の底から這い出してきたような、低く、冷酷で、圧倒的な怒りを孕んだ声。

 同時に、私のすぐ横の空間が『爆発』した。

 いや、比喩ではない。空気が物理的に弾け飛ぶような凄まじい破裂音が鳴り響き、猛烈な突風が私の白銀の髪をバサバサと煽ったのだ。


 目を開けると、私の目の前に、見慣れたクラシカルなメイド服の背中があった。

 専属メイドのドワーフ少女、ココアだ。

 彼女は背中に背負った巨大な戦鎚(ウォーハンマー)には手を伸ばしていなかった。お嬢様の目の前で、人間をミンチにして血肉を撒き散らすような野蛮な真似は、メイドの美学に反するとでも判断したのだろう。

 代わりに彼女が選択したのは、極めてシンプルかつ原始的な暴力――『素手による打撃』だった。


 ドワーフ特有の、超高密度に圧縮された筋肉繊維。

 それが、足底から膝、腰、背中、そして肩から腕へと、完璧な運動連鎖(キネティック・チェーン)を伴って伝達されていく。

 ココアはメイド服のスカートをふわりと翻しながら、右の拳を真っ直ぐに突き出した。

 何の変哲もない正拳突き。だが、その速度と質量は、もはや攻城兵器の丸太に等しかった。


 ドゴォォォォンッ!!


「ぐ、がはっ……!?」


 空気を切り裂く音とともに放たれた小さな拳は、ザックが突き出していた短剣を横から弾き飛ばし、そのまま彼の無防備な鳩尾(みぞおち)にジャストミートした。

 ザックの眼球が限界まで見開き、口からは声にならないカエルが潰れたような空気が漏れる。

 次の瞬間、彼の巨体はくの字にへし折れ、まるで嵐に吹き飛ばされた枯れ葉のように、数メートル後方へと凄まじい勢いで吹っ飛んでいった。


 ガシャァァァンッ!!


 ザックの体は、中庭に停められていた彼の荷馬車の車輪に激突し、木枠を粉々に粉砕してようやく停止した。

 彼はピクピクと痙攣したのち、白目を剥いて完全に気絶した。

 宙を舞った短剣が、カラカラと間の抜けた音を立てて石畳の上に落ちる。


「…………」


 中庭に、不気味なほどの静寂が降り降りた。

 父・ギルバートも、母・エレノアも、村長も、衛兵たちも、全員が口をポカンと開け、石像のように固まっている。


(……見事な一撃だ)


 私は、ポーカーフェイスを崩さずに、内心で法医学的な所見を並べ立てていた。

 腹部への急激な圧迫による太陽神経叢の麻痺。それが強力な迷走神経反射を引き起こし、脳への血流が一瞬で低下したことによる完璧なブラックアウト(失神)だ。

 肋骨が二、三本は綺麗に折れているだろうが、内臓破裂による大出血までは至っていない、絶妙な力加減。相手を殺さずに無力化する、まさに物理と解剖学を極めた暴力の芸術である。


「お見苦しいところをお見せいたしました、レイラお嬢様」


 ココアは、ふわりとスカートの裾をつまむと、何事もなかったかのように満面の笑みで優雅なカーテシー(お辞儀)を披露した。


「不束者ではございますが、このココア、命に代えましてもお嬢様を物理の暴力からお守りいたします! さあ、安心してお茶の続きをいたしましょう!」

「……ええ、ありがとう、ココア。とても心強いわ」


 私は頬を引き攣らせながら、なんとか可憐な少女の笑顔を作って頷いた。

 彼女の忠誠心はありがたいが、そのうち私が少しでも機嫌を損ねたら、この攻城兵器のような拳が私に向けられるのではないかと、別の意味で背筋が凍る思いだった。


「ひ、ひぃぃぃっ! お、おい! すぐにその男を縛り上げろ! それからトランクの中身を全部ぶちまけろ!」


 我に返った村長が、ヒステリックな声を上げて衛兵たちに指示を飛ばした。

 衛兵たちが慌てて駆け寄り、白目を剥いているザックを麻縄でぐるぐる巻きに拘束する。

 同時に、彼が持ち出そうとしていた大きなトランクケースが開けられ、中身が石畳の上にぶちまけられた。


 出てきたのは、数着の着替えと、2年前に我がアルザス家が買い取らされた『絶対に枯れない魔法の小麦』の予備と思われるただの雑草の種が大量に入った袋やよくわからない石など。

 そして、隠しポケットから発見された、先ほどの『甘美の毒花』の精製液が入ったガラスの小瓶と、ズッシリと重い金貨の入った革袋だった。


「おお……! なんと、お嬢様の推理通り、証拠の毒薬と奪った金貨が……!」


 村長が、震える手でその革袋を持ち上げる。

 水でもかけられたのか、ザックがゴホッと咳き込みながら目を覚ました。

 彼は自分が縄で縛られ、衛兵の槍を突きつけられている状況を理解すると、ガクッと項垂れて全てを諦めたように自白を始めた。


「……ああ、そうだ。俺が殺した。あの男は俺の相棒だったんだ。だが、あのバカ、アルザス家から騙し取った大金を、五分五分で分けろとぬかしやがった。交渉から商品の準備まで、全部俺がやったっていうのにだ」


 ザックは、恨みがましい目で革袋を睨みつけた。


「だから昨日の夜、酒にあの『甘美の毒花』を数滴混ぜて飲ませてやったのさ。苦しんで死んでいく様は傑作だったぜ。あとは、死斑が固まるまで倉庫に寝かせておいて、夜明け前に川に投げ込んだ。これで金は全部俺のもの……完璧な計画だったはずなんだ。こんな小娘に見破られるまではな……!」


 血を吐くようなザックの怨嗟の言葉に、私は心の中で冷ややかに肩をすくめた。

 人間の欲望というのは、前世の現代日本だろうが、この剣と魔法のファンタジー世界だろうが、本質的には何も変わらないらしい。

 金の切れ目が縁の切れ目。仲間を裏切り、命を奪ってまで富を独占しようとする浅ましい動機など、死体解剖の現場では腐るほど見てきたありふれた光景だ。


「ザックさん……そんな、ひどいです! 私たちは、あなたが領民を救ってくれる立派な商人だと信じていたのに……っ!」

「本当に騙していたなんて……私、悲しいですわ!」


 父・ギルバートと母・エレノアが、抱き合ってポロポロと涙を流している。

 相変わらずのポンコツ夫婦である。殺人犯を屋敷に長期間招き入れ、あまつさえ財産を騙し取られていたのだ。もしあの水死体が上がらなければ、アルザス家は今度こそ完全に破産し、私の快適なニート生活は崩壊していたことだろう。


(……だから、最初からあんな怪しい話に乗るなと言っただろうが。お人好しにも程があるぞ、我が両親よ)


 私は心の中で盛大に毒づきながらも、両親の元へトテトテと歩み寄った。


「お父様、お母様。泣かないでくださいな。悪い人は捕まりましたし、奪われたお金も戻ってきました。妖精さんが、私たちを守ってくれたんですわ」


 私は、可憐なアメジストの瞳を潤ませながら、天使のような笑顔で二人を慰めた。

 この家で生きていくためには、可愛らしくて賢い娘というポジションを維持しておくことが不可欠なのだ。


『ヒャハハハ! 相変わらず息を吐くように猫を被るご主人様だぜ。泥棒猫の俺様も脱帽だ』


 足元の影の中から、ルウがニヤニヤと笑いながら念話を送ってくる。


『なあ、ご主人様。あのザックって野郎、相当なケチだったみたいだぜ。衛兵が没収したあの革袋の他に、馬車の座席の下に、へそくりの銀貨を隠し持ってる匂いがする。誰も気づいちゃいねえよ』

(ほう。でかしたぞ、ルウ。後でトム(庭番)に、また妖精さんのお告げがあったと言って回収させよう。これで今月の私の豪華なおやつ代は確保だな)

『へっ、悪代官みてえなガキだぜ』


 私とルウは、誰にも見えないところで邪悪な笑みを交わした。

 事件を解決し、実家の財政難を救い、ちゃっかりと自分の不労所得も確保する。これぞ、ベッドの上の在宅ワーカーの真骨頂である。


「連れて行け! 領主様の館の地下牢にぶち込んでやる!」


 村長の号令とともに、ザックは衛兵たちに引きずられて屋敷から連行されていった。

 彼が門を出て見えなくなった時、私の周囲を取り巻いていた『陰惨な気配』が、スゥッと霧散していくのを感じた。


(……どうやら、あいつの未練も晴れたらしいな)


 私は、領地の南の川の方角へと視線を向けた。

 私の足首を掴み、脳髄に直接「苦しい」「助けて」と怨嗟の声を響かせていた、あの泥水で構成されたドロドロの未練霊。

 犯人が捕まり、自分の死の真相が白日の下に晒されたことで、男の魂をこの世に縛り付けていた執着の鎖が断ち切られたのだ。


(さて、お前の未練は晴らしてやったぞ。さっさと光の粒子になって、私の魔力アップの肥やしになってくれ)


 私は、法医学者としての唯物論的思考を半ば放棄し、このファンタジー特有のオカルトシステムがもたらす『報酬』を静かに待ち構えた。

 ルウが精霊化してからのこの二年間。私は彼と共にお宝発掘事業を行う中で、古い屋敷の地縛霊や、森で迷って死んだ動物の未練霊など、いくつかの霊の未練を晴らしてきた。

 その経験から学んだシステムがある。

 未練が晴れた霊は、通常は淡い光の粒子となって四散し、天へと昇っていく。しかしその際、なぜかその光の一部が私の体内に流れ込み、私の微弱な体力や、霊視の解像度といった『ステータス』をわずかに底上げしてくれるのだ。文字通り、私の霊的な成長の糧――魔力アップの肥やしである。

 あるいは、ルウのように特に自我と魔力が強い霊であれば、新たに精霊化して私の配下になるケースもある。


(今回はどっちだ? ただのチンピラだし、お宝の隠し場所もルウが嗅ぎつけたから、そのまま成仏して私の経験値になるパターンか?)


 ふと、川の方角から、淡い青色をした光の粒子がフワフワと飛んでくるのが見えた。

 ルウの時のように、黒い魔力の塊になるわけではない。

 清らかで、しかしどこか冷ややかな水属性の魔力を含んだその光の粒子は、一直線に私のもとへ向かってくると、私の頭の周りをクルクルと二周回った。


(……ん? 私の体に入ってこないぞ?)


 私が不思議に思って首を傾げたその時。

 光の粒子は、私自身に吸収されるのではなく、私の白銀の髪をまとめている『安物の銀の髪飾り』に向かって、スゥッと吸い込まれていった。


「え?」


 次の瞬間。

 ただのくすんだ銀細工だったはずの髪飾りが、まるで内側から命を吹き込まれたかのように、脈打つような淡い青色の光を放ち始めたのだ。

 髪飾りにあしらわれていた小さなガラス玉が、透き通ったサファイアのような美しい宝石へと変質し、表面に微細な魔法陣のような紋様が浮かび上がった。


『おっと。こいつは驚いた。ご主人様の魔力に中てられて、未練霊が物(アイテム)に宿りやがった。二年間やってきて、見事な【マジックアイテム化】は初めてじゃねえか?』


 ルウが、影の中から感心したように口笛を吹く。

 アイテム化。

 精霊化でもステータスアップでもなく、私が身につけている物品に霊的な力が定着し、特殊な効果を持つマジックアイテムへと変異する現象。

 そんなゲームのようなシステムまであるのかと、私は自分の髪飾りを触りながら目を丸くした。


 だが、その私の些細な変化を、霊感ゼロの怪力メイドが見逃すはずがなかった。


「お、お嬢様……! あ、ああっ……!!」


 ココアが、私の髪飾りが放つ神秘的な光を見て、両手で口を覆い、滝のような涙を流してその場に崩れ落ちた。


「お嬢様の慈悲深きお心に触れ、憐れな魂が浄化され、お嬢様を飾る宝石へと姿を変えたのですね……! なんという奇跡……! レイラお嬢様は、神に愛された真の『聖女様』に違いありませんわ!!」

「……は? いや、これ、ただの魔力の定着現象であって……」

「私、ココアは決めました! この身が果てるまで、聖女レイラ様のお側にお仕えし、その尊き御身をあらゆる外敵から物理で粉砕してお守りいたします!! おお、神よ、我らが聖女様に栄光あれ!!」


 ココアの祈りのような叫びに感化され、庭に残っていた数人の使用人や両親までが「おおっ……! レイラは聖女だったのか!」と涙を流して祈り始めてしまった。


(……違う。私は聖女じゃない。ただベッドで一生ゴロゴロしていたいだけの、怠惰な元・オッサン監察医だ!)


 私のささやかなツッコミは、狂信的な感動の渦に完全に飲み込まれて消えた。

 初めてのマジックアイテムをゲットし、事件は見事に解決した。しかし、私の意に反して『勘違い』のハードルは天高く跳ね上がり、私の平穏なニート生活は、重すぎる忠誠心を持つ最強のバディの手によって、さらにカオスな方向へと加速していくことになってしまったのである。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。