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死霊術師は働きたくないのDEATH!!〜引き寄せられた未練霊がうるさいので、お金のために事件を解決します!〜  作者: ぱすた屋さん


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第19話:中間試験の告知と、物欲のスイッチ

 人間の脳内において、ドーパミンと呼ばれる神経伝達物質は、あらゆる行動の原動力、すなわち「報酬予測」を司る最強の脳内麻薬である。


 前世の精神医学や法医学において、この化学物質の挙動は嫌というほど研究されていた。人間は魅力的な報酬(エサ)を目の前に提示された瞬間、脳の側坐核からこのドーパミンを大量に放出し、それまでの肉体的な疲労や精神的な怠惰をすべて消去して、獲物を狙う肉食獣の如き爆発的な「モチベーション」を発揮する。


 それは、どれだけ強固なニート精神を持つ人間であっても例外ではない。生物学的な本能のスイッチが押されれば、死体のように動かなかった人間すら、一瞬で修羅へと変貌するのだ。


 学園の中央食堂で地上のエリート貴族ヴァノムを診断(論理的圧殺)した後、私はココアにベッドごと担がれて、特待生専用寮の自室へと帰還していた。


 現在の私の部屋の状況は、控えめに言っても精神病棟の集中治療室よりカオスだった。


「……大賢者……、大賢者……。あの男は、僕が命懸けで持ち帰った古代のアーティファクトを奪うために、この第零区分の教室の床下で、僕の首を麻縄でギチギチと絞めて……がはっ、苦しい、苦しい……あいつを殺して……うらめしや……」


 私のベッドの右側。そこには、地下迷宮から完全に我が家として居座り始めた屍蝋化死体の怨霊が、相変わらずドロドロとした黒い怨嗟の霧を撒き散らしながら、一分に一度の正確なメトロノームのリズムで大賢者暗殺の呪詛を囁き続けていた。


「ああ……お姉様。巻物を広げて物憂げに眉をひそめるそのお姿、あまりにも気高くて、美しくて、私の脊髄が恐怖と歓喜で震えてしまいますわ……。このまま一生、貴女のベッドの左側でその美しい横顔を網膜に焼き付けさせてください……っ」


 一方、私のベッドの左側。そこには、昼間の食堂から当たり前のように私の後ろをついてきてソファに陣取ったアメリアが、ハァハァと熱い吐息を漏らしながら、限界突破したガチ恋の熱視線を送り続けていた。


 右側からは国家転覆レベルの怨嗟ノイズ、左側からは重すぎる純愛の生体熱気。

 この最悪のサンドイッチ状態のせいで、私の睡眠負債は完全に限界を突破し、脳細胞は使い古した雑巾のようにボロボロだった。


「ねえ、ココア。クロード教官から渡されたその黒い羊皮紙の巻物、代わりに読んで頂戴。今の私は活字を目網膜から入力して、前頭葉で言語処理するだけの基礎代謝エネルギーすら残っていないのよ。今すぐ私を液体窒素で凍らせて、数年間コールドスリープさせてほしいわ」


 私はクッションに深く顔を埋めたまま、完全に白目を剥いてうめいた。十歳の令嬢の肉体には、この精神的ストレスは強すぎる。


「了解いたしました、お嬢様!どれどれ……『第一回合同中間試験:地上VS地下・全面対抗演習』。内容は、学園都市の北部に広がる広大な演習林を舞台にした、第一区分(地上クラス)と我が第零区分(地下クラス)による、クラス対抗の陣取り模擬戦バトルロイヤル、だそうですわ!」


 ココアが黒い巻物を力強く広げ、よく通る元気な声で内容を読み上げる。その圧倒的な声量は、右側の怨霊の呪詛を一瞬でかき消してくれたが、私の頭痛を悪化させるには十分だった。


「模擬戦バトルロイヤルねぇ……。つまり、あのアホみたいに広い森の中を、重いベッドを引きずりながら、あのプライドだけは高い地上のエリート貴族たちと泥まみれになって殺し合いの真似事をしろということかしら。……却下よ、却下。当然ボイコットするわ。そんな無駄な肉体労働(演習)に、私の貴重な睡眠リソースを割くわけがないじゃない。私はベッドの上でゴロゴロするためにこの学園に来たのよ」


 私は毛布を頭からすっぽりと被り、完全なる引きこもりニートモードを極め込んだ。学園の単位や評価など、留年しない最低ラインさえ満たしていればどうでもいい。私の目的は、このベッドの上から一歩も動かずに、平穏な不労所得ライフを守り抜くことだけなのだ。


「いやー、レイラちゃんがそう言うと思ってさ。だから俺、一応その巻物の裏面に、今回の試験の『特別報酬リスト』も書いておいたんだよねぇ」


 部屋の窓枠にいつの間にか腰掛けていた担任のクロードが、だらしなく頭を掻きながら、死んだ魚のような目で笑った。元・伝説の暗殺者のくせに気配の消し方が尋常ではなく、心臓に悪い。


「今回の試験、上の偉いジジイども……特にあの大賢者様が直々に予算をジャブジャブ出して企画したお祭りらしくてさ。エサがめちゃくちゃ豪華なんだわ。ほら、アメリアちゃん、そのリストの個人1位のところ、代わりに読み上げてあげてよ」


 クロードに指名されたアメリアが、不機嫌そうに彼を一睨みした後、私のベッドの横で巻物の裏面に魔力を通した。浮かび上がった光の文字を、彼女の大きな目の下の隈をピクリと動かしながら読み上げる。


「……個人総合1位、最優秀生徒への報酬。『国家公認の特待奨学金として、金貨百枚を支給』。……ふん、没落貴族の家計ならともかく、我が公爵家にとっては端金ですわね。……それと、マジックアイテム『幻の最高級マンドラゴラ安眠枕』を授与」


「……枕?」


 毛布の隙間から、私のアメジストの瞳がピクリと動いた。


「ええ、説明文によれば……古代の絶滅した魔法植物『真祖マンドラゴラ』の極細繊維を、特殊な魔導シルクで編み込んだ、世界に数個しか現存しない至高の芸術品、だそうですわ。使用者の精神波を完全に安定させ、周囲のあらゆる呪詛、怨念、霊的ノイズ、および他者の気配や音波を【100%(完全)】シャットアウトし、脳幹に直接、極上のノンレム睡眠を誘発させる……時価、金貨数百枚でも取引される伝説の安眠具、とのことですが……」


 ガタッ!!!


「お、お嬢様!?ベッドのバネが悲鳴を上げておりますわ!」


 私が毛布を跳ね除け、物凄い勢いでベッドの上に弾かれたように起き上がったため、ココアが目を丸くして驚いた。


 私のアメジストの瞳には、先ほどまでの死相を通り越したゾンビのような濁りは一切なかった。脳内の側坐核から、過去最高濃度のドーパミンが限界突破して分泌され、全身の神経回路が爆発的な「やる気」と「物欲」で満たされていた。


 100%。完全。周囲のあらゆる呪詛や怨念、霊的ノイズを完全にシャットアウトする、伝説の安眠枕。


「……いるわ。その枕、絶対に私が剥ぎ取るわ」


 私は枕元に置いてあった『毒見鳥の銀指輪』をはめた指を強く握りしめ、冷徹な、しかし底知れぬ執念に満ちた声を響かせた。


 右側を見れば、屍蝋化怨霊が「大賢者……、大賢者……」と不快なノイズを垂れ流し、左側を見れば、アメリアが「お姉様が起き上がられた!尊い……!」と熱い吐息を漏らしている。このカオスな地獄から私の脳細胞を救い、完璧なニートの安眠を手に入れるためには、その『マンドラゴラ安眠枕』は、法医学的に見ても私の延命のために絶対不可欠な【超一級の医療器具(処方箋)】だった。


「ココア、前言撤回よ。作戦会議を始めるわ。第一回合同中間試験、我が第零区分は、地上クラスの連中を文字通り全員、再起不能の完膚なきまでに叩きのめして、完全優勝を執行するわよ。枕の強奪こそが、我がクオリティ・オブ・ライフの最優先事項よ」


「了解いたしました、お嬢様!ニートの睡眠欲が、ついに国家の最高イベントを動かす時が来ましたわね!喜んで我が戦鎚を振るいましょう!」


 ココアが巨大なウォーハンマーを床にズドンと突き立て、満面の笑みを浮かべた。


「ヒャハハハ!ご主人様、目が完全に金貨と枕の形になってるぜ!だが、あの地上のエリートどもをハメ殺す計画なら、俺も大賛成だ!お宝の匂いがプンプンするぜ!」


 私の影からルウが飛び出し、テーブルの上で不敵な笑力を浮かべて尻尾を振る。


 その日の放課後、私の個室(ニート帝国)には、招いてもいないのに第零区分の劇薬クラスメイトたちが全員集結していた。レイラが中間試験に対して珍しく「やる気」を出したという噂が、ココアを通じて一瞬でクラス中に広まったからだ。


「フッ、レイラ。貴女がそこまでその枕……いや、我が第零区分の名誉のために立ち上がるというなら、この僕が先陣を切ってあげよう!僕の【絶対言霊使い】の能力で、地上のエリートどもを全員、僕たちの前に跪かせてあげるさ!」


 レオンハルトがマントを格好良く翻し、早くも勝利を確信したように胸を張る。


「レオンハルト、お前の仕事は先陣を切ることじゃないわ。私の指示した狭い進軍ルートの防衛線で、筋繊維を硬直させる言霊(ハメ技)を省エネで維持し続けることよ。無駄なスタンドプレーをして魔力を逆流させたら、お前のそのロール髪をハサミで物理的に丸坊主に刈り取るからね」


「ひぇっ……!わ、分かったよ、貴女の指示通りにするさ……っ。髪を切るのは勘弁してくれ……」


 レオンハルトが自身の金髪を押さえて青ざめる。


「レイラ殿。ついに貴殿のその深遠なる戦術眼が、地上の俗物どもに向けられるのだな。我が妖刀『村雨』も、貴殿の安眠のために、地上の天才たちの頸動脈を喜んでなぞらせていただく。一撃必殺の解剖突き、実戦で試すのが今から楽しみで仕方がござらん」


 シデンが刀の柄を愛おしそうに撫でながら、切れ長の双眸に冷徹な武士の光を宿した。


「シデン、お前は大振りをせず、ただレオンハルトの言霊で止まった敵の血管を正確に突くだけの、精密な作業マシーンになりなさい。無駄に汗をかいてベッドの周囲の空気を汚さないで頂戴ね」


「御意、白銀の主よ!完璧なる静寂の刃となることを誓おう!」


「あ、あの、レイラさん……っ。僕も、僕も全力で頑張ります!僕の反転魔法で、地上のエリートたちの細胞を、いっぱいハイヒール(熱壊死)させて見せます……っ!」


 ルカが包帯だらけの両手を握りしめ、初めてクラスの役に立てる喜びに見る見るうちに頬を紅潮させていた。


「そうよ、ルカ。お前はただ、最も強力な回復魔法を敵の集団に向けてバラ撒く恐怖の毒殺魔になりなさい。お前一人で、敵の一個小隊を全滅させる火力を発揮させるわ」


「はい……礼!僕、最高の毒殺魔になります!」


「ふ、ふえぇ……。僕、戦うのは怖いけど、レイラさんのベッドの前に誰も近づけないように、一番後ろで大きな盾を持ってお留守番してますぅ……」


 二メートルの巨躯を持つガウェインが、小さな熊のぬいぐるみを胸に抱きしめながら、涙目で私を見つめる。


「いいわよ、ガウェイン。お前はただの動かない置物(デコイ)としてそこに立っていなさい。万が一の時は、ココアがお前の頭を叩いて強制的に竜血を起動させるから」


「がんばって静かな置物になりますぅ……っ!」


「お姉様。私が禁書庫の全データベースから、対抗戦の舞台となる北部演習林の地形、地質、魔力の流動、そして地上クラスの全生徒のユニーク職業の発動条件と弱点を、すべて網羅して選別しておきましたわ」


 アメリアが私のベッドの横にピタリと寄り添い、古い魔導書を誇らしげに展開した。彼女の『禁書庫の鍵』による情報収集能力は、この手の集団演習においては完全に国家レベルの不正(チート)行為だった。


「完璧だわ、アメリア。そのデータを私の脳内に直接流し込みなさい。寝不足の私の脳に代わって、お前のデータベースをフル活用してあげるわ」


「はいっ、お姉様!私のすべてを、貴女の美しい脳髄へ捧げますわ……っ!」


 劇薬たちのバグ能力が、私の監察医としての論理的な戦術と、アメリアの不正データ、何より「絶対に最高の安眠枕を手に入れる」という私の凄まじい物欲のスイッチによって、地上クラスを完全にハメ殺すための『最悪の蹂躙歯車』へと組み上がっていく。


 窓枠に腰掛けたまま、その光景を眺めていた担任のクロードが、小さく口元を歪めて笑った。


「いやー、これは傑作だわ。地上のエリートども、新入生最初の試験で完全にトラウマを植え付けられるねぇ。……まあ、上の大賢者のジジイがどんな罠を仕掛けてるかは知らんけど、これなら俺、後ろで寝てても問題なさそうだわ。よろしくね、レイラちゃん」


 クロードの死んだ魚のような目の奥に、一瞬だけ、学園の最高権力者である『大賢者』の不穏な動向を警戒するような、鋭い光が走ったのを私は見逃さなかった。大賢者がこの試験を仕組んだ本当の目的が何であれ、私の安眠を脅かす障壁であるならば、その老い先短い細胞ごと、システム的に完全に完封して粉砕するまでだ。


 私の、絶対に働きたくない平穏な学園ニート生活。


 中間試験の告知によってONになったその現金な物欲のスイッチは、第零区分の劇薬たちを一つの最凶チームへと変貌させながら、地上のエリートたちを絶望の淵へと叩き落とす、史上最悪の蹂躙劇への秒読みを完璧に開始していたのである。


 しかし、その頃、地上の『第一区分』の作戦室では、地下クラスを奈落へ突き落とそうとする、さらなる不穏な影が動き出していた。

 

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