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死霊術師は働きたくないのDEATH!!〜引き寄せられた未練霊がうるさいので、お金のために事件を解決します!〜  作者: ぱすた屋さん


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第18話:学園食堂の勢力図と、不機嫌な検死官

 脳の視床下部という部位は、人間のあらゆる欲求と感情のコントロールタワーである。

 前世の法医学において、この小さな器官の重要性は嫌というほど叩き込まれた。視床下部は自律神経系や内分泌系を統合しており、ここが睡眠不足によって深刻な機能不全に陥ると、人間は合理的な思考を失い、極めて攻撃的、かつ感情的な「不機嫌の塊」へと変貌する。

 現在の私の状態は、まさにその法医学的教科書に載せるべき完璧な症例だった。


 睡眠時間、二日連続で実質ゼロ。

 私の右側からは相変わらず「大賢者を殺して……」という屍蝋化怨霊の重低音呪詛が響き、左側からは寮の部屋からずっとついてきたアメリアが「お姉様の歩くベッドになりたいですわ」と熱烈な視線を送ってきている。これでは視床下部どころか、大脳皮質全体が酸欠で消滅しそうだ。


「お嬢様!王立学園名物の『超豪華・魔獣肉のフルコース』が食べられる中央食堂へ到着いたしましたわ!ここはひとつ、暴飲暴食によって睡眠負債を物理的に帳消しにいたしましょう!」

 私の心身の崩壊など露知らず、ココアはいつも通りのカンストした怪力でマイベッドを軽々と担ぎ、学園の中心部に位置する巨大な食堂の扉を足で押し開けた。


 そこに広がっていたのは、大理石の柱が立ち並び、天井からは最高級の魔導クリスタルシャンデリアが吊り下げられた、まるで王宮の晩餐会場のような大空間だった。

 しかし、この華やかな空間は、目に見えない残酷な壁によって二つに分断されていた。

 中央の白線を境界線として、陽の当たる窓側の広いスペースを占拠しているのが、きらびやかな刺繍の入った制服を着こなす『第一区分(地上クラス)』のエリート貴族たち。そして、入り口近くの薄暗い日陰の席に押し込められているのが、我が『第零区分(地下クラス)』の劇薬たちだ。完璧な学園カーストの可視化である。


「お姉様、あちらの席へ向かいましょう。私の『禁書庫の鍵』で、あの俗物どもの脳内データをすべてスキャンして、最も静かな席を選別いたしますわ」

 アメリアが私のベッドの横にぴったりと寄り添いながら、周囲の一般生徒たちをゴミを見るような目で見据える。

「……どこでもいいわよ、アメリア。とにかく早く私を日陰の、誰の視線も届かない死角へ運びなさい。光合成をする植物の気持ちなんて、今の私には一ミリも理解できないわ」


 私が毛布に顔を埋めてうめいていると、私たちの進行方向を遮るように、数人の影が立ち塞がった。

 カチャカチャと、無駄に高価な装飾品が擦れ合う嫌な音が鼓膜を刺激する。


「おいおい、噂には聞いていたが、本当にベッドごと食堂に乗り込んできたぞ。あいつが例の『地下の隔離病棟』に新しく入った没落貴族のネクロマンサーか?」

 中央の白線を踏み越えてこちらを見下ろしてきたのは、第一区分のバッジを胸に付けた、いかにもプライドが高そうな金髪の男子生徒だった。彼の周囲には、取り巻きとおぼしき数人のエリート貴族たちが、嘲笑を含んだ笑みを浮かべて控えている。


「学園の最高特待生枠だと聞いてみれば、その実態はベッドから一歩も降りられない動く生ゴミじゃないか。おい、欠陥品。ここは高貴な僕たちが食事を楽しむ神聖な場所だ。身の程を弁えて、実家の家畜小屋にでも戻ったらどうだ?」

 金髪の少年――第一区分の首席候補であるヴァノム・フォン・ローゼンバーグが、わざとらしく鼻を鳴らして言い放った。


 その瞬間、私の周囲の空気が、地下迷宮の最深部よりも冷たく張り詰めた。


「……なんだと?貴様、今この僕の目の前で、レイラ殿を侮辱したか?」

 食堂の隅から、藍色の着物を翻してシデンが音もなく立ち上がった。彼の腰の妖刀『村雨』が、主の激昂に呼応して、カチカチと不吉な鯉口の音を響かせる。

「グランツの名において命ずる!『僕の視界で調子に乗っているその金髪の無礼者の舌を、今すぐ――』」

 レオンハルトも真っ赤なマントを激しく揺らし、絶対言霊の魔力を喉に集中させ始めた。後ろでは老年の執事が、いつでも戦闘行為へ移行できるよう、静かに手袋をはめ直している。

「ひぅっ……!ルカ君、あの人たち、レイラさんを怒らせちゃったよ……。僕、怖くて竜の血が暴れそう……」

 ガウェインが熊のぬいぐるみを抱きしめながらガタガタと震え、ルカがそれを必死に庇おうと包帯の手を構える。


 第零区分の劇薬たちが、一触即発の暴走体制に入る。彼らにとって、昨日の迷宮と今朝の座学で完璧な処方箋を下した私は、もはや絶対に侵してはならない「絶対の君主(アイドル)」なのだ。


 だが、彼らが魔法を解き放つよりも早く、私の口から、すべてを凍りつかせるような低母音の声が漏れ出た。


「……うるさいわよ、全員。私の耳元で、それ以上安っぽい拡声器みたいな声を響かせないで頂戴」

 私はベッドの上でゆっくりと上体を起こした。アメジストの瞳は寝不足の極限状態で完全に据わっており、ホルマリンのプールよりも冷徹な光を放っている。

 その視線がヴァノムに向いた瞬間、彼は本能的な恐怖を感じたのか、ピきりと身体を硬直させた。


「おい、そこにある動く肉塊」

 私はクッションに顎を乗せたまま、ヴァノムの全身を頭の先から爪先まで、監察医の「検死の眼」で冷酷にプロファイリングし始めた。


「な、何だと……!?動く肉塊だと……っ!」

「お前よ、ヴァノムとか言ったかしら。そんな安物のメッキみたいなプライドを振り回す暇があるなら、今すぐ地上の救急救命センターへ転院して、集中治療室(ICU)のベッドを予約してくることをお勧めするわ」


「な……何をふざけたことを――」

「ふざけているのはお前のその歪んだ骨格と内臓よ」

 私は彼の言葉を完全に遮り、淡々と、しかし外科手術のメスのように鋭く、彼の「身体の異常」を解剖するように指摘し始めた。


「お前、さっきから右足を僅かに庇うように非対称な歩行(アシンメトリー)をしているわね。右の第一中足趾節関節――要するに足の親指の付け根が、赤黒く微小に腫脹しているわ。前世の臨床データから逆算すれば、それは典型的な『尿酸結晶の沈着による急性痛風結節』の初期症状よ。高カロリーな魔獣肉と高級ワインを無駄に過剰摂取した結果の、自業自得な贅沢病ね」


 ヴァノムの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。

「な、なぜそれを……!?いや、これは昨日、訓練中に少し挫いただけだ!」


「往気悪い言い訳ね。じゃあ、その結膜のかすかな黄疸(おうだん)はどう説明するのよ?お前の白目の端が、微かに黄色く変色しているわ。これは肝機能の著しい低下、あるいは胆管系の閉塞によって、血中のビリルビン濃度が異常上昇している動かぬ証拠よ。さらに、お前の衣服の袖口から漂っているその独特の甘苦い匂い……。学園都市の裏路地で流行している、魔力回路を一時的にブーストさせる非合法の強壮ハーブ『ラスタの葉』の臭い消しね?」


 私の言葉が重なるたびに、ヴァノムの額から滝のような冷たい汗が流れ落ちる。周囲の取り巻きのエリート貴族たちも、「おい、ヴァノム、お前まさか裏の薬に手を……」と、動揺して彼から距離を取り始めた。


「尿酸値の異常上昇、肝機能障害、そして非合法薬物による急性軽度中毒症状。お前の自律神経系は今、交感神経の異常励起によって心拍数が毎分百十回を越えているはずよ。瞳孔の微細な不同(アニソコリア)も出始めているわね。その状態で私に対して過度なストレス(魔力)を放てば、あと数分以内に、お前の冠動脈が急性痙攣(スパズム)を起こして、その場で心筋梗塞を起こして心停止するわよ?……どうする?今すぐここで私がその胸を開胸して、直接心臓マッサージをしてあげましょうか?」


 私は可憐な指先を複雑に動かしながら、まるでこれから解剖を始める執刀医のような冷徹な笑みを浮かべた。


 完璧な、医学的プロファイリングによる精神的圧殺。

 前世で数千体の死体と対話し、生体のありとあらゆるバグ(病気・死因)を見尽くしてきた元監察医の眼にかかれば、生きている人間の隠し事や体調不良など、ガラス張りのケースに入った標本も同然だった。


「ひ、ひぃぃっ……!ば、化け物め……!隔離病棟の化け物が何か呪いをかけやがった……っ!」

 ヴァノムは完全に精神を崩壊させ、自身の右足の激痛と恐怖に顔を歪めながら、不格好に悲鳴を上げて食堂の奥へと逃げ出していった。彼の取り巻きたちも、蜘蛛の子を散らすように一瞬で走り去っていく。


 食堂全体が、水を打ったように静まり返った。

 第一区分のエリートたちが、遠巻きにベッドの上の私を畏怖と戦慄の眼差しで見つめている。一歩も動かず、魔法すら使わず、ただの「診断(口頭告発)」だけで学園トップクラスの天才を敗走させたのだ。その光景は、彼らにとって未知の暗黒魔法よりも恐ろしく映ったに違いない。


「……流石はお姉様。あの俗物の浅薄な肉体の欠陥を瞬時に見抜き、言葉のメスでその臓腑まで抉り出すとは……。ああ、その冷酷なる診察、私も全身で受け止めたいですわ……っ!」

 アメリアが顔を真っ赤にして身悶えし、私のシーツをさらに強く握りしめる。


「フッ、一歩も動かずに敵の死因(病気)を確定させ、戦わずして屠る。レイラ殿、貴殿のその解剖剣理、やはり我が一族の妖刀を遥かに凌駕する至高の領域だ」

 シデンが深く感銘を受けた様子で刀を収め、レオンハルトも「ふ、ふん、僕の言霊を使うまでもなかったね。流石は僕が認めた第零区分の指揮官だ」と、誇らしげに胸を張った。

 ルカやガウェインも、「レイラさん、かっこいい……っ!」と、その瞳に完全な崇拝の光を宿している。


(違うわよ、私はただ寝不足で最高にイライラしていたから、八つ当たり気味に医学的真実を突きつけただけよ。なんで君たちの忠誠心がさらにカンストしているのよ……)


 私は盛大な溜息をつき、再びクッションに深く顔を埋めた。

「ココア、もういいわ。食欲も完全に消滅したから、私を今すぐ日陰の特等席へ運びなさい。実習時間まで一秒でも長く目を閉じるのよ」

「了解いたしました、お嬢様!完璧なる暗黒ニートタイムの確保へ、突撃ですわ!」

 ココアがベッドを担ぎ直し、私たちは食堂の最も暗い隅の席へと移動した。


 劇薬たちの完璧な信頼と、地上エリートたちへの圧倒的な牽制。これでしばらくは、私の平穏な学園引きこもり生活の安全性は担保されたはずだった。


 しかし、そんな私たちの元へ、教卓で呑気にサボっていたはずの担任のクロードが、一枚の不気味な黒い羊皮紙の巻物を手に、だらしのない足取りで歩み寄ってきた。


「いやー、レイラちゃん相変わらず最高に性格悪くていいねぇ。俺、そういうの嫌いじゃないよ。……あ、そうそう、上の偉いジジイどもからさ、お前ら第零区分に『特別なお知らせ』を渡してくれって言われてさ」

 クロードは死んだ魚のような目で笑いながら、その黒い巻物を私のベッドの上に放り投じた。


 その巻物の表面には、血のように赤い魔力文字で、こう刻まれていた。


 ――【学園都市・第一回合同中間試験:『地下VS地上・全面対抗演習』の執行を命ずる】


 私の、絶対に働きたくない平穏な学園ニート生活。

 エリートたちの鼻をへし折った直後に届けられたその最悪の通知は、大賢者の不穏な影を背景に潜ませながら、第零区分の劇薬たちを巻き込んだ、学園全体を揺るがす大波乱の実技試験という、新たなる強制労働(過労死ロード)の幕開けを告げていたのである。

 

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