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死霊術師は働きたくないのDEATH!!〜引き寄せられた未練霊がうるさいので、お金のために事件を解決します!〜  作者: ぱすた屋さん


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第13話:劇薬クラスの自己紹介

 衝撃波という物理現象は、密閉された空間においてその破壊力を何倍にも跳ね上げる。


 前世の法医学の教科書には、爆風による内臓破裂――いわゆる『爆震損傷(ブラストインジュリー)』の凄惨な症例がいくつも記録されていた。爆発の直撃を受けずとも、急激な気圧の変化によって肺胞が出血し、鼓膜が破裂する。死因を特定する際、体表に目立った外傷がなくとも、内臓がズタズタに引き裂かれているケースは珍しくない。


 幸いにして、我が最強のメイド・ココアが放った正拳突きは、純粋な筋肉の質量弾であったため、有害な爆風ガスこそ発生しなかった。だが、それでも何百年もの間、地下最深部を封印していた漆黒の魔導扉は、無惨な木屑と鉄の破片と化して教室内へと派手に飛び散っていった。


 もうもうと立ち込める古い埃と、カビ臭い土の匂い。


 私は、ココアの背中の後ろで、小さく耳を塞ぎながら煙が晴れるのを待った。


「……あーあ。せっかく静かに入室して、一番後ろの席で目立たずに寝ようと思ったのに。これじゃあ台無しね」


「お嬢様! これぞドワーフ流の豪快なる挨拶ですわ! さあ、新しいクラスメイトの皆様が、お嬢様の神々しいお姿を今か今かと待ち望んでおります!」


「いや、完全にドン引きして武器に手をかけてる子もいるのだけれど」


 私が溜息交じりに歩み出ると、視界を遮っていた煙がスゥッと左右に割れていった。


 そこに広がっていたのは、黒い石材で囲まれた、まるで古代の円形闘技場を思わせる半すり鉢状の教室だ。そして、突如として入り口を物理的に爆破されたその空間の住友達は、一様に硬直した姿で私たちを凝視していた。


「……あーあ。初日からとんでもないお転婆さんが入ってきたねぇ。その扉、特注の魔導結界付きだから高いんだけど。弁償代、国に請求しとこ」


 最初に声を上げたのは、教室の最奥、一段高くなった教卓に文字通り両足を乗せてふんぞり返っていた一人の男だった。


 だらしなく着崩した黒い教官服。無精髭を生やした顎をさすりながら、死んだ魚のような濁りきった目でこちらを見つめている。


「一応、今日からお前ら『第零区分』の担任をやる、クロードだ。元・伝説の暗殺者とか大層な名前で呼ばれてるけど、今はただのやる気のない公務員だからよろしく。俺の授業では基本的に『いかにサボるか』を最優先にしてね。あ、質問は受け付けないから」


 クロードと名乗った教官は、教卓からだらしなく足を下ろすと、めんどくさそうに頭を掻いた。


 その体躯は完全に弛緩しているように見えて、重心は寸分の狂いもなく身体の中心線に維持されている。呼吸は驚くほど深く、静かだ。いつでも、どの方向からでも、音もなく相手の頸動脈を掻き切ることができる――そんな、生きた殺人兵器だけが持つ特異な生物学的気配が、彼の皮膚の裏側からかすかに漏れ出していた。前世の監察医としての私の目が、この男の危険性を瞬時に見抜いていた。


「んじゃ、最後の生徒も揃ったみたいだし、上の連中から『一応自己紹介させて親睦を深めさせろ』って言われてるからさ。めんどくさいけど席順に名前と職業でも言って。はい、そこ、一番前の金髪ロール君からどうぞ」


「金髪ロール君とは無礼な! 僕はレオンハルト・フォン・グランツだ!」


 指名された少年が、真っ赤な高級シルクのマントを翻して勢いよく立ち上がった。


 その後ろには、いかにも仕事が出来そうな老年の執事――燕尾服を完璧に着こなした男が、静かに一礼して控えている。学園は従者一人の同伴が許可されているが、それを当然のように使っているあたり、かなりの高位貴族だろう。


「授かりし職業は【絶対言霊使い】! 僕の発する言葉は、この空間の絶対的なルールと成る! いいか新入り、このクラスの頂点に立つのはこの僕――」


 レオンハルトが格好良く胸を張った瞬間、椅子の脚にマントが引っかかり、少年は「おっとっと!?」と盛大にたたらを踏んだ。後ろの執事が音もなく動き、完璧なタイミングで主人の体を支える。


「……コホン。まあ、僕に跪くなら、今の無礼は許してあげてもいいがね!」


(なるほど。レオンハルト。言霊使いの割に、致命的にドジそうな御曹司ね……。前世でもこういうプライドだけ高い新人研修生はよく扱いに困ったものだわ)


 私が冷ややかな視線を送っていると、隣の席の少年が、ガタガタと音を立てて震えながら立ち上がった。


 全身に包帯が巻かれており、どこか病的な雰囲気を漂わせている。その歩き方は、骨格や関節の異常というよりは、精神的な萎縮からくる運動機能の低下――前世の心身医学でいうところの極度の緊張状態に近い。


「あ、あの……ルカ、と言います。職業は【反転の薬師】、です……。治癒魔法のベクトルが反転してて、僕が怪我をしないと人を治せなくて……逆に攻撃魔法を使うと相手が回復しちゃうんです。その、僕に近づくと周囲の生命力を吸っちゃうかもしれないので、離れてもらえると助かります……ひぃっ!」


 ルカはそれだけ言うと、自身の放つ不穏な魔力に怯えるように、すぐに席に縮こまった。


「……次、後ろの大きいやつ」


 クロード教官が大きな欠伸をしながら促す。


「ふ、ふえぇっ!? ぼ、僕ですか!?」


 立ち上がったのは、十歳とは思えないほど、身長が二メートル近くある巨躯の少年だった。


 だが、その強烈な体格に反して、小さな熊のぬいぐるみを両手で大事そうに抱きしめ、涙目で声を震わせている。その巨体から発せられる呼吸音は非常に浅く、戦う意志を全く感じさせない。


「ガ、ガウェインです……。職業は【竜血の狂戦士】なんですけど、僕は虫も殺したくないんです……。血を見ると頭が痛くなって、周りを壊しちゃうみたいで……だから、僕を怒らせないでくださいぃ……」


(ガウェイン。狂戦士のくせに極度の臆病者。このクラス、本当に劇薬の集まりね……)


 私が内心で呆れていると、その隣の席の、緑髪の少女がぼーっとした表情で手を挙げた。


「イリスだよぉ。職業は【魔獣の苗床】。私の体液をあげると、可愛い魔物さんがいっぱい生まれるの」


 イリスが袖をまくると、彼女の白い腕の皮膚の下を、何か触手のような影がニョキニョキと這い回るのが見えた。寄生虫による皮下蠕動にも似たその光景に、私の監察医としての細胞が一瞬だけざわつく。


 彼女の横には、小さな従者の少女が控えているが、慣れっこなのか無表情で主人の髪を整えていた。


「それよりぃ、そこの白銀の女の子の足元にいる黒い猫さん、すっごく美味しそうな魔力の匂いがする。モフらせてぇ……」


『うおっ!? なんだあいつ、目が完全にヤバいマッドブリーダーのそれだぜ、ご主人様!』


 影の中のルウが、恐怖に耳を完全に伏せて私の足元に避難してきた。


「……ん、次。影の薄い子」


 クロード教官がだるそうに指差す。


「……クロエ。【影潜りの暗殺者】。……終わった? 寝る」


 一番隅の席にいた黒髪の少女が、ボソリとそれだけ言うと、一瞬で気配を完全に消し、そのまま机に突っ伏した。


 その徹底して動きたくないという強い意志の宿った背中に、私は前世の社畜時代には決して抱かなかった、深い魂の共鳴を感じずにはいられなかった。


「はい、じゃあ最後に来た、そこのでっかいトランクを持ったメイドと、初手から寝る気満々の白銀のお嬢ちゃん。どうぞ」


 クロード教官の死んだ魚のような目が、私を捉えた。


 クラス全員の、そして彼らの従者たちの視線が一斉に私に突き刺さる。


 私はココアに合図を送った。彼女は頷くと、巨大なトランクをその場でガシャコンと展開し、わずか数秒で最高級の折りたたみ式シルクマイベッドを教室のど真ん中に組み上げてしまった。


 私はためらうことなくそのベッドに横たわり、アメジストの瞳を細めて周囲を見回した。


「レイラ・アルザスよ。職業は……【死霊術師(ネクロマンサー)】。国からこの初代様の聖域をあてがわれたけれど、私はここで一生、ベッドの上から一歩も動かずに卒業するつもりだから、お互い干渉せずに過ごしましょう」


 私の冷徹な宣言に、教室内が水を打ったように静まり返った。


 死霊術師。建国の英雄以来、二人目となる神話職。その事実を知るクラスメイトたちの顔に、明らかな緊張と驚愕が走る。


 だが、その静寂を、激しい殺気の奔流が切り裂いた。


「――そこな白銀のネクロマンサー。我が名はシデン。東方の島国より来たりし、【妖刀憑き】の武士なり」


 中段の席から、藍色の着物を粋に着こなした少年、シデンが静かに立ち上がった。


 彼の腰には、一振りの禍々しい漆黒の刀が帯びられている。彼の切れ長の双眸は、十歳とは思えないほどの冷徹な光を宿し、真っ直ぐに私を――いや、私の周囲をフワフワと漂う、一般の人間には見えないはずの小物の未練霊たちの姿を射抜いていた。


「なるほど、これほどまでの死気。臨死の淵を歩む者特有の冷気よ。それだけの霊を従えるとはな。我が一族に伝わる妖刀『村雨』が、貴殿の存在に激しく共鳴し、血を求めて哭いている。……死を司る主よ、貴殿の実力、我が刀で確かめさせてもらおう!」


 カチリ、と静まり返った教室に、不吉な鯉口を切る音が響いた。


 男子陣は、そのシデンの抜刀の構えを見て、「ちっ、新入りの美少女の前だからってイキりやがって」と内心で嫉妬混じりの視線を送っていたようだったが、私からすれば、それは単なる安眠妨害の再来でしかなかった。


「……うるさいわね」


 私は、ベッドの上に寝そべったまま、冷ややかな視線をシデンへと向けた。


 その瞬間、私の内に秘められた死霊術師としての濃密な魔力が、私の感情の起伏に呼応して、無意識のうちに教室内へと解放された。


 ――ゴォッ。


 物理的な音ではない。だが、確かに教室全体の温度が、一瞬にして氷点下へと叩き落とされたかのような錯覚が全員に走った。


 それは、私が前世で何千回と立ち入った、生命の活動が完全に停止した空間――解剖室のあの凍りつくような静寂そのものだった。ホルマリンの匂い、冷やされた空気、肉体がただの物質へと変わった絶対的な静けさ。


「その不気味な鉄の塊を、今すぐ私の視界から片付けなさい。これ以上、私の耳元で不快な金属音を響かせるなら……その安物の刀ごと、お前の神経回路を物理的に切断してあげるわよ?」


 ヒリヒリとするような、圧倒的な死の威圧。


 シデンは、その私の瞳の奥にある「本物の死を視てきた者」の光を浴びた瞬間、打たれたように硬直した。彼の額から、タラリと冷たい汗が流れ落ちる。


「くっ……これほどの、底の知れぬ霊気……! 我が刀の怨霊が一瞬で恐怖し、平伏しただと……!?」


 シデンは、震える手で刀を完全に鞘へと収めると、深く息を吐き、そのまま私に向かって綺麗に一礼した。


「不覚であった、白銀の主よ。貴殿のその圧倒的な器、確かに見届けた。無礼を働いたこと、深く詫びよう」


「な、なんだあの魔力は……!? 僕の言霊のルールが、発動する前に空間ごと押し潰されたぞ……!?」


 レオンハルトが、自身の喉を抑えながら恐怖に目を見張っている。貴族の従者たちも、あまりの威圧感に一歩も動けずに青ざめていた。


「ひぅっ……! すごい、あの女の子、一歩も動かないでシデンを屈服させた……! かっこいい……!」


 机の下のガウェインが、頬を赤らめながら私を凝視していた。


 しかし、何よりも異常な反応を示していたのは、私の斜め後ろの席に座っていた、大きな目の下に深い隈を作った美少女だった。


 彼女は、私の死の魔力が教室を包み込んだ瞬間から、ハッと息を呑み、顔を真っ赤に染めながら、トテトテと私のベッドへと歩み寄ってきたのだ。


「……あ、ああ……消えた……。私の頭の中に、ずっと響いていた数百年分の古い本たちの声が……あの人の魔力に触れた瞬間、嘘みたいに、完全に消えて、静かになった……っ!」


 彼女は私のベッドの横に跪くと、私の小さな手を両手で包み込み、熱烈な視線を投げかけてきた。


「私はアメリア。職業は【禁書庫の鍵】です……! 見つけました……私をこの不眠の地獄から救ってくれる、私の白馬の王子様……いいえ、私のお姉様……! 一生、あなたのお側から離れませんわ……!」


「いや、私はお前の姉じゃないし、王子でもないのだけれど。というか、手が熱いから離して頂戴」


 初対面の女子生徒からの、自己紹介を兼ねた、まさかのガチ恋宣言。


 私の「対等で平穏な悪友関係」を築くという計画は、入学初日の自己紹介タイムの数分間で、早くも壮大な勘違いの濁流に飲み込まれようとしていた。


「ハハッ、こりゃあ傑作だ。全員の紹介も済んだみたいだし、アメリアも早く席に戻りな」


 クロード教官が、教卓の上の古い羊皮紙の巻物をつまらなそうに広げた。


「それじゃあ、やる気はないけど、最初の授業を始めるよ。カリキュラムは、ずばり【地下迷宮適性実習】だ。この教室の床のハッチを開けると、そのまま未踏破の古代ダンジョンに繋がってるからさ。あー、死なない程度に適当に遊んできて。引率? するわけないじゃん、俺はここで寝るから」


「……は?」


 私の口から、最大の素の絶望の声が漏れた。


 入学初日。自己紹介終了からわずか数分。


 私は、持ち込んだばかりのマイベッドから一歩も動くことなく、そのまま化け物どもの巣窟である地下迷宮の深淵へと、クラスごと強制的に叩き落とされることになったのである。

 

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