懐かしの
パトカー内での簡単な聴取。警察署に移動し、個室で優しそうな警察官と会話をした。頭皮から検体採取をしたりして、少しだけ落ち着いた時に本格的な事情聴取が始まった。時間はズルズルと落ちていき、朦朧とした意識の中、重い口で答える。
以前から面識があったか。どのような経緯で店内に入ったのか。抱きつかれる直前にどのような会話をしていたか。その時、相手はどのような様子だったか。
他にも必要も無さそうな質問を沢山されたが、多分、どこかで使われるのだろうな、と思いながら次々と質問に答えていった。
保護者が居ないとか連絡手段が無いとかで面倒になったから、署にいる警官の記憶をいじって逃げることにした。
そっからなんやかんやあーだーこーだいろいろどんがらがっしゃんあって外に出ると、いつの間にか朝日が昇っていた。
「はぁ…疲れた…」
髪の毛の薄くなってしまった頭部を手でさすり、疲弊した様子で朝の街を歩く魔王。
警察達の記憶を消しちゃったしこれから大変なことになりそうではあるけど、まぁ気にするな。
【記憶よ無くなって】
自らの額に人差し指を当て、記憶に干渉する魔法を使った。すると、魔王の頭から今回の出来事に関する記憶が完全に無くなった。
「ふぅむ…?」
魔王には何かの記憶を消した、という情報だけが残り、それ以上の詮索をよしとしなかった。記憶を消すこと自体は何度もやった事がある、だが、記憶を消したという情報は、直ぐに海馬で処理される。つまり、ほぼ何も覚えていないということ。
「何をしようか」
ぐぅ〜、と腹が鳴った。魔王には食料など不要だ、魔力での自己補完が容易に行えるからだ。だが、この世界は魔力濃度が薄い、魔力を回復する速度が著しく低下している、自己補完と言っても完全とはいかないだろう。通常で一ヶ月、省エネモードでも三ヶ月が限界だ。
「ご飯を食べに行こう!」
何故か頭頂部の髪の毛が薄くなっているので魔法で治した。ついでに体臭も気になったので綺麗にしておいた。
今の今まで気付いていなかったが、辺りを見回すと見覚えの無い場所にいた。削除前の記憶は、もう少し煌びやかで騒がしい街並みだったが、今歩いているここは、そこよりも静かで陰気で沈んだ雰囲気のある場所だった。
低層ビルに朝日が吸われ、落ちた影が、ただでさえ少ない人々を呑み込んでいく。ポイ捨てされた食べ物が野生動物に食われ、包んでいたポリ袋が四方八方に散らばっていた。
街路樹の下で写真を撮っている人がいる。根っこの部分に腐敗した鳥の死骸が落ちていた。彼らは酔っ払っているのだろうか、おぼつかない足で豪快に笑いながら死骸の写真を撮っていた。
「ふむ…」
時刻は五時、辺りを見回しても飲食店は殆ど開いておらず、薄汚れた空気だけが舌を刺激している。
視界の端に光を捉えた、開いている店、看板を見るに飲食店だと思われる。虫のように光に引き寄せられ店の前に立った。
「カフェ・カナリア…?」
カフェ・カナリア。窓の少ない壁面には求人票や広告が貼ってあり、磨りガラスの窓が明るく光っている。扉の近くに立てかけられた子供程のサイズの看板には、白文字で、「新商品!!クロワッサンスムージー!!!」と書かれていたり、枠を埋め尽くす程ビッシリとメニューが書かれていた。
温かみの無い陰気な色を持ち、カフェとしての最低限の雰囲気を装飾品を飾る事で出している。
「おじゃまするぞー」
OPENと書かれた看板を確認し扉を開けた。至ってシンプルな洋風のカフェ、特徴と言えるところは特に無く、まぁ、少し机や椅子が綺麗にされているな、と感じるくらいだ。
「いらっしゃい…」
カウンター奥にいる40代程の男性が魔王を一瞥する。すぐに手元に目線を落とし、設備の清掃を再開した。




