はつ
朝日の辿り着いていない街を歩いていき、目的のカフェに到着する。正面口から建物内に入り、亜美に連れられるままにレジ裏へと入っていくと、制服である緑のエプロンを手渡された。すぐに着用してみたがサイズが合っておらずブカブカに垂れ下がり、地面に擦れて歩行を困難にさせていた。
「ぐわぁ、ど…どうすればいい」
「…ん…調整する」
魔王の前に跪き、不慣れな手つきで裾を持ち上げた。人差し指程のサイズで折り、そしてまた折る。345と魔王の膝が見える位になるまで折り重ねていった。そして両端を安全ピンで固定する。
「…出来たかな」
「おー上手〜」
格好は不細工だが、使えるようにはなった。鏡の前に立ち、くりくり体を動かして格好を確かめた。
「んーいいじゃんかー!これでもうお手伝い出来るの?」
クルッと回って上目遣いで亜美を覗く。いつも通りの無表情、コチラを見ているはずの無感情な瞳と目が合ったと思う。にたっと笑ってその目に応えておいた。
「…うん…出来るよお手伝い」
「じゃあ何からすればいいんだ?」
「…基本バイトさんはホールだね…注文とったり配膳したり…他も色々あるけど今はいいかな」
「つまり何をしたらいいのだ??」
「…ごめんね…まずは配膳だけで良いよ…他は後々教えるから…今日は配膳だけ…いいかな?」
「りょりょりょ〜完璧に理解した〜〜」
「…ん…ここに来るお客さん優しいからタメ口も大丈夫…だけど…なるべく敬語でお願いね」
「了解しました!」
「………うん」
亜美の表情は変わらなかったが、何かを諦めたように見えた。
「…それじゃあ開店準備するよ…着いてきて」
「うん分かった!」
二人でホールに向かい、清掃などを開始した。モップで床を、布巾でテーブルを綺麗にしていく。
「んぅー」
机を拭きながら怪訝な顔をしている魔王。体をフリフリと揺さぶり、落ち着きの無い様子。
「…どうしたの?」
手を止めて魔王の近くへ寄った。清掃完了まであと数分。なにを訝しむことがあるのか、亜美には全く分からないが、とりあえず話は聞いてあげないと、という精神で聞いてみた。
「なぜ手作業なのだ…?」
「…ん?」
「なぜ清掃を手作業でやらないといけないのって聞いてるの、我」
「…あ…うん……」
裏で清掃に関することを話していた時、魔王は魔法で掃除をすると言った。だが亜美は、適当に言いくるめて魔法を使わせないようにした。なぜ、と普通は思う、理由としては簡単、魔王が日常的に魔法を使わないようにするためだ。亜美にとって魔法は脅威でしかない、だからこそ自分の手のうちに収めておきたい。自分が使いたい時に使わせ、自分が使って欲しくない時には絶対に使わない、魔王をそんな操り人形のようにしたいのだ。そのための教育を毎日毎日、今日からずっと、いつまで続くか分からない長い長い計画だ。
その手始めに、昨日亜美の言葉で一度魔法を使わせた。そして今日、魔法を使わせない練習をさせないようにしている。魔王を亜美依存性にさせ、亜美の言葉でしか動かないお人形さんにする。そんな叶うことの無いちっぽけな計画だ。
「…手作業でしか出来ないからだよ」
「我魔法使える、魔法でやった方が早いもん」
「…ああ…えっとね…うん……接客業だからね…真心というか…献身さって言うのをね…うん…魔法だと良くないなって」
「どういうことだ?我はこの清掃を本気でやっているぞ、偽りのない誠実な心でやっているぞ、魔法だって同じなはずだ、我が魔法を使おうと真心が消えるわけじゃないはずだ」
「…うぅ」
正論か正論じゃないかはさておき、亜美は言い返せなかった。手をモジモジさせて魔王の話に耳を傾けた。
「使っていいのかダメなのか、それを聞きたいだけなのだ。我としては、魔法を使わない理由が見つからないのなら、遠慮なく使うべきだと思うのだ。他に意見があるなら聞く、だが無いのなら魔法の使用を許可してもらいたい」
長い沈黙。だが初めから考えはまとまっていた。
「…わ…分かったよ…魔法使っていい」
「ふふん、よーし!。ならここからは我の時間だ!皆の者!聞け!見よ!そして知れ!」
ドカッと机の上に登り、高らかに笑った。腕を組んで仁王立ちで辺りを見回す、見上げている亜美を横目に、両手を一振した。
【綺麗になーれ】




