よる
食事を終えた2人はソファに並んで座り、何の音も無い静かな空間を楽しんでいた。
「…先にお風呂入っていいよ」
「ん!分かった」
魔王はソファから勢いよく立ち上がり、風呂場に直行した。
「…よし」
亜美は鞄から箱を取り出した。今日買った魔王用のスマートフォンだ。最近は全てをオンラインで済ませれる、契約だってお手の物。亜美はスマホを起動させ、初期設定を全て終わらせた。入力した内容を全て記憶し、自分のケータイと親子の設定に変えておいた。
すると呼び鈴がなった。玄関に向かい、覗き穴から外を見ると、業者の様な格好の人が立っていた。亜美はその人物がベッドを運んで来た人物だと悟ると、すぐに扉を開けた。
パパっと運び入れられ、組み立てが完了すると、業者の人は一瞬で帰っていった。数分ほどで全てが終わり、部屋の中に再び静寂が戻った。
「…ん」
遠くから聞こえる水音を聞きながらソファに座り込み、魔王のスマホに必要最低限のアプリをインストールしていった。
一方魔王は、風呂から上がり魔法のタオルで体を拭いていた。タオルに向けて魔法をかける事でタオルは浮き上がり、魔王に付いた水を全て拭き取っていく。
「ふふーんふんふーんふんふーん」
上機嫌に鼻歌を歌いながら水気を取っていく。くるりと回転すると髪の毛からも水気が飛び、サラサラの髪が復活した。もう1回転すると、いつの間にか服を着ていた。魔力を凝縮することで作られた高密度の魔力服、魔力で作られたということもあり、この服には縫い目が無い。黒一色にアクセントとして明るい色が入っている。
体の調子を整えてから、魔王は陽気にリビングに戻った。
「戻ったー」
「…ん……これ貴方の」
亜美はスマホを魔王に渡した。最新型のスマートフォン、流石に今回買ったベッドよりは安いが、こんな小さな板に二桁万は払ったという事実が、手を滑らせていく。
「ん?んー!感謝する〜!」
受け取ったスマホには既にカバーやフィルムが付けられており、開くと画面いっぱいにアプリが並べられていた。わざわざジャンル分けもされており、分かりやすいように名前も付けていた。
「…あ…お部屋に寝具届いてるからね」
「ん?!分かった!」
スマホをポイっと亜美に渡し、近所迷惑を考えずに自室に戻って行った。
「…ふふ……凄いなぁ」
廊下の奥からはしゃぐ声が聞こえ、ベッドで飛び跳ねているのか、ドカドカと床が振動していた。
掛け時計から夜を知らせる鐘が鳴り、亜美は風呂場に向かった。数分ほどで風呂を済ませ、髪を乾かした後自室に籠った。隣室から未だに歓喜の声が聞こえるが、イヤホンを装着して聞こえないようにした。
夜も更けて深夜1時、魔王はもう寝ているようだ。明日も早い、もう寝た方がいい。だが亜美は深夜に動く事を好んでいる。
少しだけ胸元の開いた服装に変え、髪を結んでから玄関に向かう。魔王を起こさないように忍び足で移動し、女性が深夜に鞄1つで外出した。
目的地なく歩くこと数分、人気の無い路地に到着した。辺りを見回して人が来ないことを確認すると、唯一の街灯の下で座り込んだ。鞄を抱えて髪の毛を解き、泣き声をあげた。
数分、数十分と時間は過ぎ去り、遂にこの路地に人が来た。横目で確認し、その人以外人が居ないことを確認すると、更に深く泣いた。啜り泣く様な女性の声をあげる、だが遠くに届けるのではなく、ただ一人の人物に向けたものだった。
「だ、大丈夫ですか…?」
20代ほどの爽やかな男性。つい最近成人になったかのような幼い顔には似つかわしくないほどギラギラとした金髪。膝を地面につき、優しい声で蹲っている亜美に手を差し伸べた。
「…ぅ……んぅ…」
亜美は問いかけに答えること無く静かに泣いている。その光景を静かに眺め、男は亜美の横に座り込んだ。
「なんで泣いてるのか…ゆっくりでいいから聞かせてくれないかな…」
「…ぅあ……ん……」
長い沈黙。街灯が亜美だけを照らす。男も亜美を見つめることなく、ただ隣に座るだけだった。
なぜ泣いているのか、その問いだけが空中で解けていき、男は星を見て待つことしか出来なくなっていた。




