帰り道
「…で…何話してたの」
戸村が去った後、二人は自然とベンチに座った。肩が触れ合う距離で、魔王を覗き込みながら問う。
「言えないのだ…約束したから……」
「…そ…なら良いよ…ごめんね怖い思いさせて…」
あっさり引いた亜美は、再び興味無さそうに吹き抜けの下を眺めている。行き交う人々を見て、心を落ち着けているのだろうか。亜美の無感情さは、それ以外の思考を読み取れなかった。
「…もう帰る?」
優しい声では無い。いつもと変わらぬ無感情な声なのに、その声にはほんの少しだけ、慈愛を含んでいたように感じた。
「んー、そうだな、もう疲れちゃったから帰ろう」
「…ん…じゃあ行こっか」
ベンチから離れ、二人並んで歩き出す。ショッピングモールを抜けると、時計の針は二時を指していた。気付かぬうちに時間は過ぎ去り、こんな平和な1日が永遠に続くように、悠久の時を願った。
気温は28℃。湿気の少ない日ではあるが、1粒の汗が首筋から落ちる。ジリっとした暑さで頬に締まりがなくなり、息遣いが荒くなっていった。
「…暑い?」
「暑いよぉ……」
亜美は魔王とは対照的に、汗をかかず涼しげな顔で、感情を表に出さずに歩いている。
「…魔法で涼しくしたら?」
「おー、頭いいな〜」
【涼しくなって】
魔法を発動させながら、魔王が腕を振り回すと、徐々に周辺の気温が下がった。体感18度程になり、涼しい空気が二人を覆った。
「涼し〜い〜……」
「…うん…涼しいね」
涼しい空気に包まれ、次第に気分も上がっていった。帰る途中に人だかりを発見した。甲高いサイレンの音と赤色の光、白黒色の車が周辺を覆い、黄色のテープが人々をそれ以上近付けさせなかった。
「なんだ?」
亜美の手を取り見に行ってみると、警察が何かをしているようだった。路上には血のようなものが飛び散っており、それらの周辺に警察が群がっている。
「…傷害事件かな」
「ふーん、人が死んだってことか?」
「…分かんない…怪我だけかもね」
そんなことは無いだろう。警察の数は異常だ、人が数人怪我した程度でここまで多くはならない。辻斬りでも出たか、どっちにしろ人が死んでいる可能性が高い。
「そうなのか、人間は怪我しただけで皆助けてくれるんだな、善人が多いってことだな!」
「…そう……善人は多いよ」
そこには数分も留まらず、気分高らかに家へ向かった。家に着く頃には鼻歌を歌ってしまうほど元気を取り戻しており、声を張るのが苦ではなくなっていた。
「ただいまー!」
「…ただいま」
激しく靴を脱ぎ捨て、一直線にリビングに向かった。魔王の脱ぎ捨てた靴を丁寧に直し、魔王の後を追う。リビングに入ると魔王は既に転がっていた。綺麗なソファに横たわり、寝息を立てていた。
「…はや」
特に気にすることもなく亜美は夕食の準備を始めた。野菜を刻み、肉を切る。色々さっさとこなし、数十分ほど煮込んだ後、カレーが完成した。大きめの鍋が苦しむほど多く作り、毎食2人で食しても3日は掛かる程だった。
魔王は濃厚な匂いに誘われ、現実世界へと飛び立った。
「ぐぁ……おはようございます…」
起きて直ぐに大地に挨拶を済ませた。寝ぼけ眼で周囲を見回すと、家具の置かれていないだだっ広いリビングで、亜美は腕立て伏せをしていた。
息を漏らさず1回1回丁寧に、お手本のようなフォームで休むこと無く繰り返していた。汗の匂いが部屋の中に広がり、懐かしい夏の記憶を呼び覚ましていく。
「…ん……起きたんだ」
特に何もしていなかったかのように立ち上がり、疲労を感じさせない佇まいで汗を拭った。
「…ご飯食べる?」
「食べる〜…」
睡眠直後でも腹は食を欲していた。ぐぅとお腹が鳴り、力なく立ち上がる。亜美は素早くお皿にカレーを盛り、机代わりのダンボール箱に置いた。
「…食べていいよ」
「いただきます」
普通の味、特筆したものがある訳でもない家庭的なカレー。
「…美味しい?」
「うん、美味しいです」
「…ふふ…良かった」
亜美も席につき、静かに食事を始めた。感想を言い合ったり、今日の出来事を話したりはせず、黙々と2人は食べ進めていった。




