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魔法は便利ね

「まぁいい。私に不利益のあるものでは無いのなら、勝手にでも構わん」


精神を落ち着かせて背筋を伸ばす。自然と逸らしていた目を、再び魔王へと向けた。魔王はガラス手すりの方を凝視していた、1階フロアを眺めてニヤニヤと口角を上げていた。


「何を見ているんだ?」


「ひひ…お友達」


「友達か…」


戸村はその友達の事を知っている。噂を聞きつけずうっと魔王を尾行していたのだ、隣に付いていた人間を知らない訳がない。


魔王の目線を追って1階フロアを覗いた。白の紙袋を持った高身長の女、コツコツとエスカレーターに向かって歩いている。


ふと、目が合った。突然、こちらに顔を向けた。予備動作があったのか、そんな思考は意味が無い。


「見つかったな…」


「ん?」


佇まいから彼女は厄介だと考えていた。そのため絶対に目の前に行かないことを優先して行動していた、魔王だけを狙う計画、それ自体は成功していた。


見られたくは無かった。魔王と話す自分の姿を見られては、事情を聞きに来ることは明白。だが焦ることは無い、魔王との間には「約束」がある。絶対に漏れることはない。


それでも、彼女が独自に尾行などをすれば、約束の意味が無くなる。約束は人に話す事を出来なくさせるという取り決めだった、尾行者を付けるなとは書かれていない。


「これは参った。どうしたものか」


すぐさま逃げるのが最善なのだろうか、彼女が魔王にどのような尋問をするのか分からない。考えても無駄だろう、戸村は逃げを選んだ。


「魔王さん、僕は帰ります」


「急だな、だけど了解した!」


1階フロアを見ると、未だにこちらを見つめている女がいる。逃げる為に席を立った瞬間


「ん…?」


亜美は白い紙袋の中から箱を取り出し、元々自分の持っていたバッグに入れた。そしてこちらに向けて走り出し、フロア中央にある大きい看板に飛び乗った。


1回の跳躍で2mを越す看板の上に立った。周りの人が何が起こったのかわからず亜美を見上げる。


その次の瞬間、大きく足を地面に食い込ませ2階フロアの床目掛けて跳躍した。常識外れの身体能力での跳躍、誰もが上を見上げて口を開けていた。2秒ほどの滞空後、亜美の手は2階フロアの床をガッチリと掴んだ。


「マジか…!」


思わずガラス手すりから身を乗り出して下を見た。その間に亜美は、ガラス手すりに足を掛けていた。未だにコチラを見つめている。


再びの跳躍、それは狂気の域を軽々と超えた。一切助走無しでの跳躍で、空中に躍り上がり3階の地面を掴んだ。するとくるりと回転し、ガラス手すりを超えて乗り込んできた。


「…誰」


「おおー!」


平然と魔法を使う女の次は、平然と3階まで跳ぶ女。息切れも無く自然体なまま、戸村に威圧的な視線を送っている。


「戸村です。貴方は?」


冷静さを被り、不安が顔や態度に出ないように口の内側を噛む。痛みが意識を持ちこたえさせる。


「…立本亜美…で…この子に何の用」


亜美の体幹は一切ブレなかった。山のように不動、かろうじて戸村を見つめる瞳が、彼女を生物と認識させてくれた。


「貴方には関係のない話です。私は魔王さんと話がしたかった、それだけです」


「ああ!約束したからな、話すことが出来ないんだ!」


二人の間に躍り出た魔王を無視し、冷静さを欠かさないよう努力した。


「…ん」


「うぇ?!」


亜美は両手を魔王の脇の下に通し、自分の体へと引き寄せた。お腹に角が当たり、魔王の背中がピッタリと足に触れた。手をさらに深く入れ、お腹の前で手を組んだ。密着を解く気は無いらしい。


「私はそろそろ帰らせてもらいます」


「…そう」


「ばいばい!」


それ以上の追求は来ず、刺すような視線を背中に受けながらも、安全に事務所へ帰ることができた。

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