珍しい職
「ん?」
重苦しい声が魔王の耳に届き、スマホについて調べている手が止まった。座っていても分かる高身長、違う世界観の雰囲気を持っている。
魔王と聞かれた。目の前の男は何者か、考えるよりも聞いてみたほうが早いのだろう。問い返すよりも早く男が動いた。
「君が魔王か?」
また同じ問い。この質問をするために、彼はここに来たのか。質問に答える義理は無い。頭に付いたこの大きな角を見れば、返答など不要だろうに。
それでも質問してきたという事は、この男は、我が魔王であると自分自身の口で言うことを待っているのだ。理由は分からない、ただの事実確認なだけかもしれない、それでも警戒するに越したことはない。
「そうですよ!」
男は少し驚いたように姿勢を正した。目を見開いてはいない、声に驚き仰け反ったわけでもない。それでも目の前の男が驚いたように見えた。
「魔法が使えると聞いた」
「うん、使えるぞ。それがどうかしたのか?」
この世界では魔法を使える人の方が少ない、というかほぼゼロだ。魔王が初の魔法使用者として有名になっていない今がおかしいだけなのだ。
男は距離を詰めた、顔と顔との距離がほんの数cmになった時、威圧的な空気が香る。瞳孔を大きく開き、真剣なまなざしで魔王の目を見る。限りなく無表情に近く、仮面を被っているように見えた。
「警察の記憶を消したな?」
「え?いや???全く知らないです??」
全く知らない。それもそのはず、自分で自分の記憶を消しているのだ。警察の記憶を消したと言うことも警察と会ったということも、全て消してしまっているのだ。
男は表情を変えず身を引いた。自然体の状態で目の前のガラス手すりを眺め、無気力に姿勢を崩した。
「本当に知らないようだな」
「全く知らないです」
ふん、と鼻息を漏らして再度魔王に体を向けた。
「私は戸村、探偵をしている」
「ふーん」
スマホを触りたい欲に駆られながらも、真剣に目を見て話を聞いた。
「君の力を借りたい。協力してくれるか?」
協力という言葉は危険だ。詳細を先に話さず、協力という言葉で裏を隠している。ここでの返事がこれからを左右させてしまう、慎重に精査して決めなくては、最悪の場合、死を体験する。
「良いぞ!」
「素直だな。こちらとしてはありがたい。ではこれを」
手渡されたのは名刺。戸村 陸斗、戸村探偵所、住所に連絡先、ご丁寧に顔写真も。必要な情報だけが書かれており、非常に質素な印象を持つ。
「明日、ここに来てくれ。それと、この件は秘密にして欲しい。誰にも言わないよう」
「ん?なんで誰にも言っちゃダメなんだ?」
「明日来てくれたのなら話そう。一日の辛抱だ」
「…?まぁ分かったぞ、誰にも言わない」
明日に理由を話してくれる、それまで誰にも言わない、たったそれだけの事。
「少し手を借りるぞ」
「…ん?」
魔王は遠慮なく戸村の手を取った。男の手、ゴツゴツと骨張り血管が浮き出ている。探偵という職で、なぜ分厚く傷のある手になるのか。それは今回の案件と同じく、人に話せないほど危険な事をしているということだろう。
目を閉じ魔力を込める。二人の間に特殊な糸を張り、内容を二人の脳に共有した。
【約束】
「っ…!」
手を咄嗟に離し、両手で頭を抱えた。
それは強制的に行われた。直接脳内に契約内容を伝えられ、無意識に約束を交わしてしまう。脳が独自に判断した、そこに自由意志など無い。
「な…何をした…!」
何をされたか、自分でも十分に理解している。全ての情報は伝えられた。内容に文句は無い、この問いは、突然に発動した魔法についてなのだから。
「ただの約束だ。これで我は「誰にも言わない」を破ることが出来なくなった」
さも当然かのように語る魔王、現実のものとは思えなかった。
(生まれてこの方魔法を見たことは無い。それが…初めてが…初めてだぞ!…初めては貴重だろ!あぁ…まぁいい落ち着け…ふぅ。まさか魔法を人に向けて使うとは。「約束」と言ったか?魔王の話では害は無いらしいな、ただの約束でしか無いということか。いやだからって急に魔法使うなよ…)




