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『第三十五話 レベル50』じゃ

「この幼女の足を舐めてください」


 《レベルアップ:レベル34》


 土下座した視界に文字が表示されている。少し遅れて、さっきの戦闘の経験値が反映されたようだ。


「…………は? なっ、意味がわかりません。その行為と彼女を治すことになんの関係が??」


 女騎士は依然、困惑して立ち尽くしている。

 そりゃそうだ。

 でももうこれしか、マイを助ける道はない。

 砂の上で眠るマイの息は刻一刻と弱くなっていく。


「説明してる時間はない! 頼む!」

「ええ……いや……でもさすがに少しは説明

 ……」

「説明してる時間はない!!」


 一点張りでゴリ押す。

 オレの必死の懇願に対し、女騎士は黙りこみ、


「……わ……かりました。命には変えられません」


 しぶしぶ了承してくれた。


「恩にきります!!」


 急いで顔を上げる。これで、コン様の信仰力を補給できる。

 彼女は砂浜に横たわるマイの胸に空いた、大きな穴を見ていた。


「じゃ、さっそく……」

「はぁ……こういう感じですか? いや……やっぱりいいです。あっち向いててください」


 彼女は兜を脱いで、コン様が差し出した足の前にひざまづく。


「では……失礼します……」

「うむ」


 その先の行動をガン見したい欲望を堪えて、オレはラボアジェと騎士たちの戦いに目を戻した。



「ほう……」


 ラボアジェは、いま動きを止めて砂浜に立ち尽くしていた。

 ぎぎぎ、と鎌を振りぬこうとした体勢のまま、見えない何かに身体を拘束されているようだ。


「私の動きを止めるとは。なかなか鍛え抜かれたスキルですな」


 奴の視線の先には、二人の鎧姿の騎士がいる。彼らは両手を前に出した同じポーズで直立しており、その足元にはぼんやり光る魔法陣のようなものがあった。

 見ると、同じような魔法陣はラボアジェの足元にもある。


 あんなスキル見たことがない。四天王の動きを止められるような人間が、オレ以外にもいたのか。


「固有スキル《二軸式固定《ダブルスタンド》》――――二人ともよくやった!」


 先程まで膝を着いて体力を回復していた隊長が、再び立ち上がった。

「とどめを。隊長!」二人の部下の声に応えるように、槍を構えラボアジェに突っ込む。


「いい戦士たちだ――――」


 ラボアジェの胸を、鋭い一突きが貫いた。


「ぐぉ……!」


 ガクン、と細身の体が苦悶するように折れる。

「終わりだ」隊長が憎々しげに槍をねじり、ラボアジェに吐き捨てた。


「くくく……それはどうですかな」


「まだだ!!」


 オレはとっさに叫んでいた。


 同時にラボアジェは、槍に貫かれたまま左手を伸ばし、隊長の首を掴んだ。


「なっ……ぐぅ……!?」


 隊長が苦悶の呻きを上げる。


「バカな!!」

「なぜ拘束が!」


 二人の騎士が驚愕する。「拘束は解けていないっ!!」


「ええ、そうですよ」


 ラボアジェの左手は、拘束されたまま無理やり動かしたことにより歪にねじ曲がっていた。

 しかし《不滅》のスキルですぐに再生される。槍で刺された胸も、致命傷にはならない。


「ぐ……ぐぅ……!!」


 隊長は手を引き剥がそうと必死にもがき、槍を刺し直したり、腕を叩いたりするが、ラボアジェは木のようにまったく動じない。

 凄まじい握力で首を絞め続ける。


「…………か…………」

「隊長!!」


 次第に彼の身体は脱力し、砂浜に力無く倒れ伏した。


「クソ……」


 頼みの綱の騎士でもダメか。

 《不滅》のラボアジェ。やっぱりコイツはどう足掻いても殺せない。


「無理だ……こんなの……」


 思わず呟いた。その時自分のすぐ側でぼんやり光が生じた。

 見ると、コン様がオレの切り落とされた右腕の付け根に手を当てていた。

 光によって、傷が塞がっていく。そして断面から腕がにょきにょき生えてくる。


「うわ……気持ち悪っ……」

「女神の御加護になんたる言い草じゃ。黙って治されておれ」


 その後ろでは、フクザツな表情をした女騎士が立っていた。


「…………ありがとう。その、舐めてくれて」

「人生最大の屈辱ですよ。もう二度と御免です」

「お陰で力が少し戻ってきたわい。ほれ、マイも助かった」


 横たわるマイの胸からは穴が消えていた。コン様が治してくれたのだ。

 穏やかな顔で眠っている。


「……よかった」


 と思っている間に右腕が生えきった(・・・・・)

 まだフワフワした感覚の指を握り込む。ちゃんと力は入る。

 グー、パー、指も動かせる。


「あぁ……愛しきオレの右手……。もう一生息子を握れないかと……」

「さて、次は左腕もなお……」


 コン様が言いかけて、ふらりと足元を崩した。


「あ……」

「えっ?」

「これ以上は無理じゃ」


 彼女はそこでバタンと砂浜に突っ伏してしまった。


「そ、そんなっ、コン様!!」


「そんな簡単になんでもかんでも、女神の力で解決されてたまりますか。勇者クスロウ」


 ラボアジェが、ずさり、ずさりと近づいてくる。拘束を引きちぎり、全身から血を吹き出しながら。


「くっ……」


 さすがにコン様もこれ以上は無理させられない。

 騎士たちは懸命にスキルを発動し続けているが、これでは解放されるのも時間の問題だ。


 コイツをどうやって倒せばいい。


 何か方法はあるか?

 考えろ。いまのレベルアップで獲得したスキルは……


 スキル解放《尻尾》。


 ダメだ。ゴミみたいなスキルだ。


「なあ、あんた、何か有効なスキルは?」


 女騎士に聞く。しかし彼女も首を振る。


「私のスキルは回復特化だ。とても戦闘では……」

「だよねェ……」


 どうすりゃいい。もう何も打つ手はないのか?

 ラボアジェはジリジリと、しかし確実に迫ってくる。

 逃げたい。昔のオレならとっくに逃げていた。

 でもいまはできない。

 戦うしかない。


「ふぅ…………ふぅっ……」


 生き残る道はひとつだ。

 こうなったら、オレもアレを手に入れる。


 それ以外にこの場に勝機はない。


「騎士のみんな!!」


 オレは腹から気合いを入れて叫んだ。


「協力してくれ。オレが奴を殺しまくれる状況を作ってくれ!」

「殺しまくる?? 奴は不死身だ。そんな事をしても……」

「いいから!! もう望みをかけられるとしたら、そこしかないんだ」

「はぁ?? 何を言ってるんだ……」


 なるべくラボアジェに作戦を悟られたくはない。なので詳細は言えない。

 でもオレ1人じゃ絶対に無理だ。ここは彼らにオレを信じてもらうしかない。


「なんの信用もないのは……わかってる。あんたたちには酷いこと言った気もするし……ごめんそれすら覚えてないって、ホント最悪だけど……。

 でも……オレはいま、ここにいる全員を死なせたくないんだ。それだけを考えてるんだ。わかってくれ」


 懸命にそう訴えた。すると数秒の沈黙があって、


「わかった」


 ポン、とオレの肩に女騎士の手が置かれた。


「他に策もない。あなたに賭けよう」


 その言葉は、オレの背に何か重いものを乗せてきたようだったが、


「……ありがとう」


 いまはとりあえず、心地よかった。



「もうやめなさい。これ以上勇者の品位を下げるようなことは」



 直後、砂浜に衝撃波が轟く。

「うわっ!!」先程まで拘束スキルを発動していたふたりが吹き飛ばされ、オレたちの視界も砂煙に包まれた。


「ッ――来る!!」


 オレは再生した右手で封印剣を掴む。

 キラリと煙の中に光るものが見えて、とっさに首を剣でガードした。


 鼓膜をつんざくような金属音がして、大鎌が剣にぶち当たる。オレは吹き飛ばされると同時に、煙が晴れるのを見た。


「いい加減死になさい」


 ラボアジェが目の前に迫っている。心底見下したような表情で。

 心臓がバクバクと激しく鼓動し、さっきまで自分を支配していた恐怖が蘇ってくる。


 思わず、後退しかけて、踏み止まった。


「む……」


 ラボアジェの動きがまた固まっている。

 拘束スキルが戻ってる。


「なんと……まあ」


 土煙の向こうで、二人の騎士が吹き飛ばされてなお、スキルを発動し続けていた。ラボアジェを囲むような配置で立って、こちらに手を向けている。


 ザクリ!


 と音がして、ラボアジェの脇腹に剣が刺さる。


「勇者クスロウ! 命令はあなたが、こいつを殺しまくれるようサポートしろ。でしたね!」


 治癒係の女騎士が剣を投げたのだ。

 彼女は戦闘員じゃないようだったが、

 抜群のタイミングの援護だぜ!


「お前たち……!」


 ラボアジェが怒りに満ちた呻きを上げる。


「うぉおおおお!!」


 オレは、前に出た。

 渾身の力を込め、封印剣で奴の首を切り飛ばす。


 《レベルアップ:レベル35》


「だから……意味がないと言ってるだろ!!」


 首を失ったラボアジェが身をよじると、再び凄まじい衝撃波で、全てが吹き飛ばされた。


 オレは拘束スキルの騎士たちの方まで弾き飛ばされる。


「まだだ! 奴の動きは意地でも我々が止める! たたみかけろ!!」


 彼らはオレに声をかけてくる。


「わかった!!」


 オレはもう一度ラボアジェに向かって突っ走った。

 ラボアジェは首を拾い上げて胴体に繋げ、血飛沫を散らしながら無理やりこっちに向き直って、鎌を構えている。


「くぅ……!」


 しかし動きは鈍い。避けられる。

 振り下ろされる大鎌をかいくぐり、今度は胸を突き刺す。


「ガハッ!!」


 ばしゃばしゃと鮮血が頭から浴びせ掛けられて、視界が赤くなった。


 《レベルアップ:レベル36》


 しかしまだだ。


「あああ!!」


 さらに剣を抜いて、足を斬る。

 片膝を付かせたラボアジェの首を今度は突き刺す。


「何をしている……何度無駄だと……!!」


 続きを言わせる前に、首を切り落とし、

 砂浜に落ちた首を踏み抑えながら、胴体の方にさらに執拗に、何度も斬撃を加えた。


 《レベルアップ:レベル37》


 《レベル38》


 《レベル39》


 《レベル40》


「しつこいッ!!」


 胴体だけのラボアジェが鎌を振るい、オレはまた弾き飛ばされる。


「ぐ……まだ……まだだ……!!」


 女騎士が駆け寄ってきて傷を治癒してくれる。

 ラボアジェに向き直ろうとしたそのとき、視界が真っ赤な炎に包まれた。


「クスロウ! よく持ちこたえたぞ!」


 金髪の背の高いほぼ裸の女が、炎を纏って立っていた。

 先程の攻防で遠く飛ばされていたソフィアが、騎士の一人と一緒に戻ってきたのだ。


「どういう状況だ??」

「ソフィア……作戦がある。とにかくオレの経験値を爆速で上げたいんだ。奴をオレに殺させまくってくれ!!」


「……!」


 何かを察したように、オレと視線を交わしたソフィアは目を見開き、強く頷いた。


「わかった!!」


 そこからは、全員が一体となって動いていた。

 べつにお互い信頼関係なんてない。その場にたまたま居合わせただけの奴らだ。

 でも、みんながオレを信じてくれた。オレの作戦のために全員が動き、オレを助けてくれた。


「ぉあああ!!」


 再び封印剣を振るい、ラボアジェを斬る。血飛沫が舞い、オレの視界には文字が表示される。


 《レベルアップ:レベル46》


「まだまだ!!」


 騎士たちがラボアジェを拘束し、逃れられかけたところをソフィアがカバーし、オレが攻撃し、反撃されたら女騎士が治す。

 それをひたすら繰り返す。

 多分そろそろみんな気づいてるだろう。

 オレが何を目指しているのか。


「おらっ!!」


 《レベルアップ:レベル47》


「コノヤロっ!!」


 《レベルアップ:レベル48》



「理解できん……お前ら……この程度のことでこの私を倒せると本気で思ってるのか」


 拘束がほころんだ隙に、ラボアジェが反撃してくる。


「いっ――――!」


 オレの右腕が、また切り飛ばされた。


「う――――るせえッ!! 《尻尾》!!」


 オレはとっさにさっき覚えたてのスキルを発動する。

 腰のあたりがジンと熱くなったと思うと、ゴツゴツした鱗に覆われた、文字通り“尻尾”が伸びてきた。

 素早く伸び縮みし、オレの意思で自在に動かせる。


「意外と使えんじゃん……!」


 オレは尻尾で落ちた封印剣を絡めとって、掴んだ。


「オラッ!!」


 そのままラボアジェにぶっ刺す。


「ぐはっ!!」


 血が飛散して、


 《レベルアップ:レベル49》


「行けクスロウ!!」


 ソフィアの叫びが聞こえる。

 さらに追撃。引き抜いた剣を尻尾で振るい、奴の痩身を両断する――――。


「遊びは終わりだ雑魚ども!!!」


 瞬間、ラボアジェにオレは蹴り飛ばされていた。

 凄まじい衝撃波が巻き起こり、その場にいた全員が為す術なく砂浜を転がる。


 土煙が収まった頃、立っていたのは二人だった。


「ふぅ…………ふう…………まったく……いい加減にしてください。こんなもの、私の望んでいた勇者との戦いではない」


 傷を再生するラボアジェ。あれだけ与えた致命傷の数々は、あっという間に元通りになっていく。


「…………そうだな……」


 もう一人は、オレだ。

 尻尾でかろうじて剣を持ち、両腕を失って、返り血と砂で全身ベトベト。

 しかしいまオレの目の前には勝機の文字があった。


「ここから先は真の勇者の力を見せてやるぜ。不滅のラボアジェ」


 コン様と、ソフィアの言葉が脳裏に蘇る。


『レベルアップの条件は一定の経験。それが強烈なものであればあるほどレベルの増幅は増す』

『これは、その個人によって異なる特性を持つ固有スキルだ。レベル50で授かる』


 血塗られた視界に文字が光る。


 《レベルアップ:レベル50》


 そして、レベル表記の下に、第二の文字が現れる。


 《固有スキル解放:覚醒(アウェイキング)


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