『第三十四話 異次元の恐怖』じゃ
「あなたの勇気に敬意を表する」
そう言うとともにラボアジェの右手が、マイの胸から引き抜かれた。
「マイ!!」
オレはとっさに彼女を抱きかかえる。
「……ひゅぅー……ひゅー……」
胸の中心に空いた穴から血が噴き出していた。
呼吸のたびにごぽり、ごぽりと、どんどん溢れてくる。
まずい。いますぐに治療しなければ、これは、
「ひゅー……」
「マイ……大丈夫だ、しっかりしろ。助かるからな」
「ひゅ~……」
彼女は何かを訴えるようにパクパクと口を動かしている。
「……く……ふゅ……げ……て……」
「…………マイ……」
「さて。そろそろいいですかな」
痩身の魔族が砂浜を踏みしめて、近づいてくる。
「……てめぇ」
腹の底から何かが湧き出す。
無心で剣を抜こうとした直後、ラボアジェの顔面に横から炎が叩き込まれた。
「キサマぁああ!!」
ソフィアだった。怒りの形相で追撃する。
炎を纏った剣を振るい、奴の痩身をズタズタに斬り裂いた。
「死ねッッ!」
「だから効かねえっつってんだろうが!!」
ガギャ!!
剣が硬い物に受け止められる。全身の傷を瞬く間に再生しながら、ラボアジェは鎌を振るった。
空をつんざくような風切り音。ソフィアが吹っ飛び、はるか彼方の家屋で土煙を上げる。
「まったく……往生際が悪い」
「う……おああ――――!!」
オレはほとんど無意識に斬りかかっていた。自分でもよくわからない感情に突き動かされて。
ぜったいに殺さなければならない。
こいつだけは、
こいつだけは――――
封印剣を振り抜こうとしたそのとき、急に手から重みがすっぽ抜けた。
「え――――」
剣を落としたのか、
と思って見ると、両腕が消えていた。肘から先が無かった。
ラボアジェは、既に鎌を振り抜いていた。視界の端で線を引く血が見える。
そして、その先にある刃がくるりと翻され、次には、オレの喉を裂いていた。
「――あ――」
思考する暇など無かった。一瞬のことだった。
唐突に両腕と喉を失ったオレは、大量の血を撒き散らしながら砂浜に膝を着いた。
「ごぼあああ……あああああ」
遅れて激痛とパニックが襲う。
あれ、なん、痛っ!
痛い痛いっていうか熱い!
熱い熱い!
「ああああああ!」
のたうち回りたくなる激痛。
体は動かせないので、壊れた喉でただ叫ぶしかない。
「参りましたなァ。いかに元勇者と言えど、これほど無様を晒されては流石に萎える。魔王もさぞご落胆されるでしょうな」
ラボアジェは涼しい表情でオレを見下ろしている。
なんなんだよ……コイツ……
先程まで憎悪していたはずのその顔を見たとき、言い表せない気持ち悪さが湧き上がってきた。
「あぁ……ううう……」
全身が震えて、涙が出そうになる。
なんなんだよ。なに震えてんだオレは。
こんなこといままで無かったじゃないか。
どんなに強い奴にだって、真に心の底から屈服したことなんてなかった。
チートを失っても、それは変わらなかった。
力さえ取り戻せばオレは誰にも負けない。
「うっ…………うぅ…………」
間違いだった。
怖い。こんな奴に勝てるわけない。
オレはこんなに、
こんなに弱かったのか……。
「…………ん?」
立てずにいるオレを見下ろしていたラボアジェが、不意に上空を見る。
そして、姿を消した。
奴は後ろに飛んでいた。
ラボアジェがたった今いた所には、槍が突き刺さっていた。
「あぉ……あ……」
オレの目の前に、五人の鎧姿が降り立った。
なんだこいつら……
この鎧の形、見覚えがあるような……。
「オガネス王国騎士団、特殊偵察隊だ」
槍を引き抜いた大柄な一人が振り向き、兜でくぐもった声で言う。
そうだ。これは王国騎士の鎧。でもここはまだオガネス王国じゃないはず。
どうやってここに?
「我々はソフィアが瀕死の状態になったとき、そこに転送されるスキルを持っている」
「隊長」
「わかってる。リシェルはふたりを治癒しろ。ドーム、ソフィアを助けに行け」
隊長、と呼ばれたその槍使いの指示によって、騎士たちが一斉に動き出す。
オレの隣にも小柄な女騎士がやってきて、「傷を見せなさい」と言った。
「ああぼ……ぼごほ」
オレよりも先にマイを……。
「後は我々に任せろ」
隊長と、残った二人はラボアジェに向かっていく。
「あぼああ!!」
ダメだ!
無理だ。奴には勝てない。
近づけば全員殺される!!
「くっくっ……今日は本当に邪魔ばかり入る……」
ラボアジェが鎌を振りながら騎士たちに近づいていく。
「私が二十秒稼ぐ。その間に陣を完成させろ」
隊長が後ろの二人に指示し、次の瞬間、先行した。
「ほう!!」
速い。
稲妻のようなスピードでラボアジェに一気に肉薄し、鋭い槍撃を繰り出す。
「これは面白い。妙なスキルだ」
間一髪首を逸らして避けられた。
「シィッ!」すかさず槍をひるがえし、横合いから胴を狙った二撃目を放つ。
それは鎌が受け止める。
砂浜に鋭い金属音が響き、空気の振動がここまで伝わってきた。
「あぼ……あ……」
なんだあのスピード……
ただの人間だよな。あんな速い奴がこの世界にいたのか。
レベル99万のころのオレ並……ではさすがにないけど、その十分の一くらいの実力はありそうだ。
「トログ隊長の固有スキルは《過走》。一定時間速度を上げる代わりに、その後数時間は行動不能になります」
マイを治癒していた騎士が戻ってきて、解説してくれる。
固有スキル……ソフィアも使っていた、レベル50を越すと目覚めるってやつか。
「動かないで」彼女はオレの両腕と喉の傷にしばらく手をかざした後、
「私のスキルでは欠損部位の復元はできません。いまは応急処置です」
「ゲホッ……どうも……マイは?」
「一命は取り留めています。ですが……」
見ると、マイの胸の傷は塞がっていた。だが血を流しすぎている。肌は死人のように青白く、目を瞑ったままだった。
「……クソッ……!」
「あとはわしがやる」
その傍らにコン様がやってくる。ヨレヨレで砂まみれの着物、おぼつかない足取りで、
「なっ、休んでなきゃダメだ……! コン様の方がもうとっくに限界だろ……!」
「フン」
彼女はふうと深い息を吐くと、なぜか女騎士の方に向き直った。
「おヌシ。わしの足を舐めて『忠誠を誓う』といえ」
と言った。
「はぁ?? 嫌です」当然、騎士は断る。
「コン様……いくらサディストとはいえ今は……」
「急に女王様気分になったわけじゃないわい! 即席の“信仰力”補給じゃ。この娘を死なせたくなければそれしか選択肢はない! ホレ急げ!」
コン様は有無を言わせず足を差し出す。
た、たしかに……! それなら!
一縷の望みが見える。
「いやいや、えぇ……えぇ??」騎士は困惑した様子で、助けを求めるようにオレを見た。
「ほんとうに、一生のお願いです」
オレは土下座した。騎士は言葉を失って立ち尽くしていた。
「この幼女の足を舐めてください」




