『第三十三話 罠』じゃ
「う……ぐ……」
暗い。真っ暗で何も見えない。
あれ……オレ……これ死んだのか?
でも、身体中が痛いぞ。痛いってことは、まだ生きてはいるよな。
「うう……」
「あぐ……」
それに、そこかしこでうめき声も聞こえる。
流石に死者の声じゃないだろう。
そうだ。たしか船がもの凄い勢いで揺れて……何かに激突した?
ガラ、と上から音がした。
ガラ、ガラ、ガラガラガラ……!!
「う……ぐ……おお!?」
体にかかる重みが急激に増している。
そうか。ここは瓦礫の下。破壊された船の残骸が倒壊しかけているのか。
たしかにオレの体の下半分は水に使っている。
ガラガラと上から崩れる瓦礫に、下には水。
「やっ……ばいぞ……っ」
これは、マジで死ぬぞ。
そういや息もしづらい気がしてきた。
あぁ苦しい……
スキルで脱出しなきゃ……
みんなはどこいったんだ……
コン様、ソフィア、マイは……
ガガン!!
上から硬いものが砕ける音。
「ひっ!」
そこら中の瓦礫が軋む。
潰される!!
と思った瞬間、視界が急に明るくなった。
天井を覆っていた瓦礫が消え、そこに生じた穴からするりと何かが降りてきた。
太いツタだった。
それはオレの元まで伸びてきて、腰に巻き付き、海水から引き揚げた。
「これは……」
残骸から出ると、同じようにそこかしこからツタで人が釣り上げられていた。残骸の下でうめいていた船員たちだ。
船は島の砂浜に突っ込んでぶっ壊れていた。ツタはオレたちを砂浜に下ろした。
「クスロウ君!」
オレが着地すると、横から誰かが抱きついてきた。
紫色の髪にローブの少女、
「マイ! 助けてくれたのか」
「うん! よかったぁ……ケガしてなくてぇ」
マイは半泣き顔でオレに駆け寄ると、安心したようにへたりこんだ。
「死んじゃったかと思った……クスロウ君~……」そのまま胸元に頬ずり。“様”から“君”呼びになっても粘着質な感じはまだ抜けきってない。
たぶん、素がこうなんだろうな。
彼女の動作に合わせて、船員たちを釣り上げたスキルのツタがグネグネと動く。
「「うぉあああああア!」」
「おいマイマイマイ! 鎖がみんなを落としそう!」
「あっごめんなさい」
慌てて集中した顔になる。ツタは船員たちをゆっくりと下ろした。
「た、たすかったぜぇ……」
小太りの、たしか船長の男が辺りを見回していた。砂浜には既に同じように救助されたらしい人が沢山いた。
「コン様! ソフィア!」
二人もその中にいた。オレとマイは二人に駆け寄った。
「大丈夫か??」
「あぁ……なんとか。あの鎖のおかげで助かった」
普通の服を着て、濡れた金髪を気だるげにかきあげたソフィアが言う。
「ロリ女神様がね、私一人だけ瓦礫の外にワープさせてくれたの。私のスキルでみんなを助けろって」
「礼には及ばんわい、と言いたいとこじゃが、とんだ過労じゃわい」
着物をずぶ濡れにさせたコン様は、砂浜に尻もちをついて息をついていた。
「しかし、これは魔王軍の仕業か?」
ソフィアが呟く。
「海に落とされ、なんとか助けられたと思ったら、息つく暇もないな」
その口から白い息が出ていた。
寒そうだな。
オレ自身も、マイもコン様も、船員たちもみな震えている。
空は灰色に曇っていてとても自然の暖かさを期待できる様子もなかった。
「ソフィア……炎系のスキル持ってたよな」
「…………そうだな。このままでは全員凍えてしまう。私が炎系のスキル持ちを集めてくる」
「たのむ」
船員たちの方に向かうソフィアを見送り、とりあえずオレは薪でも探そうと島の方に目を向けた。
遠くに森が見える。
とりあえずあそこまで《加速》して……
「イヤハヤ、全員無事とは。予想外でしたな」
と思ったところで上空から声がした。
何かが凄いスピードで砂浜に着地する。
直後、ドグン、とその周辺の地面、十数メートルがまるごと陥没した。
信じられないほど強い衝撃波が生じた。砂が巻き上げられ何も見えなくなったと思えば、爆風にもみくちゃにされ、空中に浮いたと思えば次の瞬間には地面に激突しており、そのまま何も出来ず無防備に転げ回るしかなかった。
「ぶあっ……かっ……ぺへ……」
ようやくそれが収まったころには、顔中の穴に砂が入って散々なことになっていた。
なんとか目を開ける。
その場一帯に倒れる男たちは、皆オレと同じような状態でうめいていた。
「しかし勇者が弱くなったという噂が本当だったとは。まったく、残念、至極ですな」
ただ一人を覗いて。
やせ細った体にボロボロのローブを纏った男。頭髪のないその顔にはまった、ガラス玉のような二つの目が、オレを真っ直ぐに見つめていた。
「うっ……」
目が合った瞬間、ぞわりとした寒気が背筋を襲った。
「クソォ……いったいなんだってんだ……」
その男の足元では、たまたまそこに転がったのだろう船長が倒れていた。
「あっ……おい!!」
「あ?」
とっさに声を出した。次の瞬間、もじゃもじゃの髭をたたえたその顔を、男は躊躇無く踏み潰した。
ぐちゃ。と嫌な音がする。
「うっ……」
殺した。
いとも簡単に。
「キサマ……!」
近くにいたソフィアが剣を支えに立ち上がる。その隣ではマイが地面に手をついていた。
「ワタクシは魔王軍四天王が一人。《不滅》のラボアジェ」
四天王?? 全員倒したはず……
いや……コイツは《不滅》、不死身の力を持つ魔族か。
オレが取り逃した最後の魔王軍か!
「我が主魔王のために、勇者を捕らえに来た」
言い放った瞬間、その男、ラボアジェが動いた。
「《植腕》!!」
同時に、マイが叫ぶ。地面から無数のツタが飛び出し、空中のラボアジェに襲いかかる。
「フン」
だが奴は手にした鎌を数回振っただけで、あっさりとそれら全てを叩き落とした。
そのままオレに一直線に向かってくる。
「くっ! 《帯電》!!」
とっさに封印剣を構えて、そこに内包されるスキルを発動した。
振り下ろされる斧が剣と接触した瞬間、莫大な電気が発生し、ラボアジェを包む。
しかし、それだけだった。奴の体からは少し煙が上がっただけで大したダメージにはなっていない。
そのままオレは斧で弾き飛ばされ、地面を転がった。
「う……ぐ」
ラボアジェは悠々と近づいてくる。
「く……《水砲》!!」
オレは大量の水を浴びせるスキルを発動しながら、さらに
「《土練》!!」
下から土でラボアジェの足を固定し、
「《加速》!」
高速で移動し、背後から切りかかる。
ガギン!
と、振り下ろした剣は鎌の柄で易々と受け止められていた。
「クソ……」
「そんな寄せ集めのスキルでは、このワタクシには傷ひとつ付けられませんぞ?」
ラボアジェがゆっくり振り向く。狂気に血走った目に睨まれ、体が萎縮する。
「ッ――ごはっ!」
無防備な腹を、蹴り飛ばされていた。
「がはっ、げへっ」
「もう終わりですかな?」
うずくまるオレを見下ろしてくる。その背後から、全身を炎に包んだソフィアが切りかかった。
「《炎鎧》!!」
「ん?」
ラボアジェの肩に炎の剣が食い込む。
「ウォォォォ!!」
そのまま袈裟斬りに身体を両断しようとしたソフィアだったが、腹辺りまで切ったところで刃は止まった。
「なっ??」
「いい固有スキルだ。有象無象と違い鍛錬されている。ワタクシを殺すにはだいぶ火力不足ですが」
ズリリ、
ラボアジェは自分から動いて剣を腹から抜いた。
肩口の斬り傷と火傷がみるみる治っていく。
致命傷を受けても一瞬で再生する能力。
これが《不死》。
「まァ……そもそもそんな力は存在しな――」
言いかけたその痩身を、今度は凄まじい閃光が貫いた。
撃ったのはオレだ。
「合成スキル……《電磁砲》……!」
《重鎧》との戦いで使った。《土練》《鉄化》《帯電》《加速》の四つを組み合わせた、いまのオレが出せる最大火力の技だ。
「――――ぐっフフフフ……な゛る゛ほど」
腹に大穴を開けたラボアジェは、若干しゃがれた声で笑いながら、それでもなお生きていた。
ダメか……。
「勇者グズロ゛ウ……あなたが力を失ってから努力してきたことはわかりました。ワタクシの部下を葬ったのも頷ける」
喋っている間に穴は塞がった。
オレは為す術なく座り込んでいた。
「ただそれでもどうしようもない。あなたのいまのレベルは見たところ30もない程度。ワタクシの十万分の一です」
ラボアジェが斧を振り上げる。
「文字通り、いまのあなたは虫けらだ。非常に残念です。我々を苦しめた勇者の最期がこれほど惨めなものになるとは」
心底悲しそうに言った。
クソ。なんだってんだ。
「オレに何を望んでんだよ。いまここで殺していいのか?」
「いいえェ、そんな生ぬるいことはしません。あなたには魔王の御前でもっと苦しんでもらう。リアーナ王女と一緒にね」
「テメェ……」
こうなりゃ、望むところだ。コイツについていって魔王城に入り、そのまま魔王軍を皆殺しにしてリアーナを助けてやる。
「さっさと王女に会わせろ」
「威勢の良さだけは相変わらずですな。だが万一にでも魔王城で無礼を働かれては困る」
「なんだと」
「手足は無くしておきましょう」
ラボアジェの表情が喜色に歪み、斧が振り下ろされる。
「っ……!」
パチン!
その瞬間、目の前からラボアジェが消えた。
「あっ……」
景色が変わる。同じ砂浜だが、背後を見ると街があった。
「ワープ……」
「ここは大陸じゃ」
いつの間にか隣にいたコン様が言った。砂浜にはソフィア、マイ、船員たちも立っている。
「逃げられたの??」
とマイ。
「しかし、コン様、こんな人数をよく…………っコン様!」
どさり、コン様が急に膝を着く。
オレは慌てて抱えて、ぎょっとした。
「ものすごい熱だ……」
はぁ、はぁ、と荒い息をしているコン様の顔は真っ白だった。白すぎて透き通りそうなほど……というか、実際に少し透き通っていた。
「おっ、おい……これ……」
「わしの存在を保っていられるギリギリまで力をつかったからの……大丈夫じゃ。休めばすぐに回復する」
「……ご……ごめん……」
何してんだオレは。
コン様に頼りきりで、何をやってんだオレは。
無意識にコン様の着物を握る手に力がこもる。
クソ。
「クソッ……!!」
「女神の力には制限あり。これもあの方の言っていた通りですな」
なっ??
砂浜にラボアジェが立っていた。「ほーう」と辺りを見回し、自分の体を見下ろしている。
「嘘だろ……なんで……」
「あの方からワタクシも授かったのです。その女神と同じ“力”をね」
女神と同じ力を使える存在。
一人しかいない、魔王についたバオのことか。
まさか……いや、考えておくべきだった。奴らを神の力を使えるようになってるなんて。
「いきなり船が島に突っ込んだのも……そういうことか」
「ええ。……くく、その顔、立場が逆転しましたな」
ラボアジェが下卑た笑みを浮かべる。
「神に授かった力で魔王軍を滅ぼしたあなたが、今度は同じ力で我々に追い詰められている。
実に滑稽ですな」
ゆらり、と近づいてくる。
斧の先端が砂浜を突き、ズリリリと音を立てる。
「う……う……」
オレはコン様をだき抱えたまま後ずさった。
クソ。クソ。
もう為す術はないのか。コイツには今のオレじゃどうしたって叶わない。
死ぬ……
「…………ん?」
オレとラボアジェの間に、立ち塞がっている少女がいた。
ローブを着た紫髪の少女。
「こっ……こ……れ以上は、やめてくださいっ!」
「マイ!??」
なにやってんだ。
「逃げろ!!」
彼女はラボアジェに向き直ったまま動かない。
ラボアジェは怪訝な顔をしている。
「なんですか。あなたは。死にたいんですか?」
「……クスロウ君は渡さないっ。あたしの命に変えて、もっ、そんなことさせない!」
「やめろ! バカ!」
ソフィアがこちらに走ってきている。
「あたしは……クスロウ君に助けられたの……ずっと……助けたかったの!」
「そうですか……よくわかりました。
忠義の厚い仲間を持ちましたな。勇者クスロウ」
それより早く、ラボアジェがマイに一歩近づく。
「やめ――」
オレはコン様を地に寝かせ、封印剣を抜いた。二人に向かって《加速》を使おうとして、
ド、
という鈍い音に、思考が止まった。
「あなたの勇気に敬意を表する」
ラボアジェの右手が、マイの胸を静かに貫いていた。




