『第三十二話 輸送船』じゃ
『クスロウ様へ
お元気ですか。オガネス王国王女のリアーナです。
あなたが去ってから二週間が経ちました。私はまだ、あなたに対しての思いを整理できていません。
お父様たちはあなたのことをクズだと言うけれど、私はあなたがそれだけの人間だとは思っていません。
あなたはたしかにこの国を救った。私はあなたが優しい人だと信じていました。
いまあなたがどこで何をしているのかわかりません。ですが、一つだけ伝えたいことがあります。
帰ってきてください。もう一度あなたに会って、ちゃんと話がしたいです』
リアーナからの手紙は、海水に濡れてしまったが、まだかろうじて読むことができた。
「ん~……うう……ごべんん~~~!」
狭い部屋にあるベッドの上で、オレは縮こまり号泣しながらそれを読んでいた。
傍らには、同じベッドがあと三つある。そこにコン様、ソフィア、マイが寝ている。
床が不規則に揺れている。
オレたちはいま船の一室にいた。
助けてくれたのは大陸間の海を横断している輸送船だった。
ここはオレたちが元いた辺境国がある南大陸と、目的地のオガネス王国がある北大陸の間だ。
船は航行の中たまたま空から降ってくるオレたちを見付け、わざわざ進路変更して助けに来てくれたらしかった。
船員は全員男で、ほんのりと全体的にガラの悪い感じの人たちだった。
ただよう不良集団感というか、オレが苦手な感じの雰囲気というか。
特に……
「起きてるか! これ使えや」
バン!
ドアが開き、もじゃもじゃの髭をたくわえた男が入ってきた。
タオルを差し出してくる。
「あ……ありがとうございます。船長」
「おう。嬢ちゃんたちの方はどうだ」
船長はオレと、オレの後ろで船室のベッドに寝ている三人をちらと見た。
ソフィアとマイは無反応。コン様だけが、親指を上げた手をベッドから出していた。
「こんな格好ですまんのう。歳のせいか近頃バテてな。心遣い感謝するぞ」
「あ? 歳のせい……?」
「いやぁ気にしなくていーですよ。マセてるだけです。
それより、この船はホントに北大陸に向かってるんですか?」
オレはまだクラクラする頭を持ち上げて尋ねた。
「あァ。ま、ここは二大陸のちょうど中間だから、着くのはちょいと先だがな。風に恵まれれば、一週間ってとこか」
船長はポケットから出したぶっとい葉巻を咥えると、マッチで火をつけながら言った。
プハァと煙を吐き出し、
「俺たちに拾われてラッキーだったな。勇者クスロウさんよ」
「あぁ……はは……ありがとうございます」
その通りなので、オレはペコペコと頭を下げた。
この船長にオレの素性を知られているのは若干気まずいが、仕方ない。
ていうか、一体どこまで知っているんだろか。
「浮気でオガネス王国を追い出されたらしいな」
「あ、あぁっ! し、知ってましたか……」
「当たり前だぜ。行く先々で散々ウワサが流れてたからな。
北大陸じゃ知らねえ奴はいねえと思っといた方がいいぜ」
マジかよ……
これから先、王国までの道のりではことある事に指さされそうだ。
「クスロウ、リアーナ様の手紙は読んだか?」
ふと、二つ隣のベッドからソフィアが話しかけてきた。
鎧を無くした彼女はいまは普通のシャツとズボンを着ていた。
「ああ……読んだよ。ありがとね」
「あの手紙にもある通り、いまの王国は極めてひっ迫した状況にある。一刻も早く帰らなくてはならなくなった」
そうだ。
今こうしてる間にも魔王軍に拉致されたリアーナは酷い目に合わされているかもしれない。王国と残党軍の争いも激化しているかも。
「コン様の力で、ここから一気に飛ぶことはできないのか?」
ソフィアが隣の女神に尋ねる。
「そうじゃな、まあできるが……今日のように失敗する可能性もある」
コン様は手のひらから作り出したリンゴを包丁で剥きながら言った。
「ワシの力は周囲の人間の信仰力を集めたものじゃからのう。狐神はこの世界ではそう崇められとらんし、ヌシらの信仰心だけではあまり大掛かりな力は使えん」
「……そうか……」
「まあ第一、おそらく今すぐ帰ってもそんなに意味はないな」
「え?」
「あのバオが魔王につくと言ったんじゃ」
オレはあのショタ神バオが、オレたちをこの海に飛ばす前に言っていたことを思い出した。
うん、まあ、冷静に考えたら、ヤバイよな。
「オレがコン様に貰ったのと同じ力が、魔王に与えられてるかもしれない。そうなったら今のオレじゃ……いやたとえレベル99万に戻っても、オレじゃ魔王には勝てないかも」
まさに最悪の事態だ。もし魔王のレベルが99万以上になっていたら、もうどうしようもない。
だって、いまのオレレベル29とかだぜ??
前の街では特に戦ってなかったし、レベルは魔王軍の《重鎧》を倒した時からほぼ上がってない。
この調子じゃ王国に帰ったとしても何もできないかもしれない……
『もう一度あなたに会って、ちゃんと話がしたいです』
今のままじゃリアーナを助けにいけない。
「コン様……やっぱりオレ、今よりも強くならなきゃ」
「……そうじゃな」
「おい、ていうか、それなら尚更こいつを連れていくのか?」
ソフィアが言うのは、マイのことだ。彼女はいまオレとは一番離れたベッドでタオルを被っていた。
「…………」先程からずっとあんな感じで黙っている。
「当たり前だろ~、オレたち勇者パーティの一員なんだから」
「私は認めてないぞ! っていうか、そもそも勇者パーティじゃないし」
「いいじゃんかァ細かいことは」
そのとき不意にドズンと床が大きく揺れた。
「お?」
「なんだ? いまの」
グラグラと不規則に揺れ続けている。それは次第に、いやどんどんと激しくなり、ついにはオレたち全員をベッドから弾き出すほどになった。
「うぉあっ!?」
オレとコン様が空中でぶつかる。
「あでっ!」ソフィアとマイもゴツンとぶつかっていた。
「う……ぷっ……」
マイの頭に被っていたタオルが取れていた。その顔は、冷や汗ダラダラで青ざめていた。
「え??」
「うっ……わた……私っ、船ニガっテ……なんですぅ……うっ……」
船酔いで黙ってたんかい!
「うぅ~……あ……吐きそう……」
「え? ウソだろ、待って、やめろ、やめてェェ!!」
「う゛……っえええええええええっ」
ソフィアの絶叫も虚しく、マイは彼女の顔面めがけて盛大にブチまけた。
バン!
と扉を開け船員が入ってくる。
「お前ら! 大嵐に入ったぞ、何かに掴まれ!」
「ぎぃああああア!!」
室内ではゲロが宙を舞っていた。
※
「船長!! 大変です、あの勇者パーティのヤツらが吐きやがって船内ゲロびたしですよ!」
「あぁ!? いまそれどころじゃねーんだよ! ゴミ袋にでも詰めとけっ!!」
舵輪で船を巧みに操りながら、船長は叫んでいた。
目の前には嵐が吹き荒れ狂う海が広がっている。
おかしい。長年の経験でもこんなものは初めてだった。
つい数十秒前までは嵐の気配などまるでない晴天だったのだ。いきなりまるで、それまで幻覚でも見ていたかのように空に雨雲が満ちて、嵐に入ってしまった。
「ったく今日はどうなってんだっ! ……ム??」
そして不意にまた視界に違和感を感じた。
それまで地平線まで海だと思っていた目の前に、いきなり陸地が現れた。
島だ。
「なにぃ??」
ありえない。
いまこの瞬間まで見落としていたのか??
もうこのタイミングでは回避も減速もできない。
既に砂浜がすぐそこに迫っている。
「全員衝撃にそな――――」
直後、思い切り刺さるように船は陸地に突っ込んだ。
凄まじい衝撃が全てを吹き飛ばした。




