『第三十話 急展直下』じゃ
「マイ……どういうことだい。勇者パーティに入るだって?」
バオが静かな、冷たい声で言った。
オレたちの仲間になる宣言をしたマイは、気がついたように慌てて振り返る。
「ご、ごめんね。バオちゃん。あたし、やっぱりクスロウ様と一緒にやりたいの」
「…………何を言ってるんだ」
「バオちゃんも……! 一緒に、やろう? 一緒に魔王を倒して、その後のことはそれから考えよう?」
「…………」
バオは黙っている。明らかに怒気を纏っていた。
チリつくような威圧を感じる……が、さっきモーテルで感じたほどじゃない。
コン様の言う通り、マイの信仰心が揺らいだことで力が弱まっている。
「ここでオレたちと戦うのは得策じゃねーぜ。ショタ神さまよ。
まあ、これから改心して協力するってんなら、許してやらんこともないけどな」
「…………ふ」
バオは俯いたまま笑った。
「ん?」
「ふっふっふふふふ……ふふふふ……とんだ勘違いをしてるようだね。君たちは」
不敵な笑みを浮かべながら話し始める。
「マイ。君はやっぱり自意識過剰だ。ボクにとって君は、べつに特別でもなんでもない。憑代なんてのはいくらでも替えがきく」
「え……」
「そして勇者クスロウ。君はずいぶんと余裕そうだが、いま自分の婚約者がどうなっているか知らないのか?」
「……? リアーナがどうした」
オレがその名前を口にすると、隣にいたソフィアの顔が強ばった。
ん?
反対を見るとコン様も曇った顔をしている。
「王女は魔王がさらったよ」
「……は?」
「数日前、魔王残党軍の大攻勢があった。君が辺境で飲んだくれてる間に、復活した魔王が王国を壊滅させた。今ごろ都は火の海さ」
なっ、え?
「ウソだろ?」
「本当じゃ」
コン様が代わりに答えた。
「こやつが運んできた王女からの手紙にすべて書いてあった」
彼女の肩に乗った金鳥がフルルッ、と鳴く。
オレはポケットに入れていた手紙に触れた。
「私も読んだ……」
とソフィア。
「リアーナ様は、たしかに奴らの手に落ちた」
「そんな……だって、王国の騎士団や冒険者は??」
「壊滅だ。気付かぬ間に王城の内部に侵入されていた。対処する暇も、恐らくはなかったのだろう」
悔しげに唇を噛む。
そうか。だからさっきマイを魔王軍と勘違いした時、ソフィアはあそこまで怒っていたのか。
「…………さらわれた……」
リアーナが。
信じられない、というか、信じたくない。
だって………魔王が生きてたせいで、王国が襲われたんなら。
そんなの……
「キミのせいでね」
バオがオレを指さし言った。
「キミが魔王を逃したことで、王国は襲われ、王女はさらわれた。勇者などと持ち上げられて、世界を救った気になっていたみたいだけどね。
そもそもただの不登校の高校生だろう。そんな人間が、勇者、などと名乗ることそのものがおこがましい」
ズン、と胸の奥に重りが落ちたような気がした。
気が付かない間に、バオはオレたちから距離を取っていた。
「クスロウ。キミは本来この世界に存在するべきじゃない人間だ。
君たちにはいつか天罰が下る。いや、このボクが下す。もう手段は選ばないことにするよ」
「バオ……これ以上なにをするつもりじゃ」
「わかってるだろう? 次の憑代を見つけたのさ。この世界で、勇者の次に強大な存在」
ソフィアとコン様が息を飲んだ。マイはなんのことかよく分かっていない。
オレは、なぜか言われる前からわかっていた。
「魔王か」
「……ああ。勇者クスロウ。キミはもう“最強”には戻れない」
最悪のシナリオ。
魔王と神が手を組む。
それはつまり、魔王がチートを手にすることを意味する。
オレがかつてコン様から力を貰ったように。
「させるか!!」
ソフィアが動いた。コン様も両手を彼女に向ける。
オレも、封印剣を抜いていた。
「《加速》!!」
スキルを発動し、バオに肉薄する。
コイツは逃がしちゃいけない。
今ここで、息の根を止めなければ。
「手始めに囚われの王女の顔でも見てこようかな?」
しかし、振り抜いた剣はバオの身体をすり抜けた。バオは既に身体を影に変えていた。
「てめえ、あの子に指一本でも触れたら殺すぞ」
「おー怖い怖い。血気盛んだねェ」
夕陽が指して、伸びた建物の影にバオは溶け込んでいく。
また影に隠れる気か!
「コノヤロー逃げんな!!」
オレは、とっさに影に飛び込んだ。両足がトプンと沼にはまったように地面に沈む。
「なにっ!?」
目を見開いたバオの首を掴んだ。そのまま反対の手を影の外の地面につき、引きずり戻そうとする。
「オラァァァ!」しかし、影の中では想像以上に踏ん張りが効かなかった。
そのままズブズブ一緒に沈んでいってしまう。
「クハハ! マヌケめ勇者、影はボクの領域だ!!」
「クスロウ!」
胸の辺りまで沈んだところで、駆け付けたソフィアがオレの手を掴んだ。
さらにそのソフィアの手はコン様が引っ張っている。
「オヌシも手伝え!」
「えっ、え?」
「早くするのじゃ!」
マイも困惑しながら駆け寄ってきて、コン様と手を繋いだ。
三人がオレを引っ張り、オレがバオを引っ張る。
「クスロウ! 絶対に離すでないぞ、取り返しがつかなくなる!」
「わかってるぬらあああ~~~~!!!」
「こ……の! なんてしつこいっ!!」
オレの手を引き剥がそうとしながら、バオが舌打ちした。
「リアーナにぃいいい会わせろぉおおお!」
無我夢中で叫びながら、オレは奴が指を鳴らそうとするのを見た。
コン様のワープを思い浮かべたオレは、とっさにその手を阻止しようとした。
しかし首から手を離した瞬間、後ろから引っ張っている三人の力で急速に影から引き上げられてしまった。
「どこに飛んでも見つけ出すぞ!」
オレは離れていくバオに向かって叫んだ。
バオは少し冷や汗をかいた表情をニヤケさせ――――
「――――残念。飛ぶのは、キミたちの方だ」
指を鳴らした。
「ッ!?」
「なに??」
「わっ!?」
「これはっ……!!」
奴の言葉の意味を理解するより先に、視界が真っ白になった。
すぐ近くでソフィア、マイ、コン様の声もした。
なにが……
「せいぜい邪魔させてもらうよ勇者クスロウ。キミとコンの目的が果たされないようにね」
遠くでバオの捨て台詞が聞こえて、消えた。
次の瞬間、視界が戻った。
まず目の前にあったのは空だった。それと、バサバサとやたら大きな風音がしていた。
「ん??」
周囲を見回す。どこまでも晴れた空が広がっている。
……地面が見えねーな。
てか、これ、あれ?
ここ空中!?
落ちてる!?
「うぉおおおおおおお!??」
はるか下に海が見える。地平線まで陸地がない、大海原だ。
いやこんなのありかよ、あのショタ神ヤロウ……
「どこココォ!!?」
「うぉああ!!」
「ナニコレぇ!!」
周りではソフィア、マイ、コン様も一緒に落下していた。
オレたち勇者パーティは、どこかもわからない海の上にワープさせられてしまっていた。
《第3章:終わり》
《現在レベル:29》




