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『間話 オガネス王国強襲』

 ※


 オガネス王国王都。そこはかつて、クズ勇者クスロウが酒と女とギャンブルに遊び呆けていた街。

 中心部には豪勢な王城がそびえ立っている。


「はァ…………」


 その城の(あるじ)たる国王は、いま深刻な悩みを抱えていた。


「リアーナ。出てきなさい。一緒に朝食をとろう」


 今日も娘の部屋をノックする。だが当然のように返事はない。

 従者が来た時には開けてくれる。だがこの国王が赴いたときは、いつも無言で突き返されるのだ。


「一流のコックを雇った。客人が持ってきた贈り物もある。お前にやろう。綺麗だぞ」

「……」


 国王は肩を落とし、召使いに持ってきたカゴを任せた。

 カゴの中には一羽の金鳥が佇んでいた。


 大広間。

 テーブルにつくのは大臣たちと、最近なにやら功績を挙げたらしい地方貴族。大臣らは彼の話を聞いている。

 国王はその様子をぼんやり眺めながらも、心ここにあらずだった。


 娘が口をきいてくれなくなってもう数週間。勇者クスロウの行方は未だわからない。

 愛する一人娘リアーナを侮辱したクスロウはぜったいに許せない。だが、やはり娘は私が奴にした仕打ちを恨んでいるのだろうか。


「――陛下。陛下、どうなさいました」

「ん? ああ……すまん」

「大丈夫ですか?」


 ルーク大臣が心配するように眉をひそめた。先代国王の代から仕えている古株の側近だ。


「ああ、なんでもない。なんの話だったかな」

「……いまクロファース卿の報告を聞いていたところです」


 トントンと音がした。

 骨ばんだ指でテーブルを打っていた地方貴族が一礼を返した。

 酷く痩せた男だった。


「ええ……。わが家が治める最西端のヨンス地方におきまして、魔王軍残党の殲滅が完了いたしましたことをお伝えした次第にございます。ええ」

「ああ……そうだったな」

「しかしヨンス地方は最も占領が酷く残党軍も活発だと聞いていたが、いったいどうやって制圧したのかね」


 さっそく大臣のひとりが質問した。

 辺境貴族は、ガイコツが浮き出たような白い顔を微笑させた。


「大したことではありません。ええ。既に残党軍の力も大幅に弱まっておりました。もはや主をもたぬ烏合の衆」

「……そうか」

「ええ。これもすべて、勇者クスロウが魔王を討伐してくれたおかげです」


 クスロウ。

 その名を出した瞬間、大臣たちの空気がピリついた。「ところで」ふと思い出したように言う。


「彼はいまこの城におられるのですか? ぜひ直接お礼を伝えたいのですが」


 国王は押し黙った。代わりに隣のルーク大臣が、


「いまは各地に散った残党軍の討伐に出ている。数ヶ月は戻ってこない予定だ」


 貴族の男は「そうですか……」と残念そうな顔をした。


 追放の件について知るのは、国家と王城の側近、大臣たちのみである。

 いま王国に勇者がいないことが知れ渡れば、他国との外交に支障が出る。ただでさえ魔王軍による被害で切迫しているのだ。

 “勇者を持つ国”として今まで君臨してきた。弱みを見せるわけにはいかない。付け入る隙を与えてはならない。

 現在、国王は各地に使いを送り、自分が追放した勇者を連れ戻そうとしていた。

 情けない話だ。

 国王は思っていた。

 これほど奴を憎んでいるのに、自国を守るためには、結局その名にすがるしかないのか……。


 そんな国王を、辺境貴族は微笑えんだまま見つめていた。


「そうですか――やはり勇者はいないのか」



 ※



 王女リアーナは自室の机に肘をついて、窓の外をぼんやり眺めていた。


「…………」


 毎朝起きてから寝るまで、飯と風呂以外の時間はずっとこうしている。クスロウが出ていったこの窓の外から見える景色を、べつに面白くもなんともない城下町を眺めている。


 彼は戻ってこない。

 ここで待っていたら、彼が城壁を登ってきて、ひょっこり顔を出すなんてことはありえない。

 だが、他に何をする気も起きないのだった。


 リアーナは自分の感情が無くなってしまったような気がしていた。シェフが腕を奮った美味しい料理を食べても、きれいな服を着ても、なにも感じない。

 ウェディングドレスもしまい込んだままだった。

 着替えの時にクローゼットを開くたび、奥にしまった白いレースがちらりと見えた。

 それを目にするたびに、また泣きそうになってしまう。でも捨てられなかった。


 ああ……私はダメだ。


 リアーナは思っていた。


 私はなんて弱いんだろう。思えば、昔からそうだった。

 いつも誰かに守ってもらっていた。お父様、お母様、召使いたちや騎士たち、それから、クスロウ様に……。

 私は一人では何も出来ない。ただ、王女として生まれただけの人間。

 お父様はいずれこの国の玉座を継げと言うけれど、そんなこと到底できる気がしない。


 クスロウ様は、こんな私を必要としてくれた。

 リアーナは思い返した。

 強くて、優しくて、この人がそばに居てくれれば、私も王女として、もっと堂々とやっていけるかもしれないとか、

 思っていた。


 でも……彼は裏切った。


「…………」


 私は彼を恨んでいるのか。それともまだ愛しているのか。

 わからない。

 これから私は、どうすればいいのか……。


「フルル~……」


 ふと鳴き声が聞こえた。

 カゴに入った金色の小鳥が鳴いていた。


「フルル~、フルッ」


 金鳥は、何かをうったえるようにクリっとした目でリアーナを見ていた。もどかしそうに羽を動かしている。


「……そこ、窮屈なの?」


 カゴを開けてやると、金鳥はいきなりはばたいて飛び上がった。


「わっ、わっ、びっくりした」


 彼女の周りをぐるぐる飛んで、肩にちょこんととまる。

「フルッ」嬉しそうに首をめぐらせて鳴いた。


「あなたは飛ぶのが好きなのね。遠くから来たの?」


 リアーナは少し笑って、その頭を撫でた。


「そういえば、伝書鳥だったってライラが言ってたわね」


 召使いが言っていたことを思い出す。そこでふとあることを考えた。

 そうだ。

 クスロウ様に手紙を書こう。

 気持ちを伝えよう。

 ただ待っているだけではなにも起こらない。

 彼女は机に向かい、ペンを取った。


 そうして自らの思いを綴り始めた――――。


 ※


 ライラは怯えていた。


 オガネス王国王女リアーナの召使いとしてこの王城に出入りするようになって、もう十年になる。

 ベテランとして召使いたちの中でも着実な地位を築いてきた。この王城に起こる大抵の事は常に把握しているつもりだ。


 こんなことは、今まで一度もなかった。



「フム。わからんな……」



 ライラは紅茶の給仕のため大広間に向かっているところだった。

 入口を曲がった時、

 そこで信じられない光景を目にした。


 豪勢な部屋はおびただしい鮮血で染まっていた。

 長テーブルの左右に並んで座る大臣たち。その全員の、首から上が無かった。

 頭を無くした体はテーブルに突っ伏して、赤黒い血がポタポタと絨毯(じゅうたん)に垂れていた。


「なぜこれほど弱い者たちが国を取り仕切っているのだ?」


 部屋の真ん中に男が立っていた。

 痩身で貴族の礼服を着ている。

 だがその顔には奇妙な紋様が浮かび、頭からは二本の禍々しい角が生えていた。


「あ……」


 ライラは咄嗟に柱の影に隠れ、声にならない悲鳴をもらした。

 あれは魔族?

 なぜ王城に?

 どうやって? なんのために?


「キサマは……何者だ……」


 もう一人の声がした。聞き間違えるはずない、国王その人の声だった。

 ライラは柱の影から覗き見た。

 魔族が血を流し倒れる国王の前に立っていた。


「クロファース卿では……ないな……」

「私は魔王軍傘下《変貌》のヘイグメント。

 “勇者が最も大切にするモノ”を奪うため参上した」

「最も大切……? ぐはっ!?」


 ヘイグメントは素手で国王を弾き飛ばした。だが殺しはしないようだった。

 ライラは気づいた。勇者が最も大切にしていたもの。

 それは――。


「リアーナ様……!」


 走り出そうとした体は、しかし動かなかった。


「ほう、そなたは知っているのか」


 いつの間にか背後にヘイグメントが立っていた。反応するより先に、首が掴まれた。


「が……く……あ……!」


 冷たい樹木のような手に締め上げられる。引っ張っても叩いても、まるで固定されたようにビクともしなかった。


「一度だけ聞く。王女はどこだ?」

「っ……!?」


 握力が強まった。

 ライラの顔が恐怖に染まる。口の端からよだれが垂れ、必死に呼吸しようと、パクパク動かした。


「言わぬなら、このまま折る」

 

 耳元で抑揚のない声がした。事実だけを述べている声だった。


「……が……はっ……! 北棟……八……階……の…………」

「そうか。教えてくれてありがとう」


 その瞬間、首を絞める握力が消えた。


「かはぁっ!! ゲホッ、ガホッ」


 膝をつき、咳き込みながら必死に酸素を取り入れる。

 背後を見ると既に男の姿は無かった。

 王女の所に向かったのだろう。


「はあっ……はあっ……」


 だがライラは立てなかった。


 もう手遅れだ。

 王女を裏切った。自分の命おしさに、十年使えてきた王家の命を、みすみす差し出した。

 その罪悪感と、たったいま背後を去った恐怖からの安堵で、彼女は泣き崩れた。

 それは死より残忍な拷問だった。

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