『第二十九話 友達』じゃ
※
「…………いや……」
「ねえ、わかったでしょ。あたしは、あなたとは、違うの」
「いや……いやイヤイヤイヤ」
で、結論そこじゃねえよ!
なんだその話!??
ツタで壁に磔にされたオレは、それまで黙って聞いていたがついにガマンできなくなって叫んだ。
「おまっ、それ……そのあとはどうなったんだ?? そいつ、死んだのか?」
「病院に運ばれて、あとは知らない。あたしはケーサツの人に連れられて、留置所にいったの」
「留置所……」
「お、大人の人にたくさん聞かれたの。なんであんなことしようと思ったんだ。殺してもいいって思ったのかって」
マイはたどたどしくも、終始落ち着いた口調だった。
「マトモな奴ならしないって、そう言われたの。
でも、それってなんなの?
じゃあみ、みんなはマトモだったの? 人をいじめるのは? それを見て見ぬふりするのは? 苦しんでる人を誰も助けようとしないのは、マトモなの?」
オレは頭を抱えたくなった。どうリアクションすりゃいいんだ? コレ。
なんか上辺だけの綺麗事は逆効果そうだし、
気を使ったことを言おうにも扱う題材のスケールが大きすぎる。
クソ……まさかただの“会話”がこんなに難しいなんて……
魔王軍倒すよりずっとハードル高い。
「あたしね……留置所で自殺しようとしてたの。もうこの世にみ、未練はなかったから……。でも、そんなとき、バオちゃんが現れたの」
マイは思い返すように続ける。
「クスロウ様は生きてるって。ここじゃない世界にいるんだって、お、教えてくれた。あたしそのときすごく救われた。あたしもそこに連れて行ってって、お願いした」
「……家族とかのことは、考えなかったのか」
「あたしみたいな子供、いなくなった方が、お父さんもお母さんも、幸せでしよ」
そんなことは無いと思うが、否定しきれない自分もいる。
オレも、兄貴たちはともかく両親に関しては完全に見放されていた。
オレはあの人たちには恨みしか持っていなかった。
「こっちの世界に来てね、最初は、とにかくクスロウ様に会いたかったの。あなたと結ばれたいって思ってた…………けど……あなたを見捨てたあたしには、そんな資格なかったよね」
「いや、ふつうにリアーナがいるから……」
「だから決めたの」
マイはいったん口を噤んで、俯き、大きく息を吐いた。
ためらうように眉に皺を寄せてから、口を開く。
「今度こそあたしがクスロウ様を救うって。あなたの安寧を乱す奴らは、バオちゃんとあたしで排除する」
「……余計なお世話極まりねえな。じゃあ魔王も倒してくれんのか?」
「うん。倒すよ」
彼女がそう言うと同時に、あっさりツタが解けた。
「あなたのためならなんでもする。ぜんぶあたしが上手くやるから、もう邪魔しないで」
解放されたオレに背を向けて、マイは行ってしまう。
「はぁ?」
なに勝手に一人で完結してんだ。
まだなんにも話終わってないんだが。ロクに喋ってないんだけど。
どんだけ独りよがりなんだ。
さっき一瞬同情しかけてたけど、急激にムカついてきた。
「そっちがその気なら……」
よしもういいぜ、やめたやめた。
説得とか、気遣いとか、どうでもいいわ。
「オイそこのバカ止まれ!!」
オレは全力で叫んだ。
マイがびくっと反応する。
「お前なあ、お前、マジでバカだな!!」
驚いた顔の彼女に顔を近づけて、言った。
コイツには思ったことそのままぶつけてやる。
「はっ……え?」
「やっとわかったぞ。なにがマトモじゃないだよ悲劇のヒロインぶりやがって。お前ただバカなだけだよ!」
あとはひたすら唾を撒き散らす。
「バカだからオレのこと王子様みたいに思っちまうんだよ。オレが死んだの自分のせいとか思っちまってさぁ、思い上がんなよ!!」
「なっ、おもっ、思い上がってなんかっ! あ、あたしは本気で悩んで、クスロウ様のためにっ!」
「重くるしいわ!! 様とか付けんな! まず! だいたいな、オレべつにお前のこと助けたのなんか、ただの下心だからな!!」
「はぁ!?」
「テメーの顔がタイプだったからセックスしたかっただけだ! 助けたらモテると思ってやっただけ!!!」
マイが愕然とした顔になる。
「……なに? それ……ウソ」
「ウソじゃねえよ」
オレは自分で言って恥ずかしくなってきて、ちょっと顔を背けた。
「え……? だって、そんな……女の子によく見られたいからって、ソレだけで、人の頭を百科事典で殴る人なんているわけないでしょ!」
「……いるんだよ」
そう言った後、「オレもバカだよ!」とつけ足した。
言いながらわかってきた。
やっぱりオレはコイツが自分に似てるからムカつくんだ。
「頭の95パーセントは性欲しかないエロザルなんだ。どこにでもいるチンポに手足が生えたようなクソ男のひとりだ」
「チン、なっ、なにそれ!!」
「一日5回くらいオナニーするしな。この前も浮気もしちゃったし、王国にいたころなんか毎晩乱交パーティ」
「やめてェッ!!」
マイは大層ショックを受けたのか頭を抱えていた。両手で耳を塞いでその場に縮こまる。
オレはそこに浴びせかけるように続けた。
「いいか、お前の“クスロウ様”はぜーんぶ妄想だよ! お前が勝手に思い込んでるだけ! だから見当違いな暴走すんだよ。オレの安寧を守るだの魔王倒すだの、舐めんじゃねえ! そんなの! マジで! いらない!!」
そう言い放ったオレは、今さらになって忘れていた呼吸をして、唾を飲み込んで、ちょっとオエッとなった。
マイは、おそるおそる耳から手を離していた。
「あたし……こっ、こんなクズ野郎のこと好きだったの……?」
「そうですよ。やっとわかったか」
オレは膝をついて、その場に座り込んだ。
ぶっ壊れた商店街の真ん中で、オレとマイは互いにハァハァ息を切らしていた。
「…………ああ、あともうひとつ」
オレはふと思い出したことを口にした。
「お前があの不良刺したことだけどな、それに関してはクソスッキリしたぜ。ありがとな」
マイは、文字通り目を丸くしていた。言われた意味を数秒かけて理解したようで、眉をひそめ、はぁ、とため息をつく。
「バカなの」
と呟いた。
「倫理観ないの? そんなこと言っていいわけないじゃん。タイミングも意味わかんないし」
「お前にだけは言われたくないよ。……仕方ないだろ。思っちゃったんだから」
「…………」
オレたちはお互い顔を見合せた。
数秒の沈黙が流れた。
「……プッ」
どちらからともなく吹き出した。
それをきっかけに、オレも、マイも、大笑いした。
なぜいま自分が笑っているのかはまったくわからなかった。ただその時オレは初めて、彼女と心が通じ合った気がした。
《レベルアップ:レベル29》
※
「ははははははは!! 残念だったね!」
ソフィアはバオの高笑いを聞きながら、下着姿で建物の屋根の上で膝を着いていた。
「勇者クスロウはマイを説得できない! 彼の問題じゃない、マイが拒絶するからだ! 君の作戦は失敗だコン!!」
勝利を確信し、ゲス顔炸裂のバオ。
「ちっ……」
見た目はそこらへんにいそうな少年なのに、悪知恵の働く。厄介な奴だ。
魔王軍だけでも脅威なのに、『神』というさらに新たな敵まで相手にしなければならないとは。
しかもこいつの力はコン様と同等と聞く。私やクスロウではどうにもできない。
ちらと隣を見る。
当の本人たる幼女はすまし顔を決め込んでいた。
「まだわからんぞ」
コン様が応えたのと、「おーい」と下から声が聞こえたのは、ほぼ同時だった。
見ると、地上からクスロウが見上げていた。
「オレたち友達になった!!」
大きく手を振るクスロウ。その隣にはマイもいた。
マイも手を振っていた。二人とも表情は明るかった。
「……なぁあっ!?」
バオの顔が驚愕に染まる。コン様がニヤリと笑った。
地上ではマイがスキルを発動し、クスロウと共にツタに乗って屋根の上まで登ってきていた。
「改めて紹介するぜ! オレの前世の高校の同級生で、元ストーカー、オレをいじめてた奴を刺して捕まって、色々あってこの世界に転生してきたマイちゃんです!」
「いや、いやちょっとまて、情報が多すぎるぞ!」
クスロウがマイの背中を押して説明するのを、ソフィアが慌ててストップをかけた。
マイはソフィアとコン様の顔を交互に見て、深々と頭を下げた。「さ、ささっきはゴメンなさい!」
「あの、あの、クスロウさま……じゃなくてクスロウ君とお話しして……心を入れ替えましたっ。
みっ、みなさんの役に立てるように精一杯がんばります! 勇者パーティに入れてください!!」
「なっ、なんだ?? いきなり??」
「お願いします!!」
そのまま土下座の体勢に移行し、ソフィアの足にすがりついてくる。
「ほ~」コン様は感嘆した。
「ずいぶんな変わり様じゃのう。クスロウや」
「へへ~そうだろ。お互い思うところをぶつけ合ったんだ」
「ソフィア先輩! 足お舐めします!」
「先輩?? なんなんだ! おっ、おいやめろ! マジで、くすぐったいっ!!」
本気で足を舐めようとするマイを、本気で引き剥がそうとするソフィア。だが「いえ、わっ、わたしがいちばん下っ端なので!」とぜんぜん離れようとしない。
「…………洗脳でもしたのか?」
「してねーよ。あれ……上下関係厳しめの部活でも入ってたんじゃねえの? 女子バスケ部とか」
「極端すぎるだろ!! ほんとにやめろ!!
気持ち悪い!」
ギリギリとマイの頭を押さえながらソフィアは叫んだ。
「どういうことだ……マイ」
そこで冷たい声がした。
背筋に悪寒が走り、全員が咄嗟に振り向くと、俯いたバオがゆらりと立っていた。




