『第二十四話 第二の神』じゃ
「初めまして。勇者クスロウくん」
青と白の着物を着た、9、10歳くらいのガキ。
そいつは微笑みながら、床に縛られたオレを見下ろしていた。
凄まじく美形な顔立ちはやたら大人びていた。
「ボクは犬神バオという。姉のコンが世話になってるね」
犬神。
そう。神と言えばあの女神。
やっぱりこいつは似ている。
「あねぇ?? って、きみ、コン様の弟?」
オレが聞き返すと、バオと名乗った少年はにっこり笑った。
「そうさ。まあ、歳の差はほんの2千年ほどしかないんだけどね」
ノンケのオレでも一瞬グッと来そうになる可愛らしさだ。コン様からサディスト要素を抜いた感じというか。
なんにせよあの女神の親戚ということは、助けに来てくれたに違いない。
そうだ。緊急事態だから助っ人的なヤツを呼んでくれたんだろう。
「よかった……いやぁ~助かった。ありがとねバオくん……バオくん?」
オレは安心して、縄を解いてもらえる気マンマンで待っていたが、
バオは動かない。
「ああ、べつに君を助けに来たわけじゃない」
彼は手を振った。オレの横をスタスタと歩き、扉を開ける。
外を覗くと、また閉めて、施錠した。
「君を見張りに来たんだ」
「見張り?」
「悪いけどボクは、君じゃなく、マイの味方なんだ。だから君を奪われるわけにはいかない」
「な、お前っ……」
マイを知っている。しかもあいつの肩を持っている。
「もうすぐここに君の仲間が来る」バオは続けた。
「狐神コンと、騎士のソフィア。ふたりを阻止するのがボクの役目さ」
「おまえ、まさかこの世界にマイを連れてきたのは……」
「うん。ボクだよ」
バオは当然のように答えた。
こいつの目的はなんなんだ。
オレの邪魔をすること?
マイの願いを叶えること?
魔王軍とは、まったく関係ないのか?
「なんでそんなこと……」
「あの子は自殺しようとしていたんだ」
すると思わぬ言葉が返ってきた。
「君が事故死した、すぐ後にね。目の前で轢かれてしまったのが相当心に来たんだろう」
「目の前……?」
「たまたま現場に居合わせていたんだ。轢かれる直前に喋ったはずだよ。
覚えてないかい?」
「…………」
そういえば……
学校に行かなくなって、やることもなく神社に掃除をしに行くようになった頃。
いつも行きと帰りの道で、誰かに見られているような感じがした。
それである日声をかけられたんだ。見知らぬ女の子に。
オレと同じ高校の制服を着ていた。フードを被ってたから顔はわからなかったけど。
あれがマイだったのか?
「君が死んで、彼女は生きる希望を失ったんだ。だからボクが、君のいる世界に連れてきた」
「……そんなことしてお前になんの得があるんだ」
「ふ、君は知る必要のないことさ」
そのとき、オレは自分の足元の異変に気づいた。
オレの足が床に沈み込んでいる。いや、影に沈んでいく。
バオの影の中に。
「一緒に来てもらおう。悪いようにはしない」
「うっ、ぐ……!」
引きずり込まれる!
そう思った瞬間、
壁が吹き飛んだ。
「ずいぶん好き放題してくれたのう」
外光が部屋を包み、オレの足元にあった影も消える。
壁に空いた大穴から、赤と白の巫女服を着た幼女――コン様がふわりと降り立った。
「好き勝手するのもそこまでじゃ。犬コロや」
「コン……久しぶりだねぇ」
バオが笑顔で向き直る。
「数百年ぶりかな。姉様?」
「その呼び方はやめろ……まさかヌシも下界に来ていたとはな。クスロウを放せ」
「おいおい、君~、いまは要求できる立場じゃないだろ」
オレの肩を掴んだままバオは言った。
「どうして創造主の許可もなく死人を蘇らせているのかな?」
「ヌシには関係のないことじゃ。クスロウを返せ。バオ」
コン様は語気を強めた。いままで見た事のないコワイ表情をしている。
眉間に皺を寄せ、心底腹立たしそうだった。
「そういうわけにはいかない。世界の均衡を乱す行為は見過ごせないな」
「ヌシとてあのマイという娘っ子を転生させたであろう」
「いいや、あの子の場合は転移だ。生きている人間を連れてくるのと、死んだ人間に第二の生を与えるのとでは、均衡に及ぼす影響が全く違う」
つらつら喋るバオ。
転生はダメで転移はオーケー? よくわからん理屈だ。
コイツ適当にそれっぽく喋ってるだけじゃねーのか。
「それにマイは元々こちら側に生まれるはずだった人間だしね」
「どうでもよい。はやく、返せと言っておるのじゃ」
コン様はというと、一歩も引かずにもう一度要求する。
「はぁあ~……」
するとバオも、すこし苛立つようにため息をついた。
痛っ。いたたたたっ。
オレの肩を掴む手に力がこもる。
「コン、相変わらず対話ができないヤツだな。君のそういうところ、昔から嫌いだよ」
「ヌシの見下した物言いにいちいち応える気は無い。ムカツクからの」
ロリと、ショタが、オレの目の前で睨み合っている。両者の間には火花が激しく散っていた。
なんだ。こいつらめちゃくちゃ仲悪いぞ。
「あーそうかそうか。じゃもうここで殺っちゃおうか」
「え?」
「そうじゃな。決着をつけるとするかの」
「いやいやちょっと待って待って!」
両者がおもむろに右手を前に出すと、遂にはモーテルの部屋全体がミシミシと震え出したので、オレは慌ててふたりを静止した。
「ここでやって大丈夫それ!? 人質いるよ? 巻き込まれるよ?」
「うるさいな。引っ込んでろよ人間」
「下等生物?」
いまナチュラルに見下された?
「…………いや。そうじゃな。やめじゃ」
だが、コン様はオレの声を聞いてくれた。冷静な表情に戻り、気配もやわらぐ。
「バオよ。ヌシが創造主の命令でここに来たのなら、わしは大人しく捕まろう」
え?
「処罰を受ける。その代わりクスロウは解放しろ。そやつにはやるべき事がある」
「お、おい、コン様、何言ってんだよ」
「…………」
沈黙が流れる。
バオは神妙な顔で考えていた。
それから口を開く。
「イヤに決まっ――ごはっ!?」
答えようとしたバオの顔面に、コン様が拳を叩き込んだ。
ボクサー顔負けのシンプルなストレートだった。
爆発のような音と衝撃波が生じ、バオは壁の穴から外に吹っ飛んでいった。
「……フン。隙を見せすぎじゃ」
コン様は手を払うと、オレに近づき縄を解いてくれた。
いや、この女神……
「なんだ、騙し討ちかよ。卑怯なことするなァ……」
「なあにクスロウの真似じゃ」
コン様はニヒルに笑って言った。
つまりさっきの言葉は嘘ということだ。
オレはホッと胸をなでおろした。
「あれであいつを倒せたかな?」
久しぶりに自由になった身体を動かし、オレは尋ねた。
「いや。そもそもアレは奴の本体ではなかったな」
「……どういうこと?」
「殴った時の感触が軽すぎた。恐らく影で作ったただの分身じゃ。本体は……マイという娘っ子のところじゃな」
「そっちはソフィアがおさえておる。加勢に行くぞ」コン様は扉を開いて言う。
部屋を出ようとして、「おっと」と思い出したように振り向く。
《封印剣》を取り出した。
「……サンキュー。でも今日は使わないよ」
オレは受け取った剣を背負う。
この剣を鞘から抜くことは無い。
あのストーカー女はイカれてるが、魔王軍ではなかった。ただちょっと、周りの人間と違う性質を持ってるだけ。
その点ではオレと同じだ。
「マイは倒さない。あの犬神とか言うやつに利用されてるだけだ」
「そうかのう。ヌシを拉致して監禁したのじゃぞ」
「まあね。でもオレにはわかるんだよ。あいつは根っから悪いヤツじゃない……なんとか救わないと」
オレはなぜかそう思っていた。他人を助けたいなんて本心から思ったことの無いオレが。
コン様は意外そうにオレの顔を見た。
「あの子は……ちょっと前のオレなんだ」
いや、だからこそか。もしオレと同じような人間が、自分をコントロールできずに、道を踏み外そうとしているなら。
止めたい。それは、やっぱり自分が救われたいからだ。
あの子を見捨てたら自分を見捨てたような気分になるからだ。
「……そうか」
コン様は納得した顔でうなずいた。オレは言葉足らずだったと思うけど、コン様には伝わった。
「そういう事なら、はよう言わぬか。ホレ急ぐぞ♪」
快活な声とももにオレの背中を叩いた。
オレはありがてえなと思いながら、頷いた。
モーテルを出て、マイの元に向かった。




