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『第二十話 クスロウ誘拐』じゃ

 ※


 クスロウが謎の少女にキスで窒息させられる数時間前。


 オガネス王国騎士ソフィアは、モーテルの部屋で祖国に向けた手紙を書いていた。

 この街で勇者クスロウを見つけたこと。さらに魔王軍に襲われたこと。

 勇者と共闘し、それを倒したこと。ひと通り任務報告を記す。

 最後に少し迷って、「勇者は更生の兆候あり」と追記した。


 翌朝。朝一番で伝書屋に手紙を渡した。


「オガネス王都まで頼む」

「へえ。毎度あり」


 この世界の主な通信技術である手紙は、人ではなく伝書鳥によって運ばれる。飼い主のスキルや調教によって、彼らは指定したどんな場所にも手紙を届けてくれる優秀な運び屋となるのだ。

 腹に鞄を着けた鳥たちが朝陽に飛び立っていくのを、ソフィアは見送った。


「……ん?」


 そのとき、ふと違和感を持った。

 飛び立った鳥たちとすれ違うように、一羽の鳥がこちらに向かって飛んできていた。

 美しい金鳥だった。だがやけにフラフラと飛んでいる。

 まるで今にも死にかけているような……。


「あれもここの鳥か?」

「はい?」


 伝書屋の男に尋ねたその瞬間、金鳥が力を失ったように落下した。


「なっ!」


 ソフィアは咄嗟に下に滑り込んでキャッチした。

 見るとその鳥は、全身におびただし傷を負っていた。羽は焼け焦げ、足はもげ、血まみれだった。


「これは酷いな……。おい手当の道具を持ってきてくれ」

「え~? いやぁウチの鳥じゃないですよコレ」

「いいから持ってこい。早く」

「はぁ……」


 店に引っ込んでいく伝書屋を横目に、ソフィアは鳥の腹にくくり付けられている封筒に気づいた。

 特になにも考えず、その差出名を見て、戦慄した。


「これは……!」


 オガネス王国 第一王女リアーナ。

 とそこには記されていた。



 ※



「まーったく酒弱すぎじゃぞヌシらは~」


 同時刻。冒険者ギルド近くの酒場。

 夜通しの宴会終わりで飲み潰れている冒険者たちを踏み越えながら、コン様は彼らに解毒スキルをかけて回っていた。


「うぅ~……死ぬぅ……」

「仕方ない子らじゃな~……」


 と言いつつ、放ってはおけないのが女神の性分だ。

 一通り全員にかけ終えると、コン様はモーテルに戻った。


「さて。ぼうやー、もう起きとるかのー?」


 ノックもせず、そのままクスロウの部屋に入る。


「……ん?」


 そこはもぬけの殻だった。

 はて、と考える。

 帰ってなかったのか?

 それとも……

 注意深く見ると、部屋にはなにやら争ったような痕跡がある。また剣も壁に立てかけっぱなしになっていた。

 クスロウが常に肌身離さず持っている封印剣が、だ。


「フム……」


「コン様? 何をやっているんだ?」


 と、そこにソフィアがやってきた。なにやら息が荒れている。


「いやークスロウがいなくなってのう」

「なにっ??」


 とたんに目をむいて部屋に駆け込んできた。周りを見回し、「なぜだ??」と問う。


「まさか逃げたのか!?」

「いや。この女神の分析によれば、これは誘拐事件じゃな」


 コン様は冷静な推測を述べた。「誘拐?」ソフィアはそう聞くなりすぐ任務をこなす騎士の表情に戻り、


「誰にだ? 今朝か昨夜か?」

「そこまではまだわからん。……というかヌシこそ、そやつはどうしたのじゃ?」


 コン様が目をつけたのは、ソフィアが抱える金鳥だった。

 包帯で応急処置を施されているがかなりの重傷に見える。


「ああ……コン様なら治せるかと思って、連れてきたのだ。それと……」


 ソフィアはコン様に例の封筒を見せた。


「王国が大変なことになっている」


 中身は一通の手紙だった。



 ※



「大荷物だな。お嬢ちゃん」


 ガタン、と大きく床が揺れて、オレは目を覚ました。

 目を開けている。はずだが、真っ暗だった。

 オレは酷く狭い空間の中にいた。

 身体が動かせない。縛られてるのか。

 あれ、なんでこんなことになってんだ?

 記憶が曖昧なんだけど。


「その箱なにが入ってんだ?」


 誰か男の声がした。

 ガラガラと車が回る音も聞こえる。

 馬車に乗っているようだ。


「たっ、たた、大したものじゃないんです。研究のためにむむ、ま、魔物を捕まえたんですよ。あ安心してくださいね! 厳重に捕縛スキルをかっ、かけてありますから、逃げたりしないので」


 真面目そうな女の声がそう返す。

 ここから出してくれ!

 と声を出そうとしたが、口には猿ぐつわがされていた。

(ムー! ムー!)

 声が出ないので、オレは必死に体をゆっすった。


「…………すげえ暴れてるけど?」

「ぜっ、ぜんぜん大丈夫でーす!」


 オレはそのまま閉じ込められ続け、あるところで馬車から下ろされた。


「ようし、《浮遊》!」


 と思ったらいきなり箱が浮いた。しばらく女の鼻歌と足音だけが聞こえる。

 思い出してきた。

 そうだ。昨日酔っぱらってモーテルに帰ったら、謎の女に、いきなり気絶させられたんだ。

 オレはどこかの部屋に運び込まれたようだった。


「お、お、おまたせ。ごめんね~、クスロウ様。狭かった――――きゃっ?」


 箱がようやく開けられたその瞬間、オレは縄に縛られたまま目の前にいた人影に飛びかかった。


ムームムムムム(よくも閉じ込めたな)ムムムームムム(何者だお前)!」

「あははぁ~、く、クスロウ様に押し倒されちゃった……でも何言ってるかわ、わかんないよ~」


 その紫髪の少女は、床に寝転がったまま楽しそうに笑った。

 改めて見ても、見た目は普通のどこにでもいる女の子にしか見えない。だがさっき馬車で男と話していたときとは、まるで別人のようなとろけた声音だった。

 彼女は身動きが取れないオレの猿ぐつわを外した。


「ぷはっ! クソッ! この縄も外せっ!」

「す、そんなに焦らないでよ~。ほら《浮遊》させちゃうよ?」

「うぉわあっ!?」


 少女が唱えたとたん、オレは縛られたまま浮き上がり、ベッドにころがされていた。


「クスロウ様、せっかく久しぶりにあ会えたのに。なーんにも覚えてないんだもん。たしかにちょっと、みっ、見た目は変わったかもだけどさ。なんか知らない女も連れてるし……でもこれで、ふたりっきりになれたね♡」


 恍惚とした表情で見下ろしてくる。

 まずいぞ……。

 ここがどこかはわからないが、おそらくコン様やソフィアとは相当引き離されている。

 おまけに封印剣もない。抵抗のすべがない。


「おまえなんて知らねえよ!」と言い返したいとこだけど、前例から言うと、オレは他人のことをすぐ忘れてしまうクセがある。

 今回もそうなのか……?


「ど、どうしよう……なんかき緊張してきちゃった」


 少女は一人で勝手に頬を赤くして照れている。

 とはいえ、いくらなんでもコイツはヤバすぎだろ。

 魔王軍とかとはまた別方向に常軌を逸している。

 どうやってオレの部屋をつきとめ、侵入したのか。いつから見られていたのか……検討もつかない。


「なぁ……オレは、その時君に何をしたんだ?

  リイラ 」


 まずは情報を引き出さなくては。

 オレはなるべく刺激しないよう尋ねた。


「えー、誰と名前間違えてんのー? あたしはま、マイだよ」


 マイ。ひとまず名前はわかった。


「あのとき、あたしを救ってくれたんだよ、クスロウ様。あんなことがあって……会えなくなってからどこに行ったのかわからなかったけど、まさか魔王を倒してたなんて」


 気づけば少女の顔がすぐ近くにあった。


「あたし、ずっとつ、つ伝えたかったんだ……」


 ヤバい。これまたあの流れだ。


「クスロウ様のことがす、すす……好きなの。……えへ……や、やっとコクハクできたよ」


 息のかかる距離で少女、マイが囁いてくる。


「ねえ……あたしと、ケッコンして?」


 前世の創作物で見てきたヤンデレストーカー女、そのものだ。

 実際自分がやられるとこんなに怖いのか。


「ねえ……」

「……いや……オレは……」


 確実に犯される!

 ダメだ。オレには既に心に決めた人がいるんだ。

 言うしかない。

 これ以上不貞行為を重ねるわけには!



「オレは……その……もう、結婚してるんだ」



 ハッキリ告白した。



「…………は?」



 マイの表情が凍りついた。

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