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『第十七話 再接続』じゃ

 ※


「なんだったのだ……」


 魔王軍《重鎧》のグラプルトは、クスロウの亡骸を前に立ち尽くしていた。

 いま、自分はなにを殺したのだ?

 これは勇者ではなかったのか?


「……違う……違う。史上最強の勇者が、こんなもののはずがない」


 強者との戦いのみを生き甲斐とする彼にとって、この戦闘は拍子抜け以外の何ものでもなかった。

 勇者がこれほど弱いはずがない。スキルも使わずに殺せてしまうなどありえない。

 さっきの剣だって偽物だ。あの伝説の剣が、あんなに錆びているはずがない。


「クソ……勇者を騙るなど、なんたる不届き者か……。これは一からまた探さねばならんな」


 だが。

 その前に。


「このグラプルトを騙した愚者の亡骸が、原型残るなどと思うなよ」


 大武者は、たずさえていた大斧を振り上げた。


「クズミンチにしてくれる」


 憎悪のこもった宣言。

 そして、斧を亡骸に叩きつける――




 パチン。




「なっ!?」


 斧は、叩きつけられなかった。

 指鳴らしのような音が聞こえた直後に、不可解なことが起きた。

 いつの間にか目の前にふたりの女が現れた。


 ひとりは、金髪の長身で騎士のような姿をしていた。

 もうひとりは、巫女服を着た幼女で、クスロウの亡骸を抱えている。


「クス……ロウ……」


 騎士女がその亡骸を見下ろし、うめいた。

 ぎゅっと目を閉じ、こちらに向き直って、


「キサマッ!!」


 怒りの形相で剣を構えた。


「なんだ……お前たちは」


 一方、グラプルトは動揺する。

 こちらに対峙する騎士女を他所に、巫女服の幼女は亡骸を静かに地に寝かせていた。

 その表情は長い白髪に隠れ見えない。ただ、彼女は亡骸の胸元に手を当て、なにかの言葉を口にした。


「な――」


 次の瞬間、ありえないことが起きた。




 ※


「――ロウ。クスロウ。起きぬか。なにをこんなところでくたばっとるんじゃ」


「…………んぇ?」


 目を開けると、そこに幼女の顔があった。もはや見慣れた獣耳に白髪の、


「……コン様……」


 そこは白い世界。

 オレはコン様の膝の上にいた。


 ああ……そうか。

 ここはもうあの世なんだな。


「……ごめん。オレ、死んじゃった」

「まったく……二度目じゃな」


 二度目、か。

 一度目に死んだ時のことはよく覚えてないけど、こんな感じではなかった気がする。

 もっと唐突で、なんの心の準備もなかった。

 それに比べたら今回はいくぶんか諦めのつくものではあったと思う。まあそれでもやり残したことはあるけど。


「すまんかったの。ヌシがこんなに痛い思いをしておる間、傍におってやれんでな」

「……いや……全部オレが悪いんだ。アンタも、次はオレなんかより、もっと……勇者に相応しい奴を探してくれ」


 コン様は、今まで見たことがない表情をしていた。

 なんと言い表せばいいかよくわからない。一見普段と同じ顔に見えるが、目の奥には激しい感情があった。


「神は、むやみに下界に干渉してはならんと、創造主から達されておる。わしがやったことも、これからやることも、天界では逸脱行為じゃ」


 怒りなのか、悲しみなのか。だが、それは誰かに向けられているという感じでもなかった。


「わしは、もうあちらには戻れぬかもしれん。じゃが……後悔はしとらんぞ」


 やがてフッと、目の奥の激情は消えた。

 コン様はいままでいちばん純粋で、柔らかく、にっこりと笑った。


「わしはヌシを(・・・)真の勇者にする。たとえヌシがどんな問題を持っていようと、どれだけ自分を卑下しようと。それはわしがあのとき決めたことじゃ。

 じゃから――……」


 と、オレの胸に手のひらを乗せた。


「まだ《更生プログラム》は終わってないぞ」



 ドクン。



 心臓が動いた。




「かっ――ハァッ――!!」


 うるせえな。

 誰だこのうるせえ心音は。

 と思ったら、オレだった。


「……はっ……ゲホッ……ゴボッ……」


 オレは目を開けて、生きていた。

 現実だ。森の中。

 身体を見下ろす。腕も足もあった。どこも折れてない。

 傍らには封印剣も置かれている。


「――――コン様!?」


 直観的な不安があり、ばっと起き上がると、コン様は青白い冷や汗をかいた顔で座り込んでいた。

 オレは倒れそうになるその背中を咄嗟に支えた。


「大丈夫?? なにが起きたんだ……?」

「少々……年寄りが無理をきかせただけじゃ。わしの心配はいい。それより……」

「え?」

「クスロウ!!」


 振り返ると、ソフィアが駆け寄ってきていた。その表情はまるでオレを心配するようだった。


「よくひとりで耐えたな」


 彼女はオレを見て、そんなガラにもないことを言った。


「ソフィア、お前……戻ってきたのか? なんで……オレのこと嫌いだろ?」

「ああ……嫌いだ。だが私は嘘などつかん。約束したことは必ず実現する」


 そう言って、口元に少し笑みをたたえた。声音には親しみが戻っていた。



「言っただろう。増援をつれてくると」



 言われて、初めてオレは周囲を見渡した。


 そこには無数の荒れ狂う魔物たちと、それに負けない数の冒険者たちがいた。

 彼らは各々の武器を手に、魔物と戦っていた。


「ひとりで動くな! 陣形をとれ!」

「一匹ずつ確実に潰すぞ!」

「けが人だ! こっちに魔術師来い!」


「…………これは……」


 あの小さな街の冒険者たちか。

 冒険者ギルドで飲んだくれてたヤツらだ。初日にちょっかいかけてきた。

 でも、なんだよ。

 なんか、めちゃくちゃちゃんとしてるじゃねえか。


「少年とソフィアの呼びかけにみなが応えたのじゃ」


 コン様が誇らしげに言った。


「呼びかけ?」

「そうじゃ。クスロウを助けに行かせるためにの。一大演説じゃったぞ」

「わーーーー! やめろやめろやめろ!」


 ソフィアは両手をバタバタさせてかき消した。

 ソフィアがオレのために……?

 信じられない。でも、このリアクションはマジなのか。

 え、普通に、


「なんで?」

「わ! 私はただ、見捨てるのが間違っていると思っただけだ。

 ……お前の人間性がどうあれ、助けられたのは事実だ。だから……」


 ソフィアは恥ずかしそうに目線をそらした。

 オレはなんだか後ろめたい気持ちになった。

 別にあのときは、ソフィアと少年を助けたくて逃がしたわけじゃない。オレが一人になりたかったからそうしたんだ。

 だがソフィアは、そんなオレの心中は知る由もなく、オレに向き直って、こう言った。


「……さっき侮辱したことは、悪かった。認めよう。お前は勇気ある戦士だ」

「……ああ~……」


 オレはなんと返していいかわからなかった。


「ホレ」


 するとコン様にケツを叩かれた。


「ウジウジする前に、まず言うことがあるじゃろ」

「え? あ、あ~そっか、えっと…………ありがとう」


 そう言うと、ソフィアは目を見開き、それから腕を組んで口をモゴモゴさせて、そっぽを向いた。


「これで貸し借りなしだぞ」


 

「わからん」



 そのとき、背後で恐ろしい声がした。

 オレたち三人は振り向いた。

 そこには、巨大な鎧武者が待っていた。

 ……待っててくれたらしい。オレたちを観察するようにあぐらをかいて座っていた。


「……やはりわからん。キサマは弱い。偽物だ。真の勇者などではないはず。なのに、なぜ生き返った」


 疑問でならないようだ。それに関してはオレもよくわからない。

 まあコン様の力なんていっつもそうだからな。

 ただ――ひとつハッキリしてることがある。


「力だけが強さの基準じゃないぜ」

「……なに?」

「まあ、オレも最近まではよくわかってなかったけど」


 その言葉を聞くと、鎧武者――グラプルトの気配が変わった。

 ズン、とゆっくり立ち上がり、斧を手にオレたちを見下ろす。


「力こそがこの世界を支配する。絶対かつ唯一無二の規律。真の強者たる証明だ」


「…………そう思うなら確かめてみろよ」


 オレは封印剣を手に取った。

 隣でソフィアも剣を抜く。コン様は、青白い顔だがオレの背中についている。


 やけに自信が湧いてきた。

 さっきの戦闘と、いま。オレとグラプルトの力の差はなにも変わっていない。

 レベルは依然、足元にも及んでいない。

 ヤツに取ってオレは、道端に落ちてる石ころみたいなもんだ。

 オレはそれを蹴る側だったから、その感覚もよく知ってる。


 でも、勝てる。


 さっきとひとつ違うこと。周りに誰かがいるというそれだけで、チートを持っていたあの頃よりもはるかに心強かった。

 確信があった。


「オレはいま最高に気分がいいんだ。

 ぶち殺してやる。――全員でな」


 こうして第二ラウンドが始まった。

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