『第十五話 例外の襲来』じゃ
※
「これは……なんじゃ?」
「トビヒゲムカデの引き裂き丸め焼きです! この街の名物なんですよ」
「…………」
街の小さな屋台。
コン様は串に刺さったグロテスクな肉塊を手にしていた。
「……まぁ、食べてみねば味はわからんからのう」
ゆっくりと口に運ぶ。
モチャ……モチャ……
「これは……!」
「いかがですか!?」
屋台の店主が前のめりになる。
「めちゃくちゃ美味い!」
「でしょう!」
「屋台じゃなく店を持てるぞ店を! わしが出資してやる!」
「ホントですかー!?」
幸せな顔で焼き物を頬張っていたコン様はそこで「む?」と何かに気づいた。
なにやら道行く人が騒がしい。街の出口の方に向かっている。
「ふむ……」
コン様は懐に手を入れ、指先に金貨を一枚生み出すと、それをテーブルに置いた。
「釣銭はいらんぞ」
騒ぎのする方へ向かった。
「聞いてッみんな! 魔物の群れが来てる!」
門の前に立つ一人の少年。赤くて鬼っぽい少年が、そこに集まった町民や冒険者たちに必死に訴えていた。
「スゲエ数なんだ! ホントだって!」
「お前アイバンとこのガキじゃねえか。まさか勝手に街の外出てたのか?」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだって!」
慌てふためく少年の隣には鎧を着た金髪の女、ソフィアが立っている。おそらくコン様が手配した依頼で父親探しに出ていたのだろう。
彼女は無言で目を瞑っていた。
そこでコン様は気づいた。
クスロウがいない。
「なんだありゃ!」
そのとき上から声がした。防壁の見張りやぐらに登って遠くを見た男が叫ぶ。
目を見開いて怯えていた。みなは彼が見ている景色を確認するために、次々に門の外に出た。
森を超えたむこう。かなたに見える平原に、無数の小さな粒が集まって見えた。
それはよく見ると魔物の群れだった。
「おいおいウソだろ……」
「100匹以上はいるぞ」
人々がそれを指しざわめく中、コン様はぴょんぴょんジャンプしながらクスロウの姿を探した。
しかしやはりどこにも見当たらない。
「ありゃあ……さすがに無理だ。逃げるしかねえ!」
「早くしろ! 大群が来るぞ!」
「ぐぎゃっ!?」
町民も冒険者も恐れをなして、次々と門の中になだれ込んでいく。
コン様は彼らに突き飛ばされた。
「あ……」
鬼少年が咄嗟にそれを止めようとして、やめた。彼の手には血に濡れた腕輪があった。
「あ?? なんだお前?」
そのとき、逃げようとする人波の前に、一人の人間が立ち塞がっていた。
「うぬぅ……罰当たりな奴らめ」
顔を上げたコン様は、人波を止めた人物を見た。
「…………」
ソフィアが仏頂面で立っていた。
※
オレはいま、森の中を必死に走っている。思えば最初の試練もそうだった。
ただあの時と違うのは、ここにコン様がいないことと、
追ってくる魔物の数が尋常ではないこと。
「グォアアアアアア!!」
魔物たちはオレを凄まじい速度で迫ってくる。普通なら脚力で勝てるはずがない。
「ッ……《加速》!!」
追いつかれそうになるたび、スキルを使って距離をとる。インターバルを待ち、また追いつかれたら再発動。これを繰り返す。
ただこの方法も永遠に逃げられるわけじゃない。
《加速》の連続使用は体にかなり不可がかかるらしい。
既に脇腹が死ぬほど痛い。手足が今にもつりそうだ。
追いつかれれば、死ぬ。
その確信だけを原動力として、なんとか走っている状態だ。
わかってたけど、こんなのあと数分ももたない。
援軍が来る前に殺される。
いやそもそも、そんなもの来るのか?
「ぐっ……」
また嫌な想像がめぐる。
でも、ソフィアはオレのことを憎んでいたのは事実だ。騎士団を潰したオレを助けるために、わざわざ戻ってくる?
ありえない。冷静に考えれば。見捨てるのが普通だ。
オレがあいつの立場でもそうする。
「クッ……ソ……」
酸素が脳にまわらない。頭がフラついて来た。
あ~……。
じゃあ、オレはもう、無理ってことか。
「うっ……ぐっ……!」
そう思った瞬間、木の根かなにかにつまづいてこけた。
ああ、まずい。
魔物がすぐ後ろに迫る。
《加速》を使って逃げなくては……。
……逃げる?
なんのために?
オレはもう死ぬんだぞ。
こいつらの腹に収まるのが、数分、早いか遅いかの違いしかない。
もう抵抗しても意味は無い……。
「…………」
オレはその場で、立ち上がることができなくなっていた。
魔物たちが追いつく。
獲物をロックオンし、ヨダレを引いた大口を開ける。
そのまま飛びかかり、オレの体にかぶりついて――――。
「こんな所に居申したとは。勇者クスロウ」
――――いなかった。
顔を上げると、魔物の群れは、左右二列に分かれて整列していた。
「え……?」
さっきまで、ヨダレを撒き散らし肉を食うことしか考えてなかったような獣が、従順な兵隊のように直立不動で待機している。
ありえない光景。こいつらが誰かに統率されている?
普通はありえない。
普通は。
ただ例外はある。
それは、
「魔王軍……」
「お初にお目にかかる」
その声の主は、魔物の隊列の真ん中を通って現れた。
武者のような黒い鎧を着込んだ巨体。手に大斧をたずさえて、腹の辺りには、奇妙な植物のようなものが生い茂っていた。
そこになっているのは、意味不明なことに、真っ赤なリンゴだ。
「我こそは魔王軍《不死》のラボアジェ配下――――《重鎧》のグラプルト」
その声だけで大気が震えているのがわかる。圧倒的な威圧感。
異様な大武者はオレを見下ろして名乗った。
「ワガハイと決闘していただきたい」




