『第十三話 破砕』じゃ
「キシャアアアアッ!!」
「ハアッ!」
ソフィアが剣を振るう。同時に、蜘蛛の八本ある足のひとつが切り落とされていた。
「キシャア!!」
蜘蛛は悲鳴をあげ、後退しようとする。だがソフィアはすかさず追撃した。
彼女が剣を振るたびまた蜘蛛の足が切り飛ばされ、瞬く間にその数を減らした。
そのうちの一本が、オレと鬼少年――アランのそばにある木にベチャと当たって跳ね返る。
強い。
オレと戦った時は、あれでも手加減してたのか。
へこむぜ~。
「クスロウ!」
「ぬっ!?」
蜘蛛は、戦法を変えた。ソフィアを倒すより先に、彼女が守っている後ろの二人を狙うことにしたようだった。
白い糸が戦いを呆然と眺めていたアランに迫る。
オレは封印剣を手に走り出していた。
「《加速》!」
ソフィアと冒険者ギルドで戦った時、オレのレベルは11になった。そのレベルアップにより解放された新スキル。
文字通りオレの体は瞬間的に加速し、白糸がアランを絡め取る前に、彼を救出した。
「だっし! あぶね~!」
「無事か!? ぐっ!?」
だがその間、オレたちに気を取られたソフィアが白糸の発射に捕まっていた。
木にバチャリと叩きつけられる。粘着性の糸はソフィアの全身に絡まり、動きを阻害した。
「ソフィア!」
「くっ……!」
お待ちかねの「くっ……」タイムだ。いつも偉そうだからこういう姿はそそるねえ……。
……って思ってる場合じゃねえバカ助けなきゃ!
蜘蛛がソフィアに襲いかかる!
「《温熱》」
だが既にソフィアは自分で対処していた。
スキルで白糸を溶かし、脱出。そしてそのまま向かってくる蜘蛛を迎え撃ち、
「《炎撃》!」
その頭部に剣を突き立て唱えた。
「キシャ……! ァ……!」
頭が内側から炎で吹き飛ばされた。蜘蛛は数秒足をバタつかせていたが、ほどなく動かなくなった。
「大丈夫か!」
オレはソフィアに駆け寄った。「騎士の姉チャン!」とアランも続く。
「ああ……問題ない」
ソフィアは息をつき、剣を鞘に収めて答えた。
「早く街に戻るぞ。わかってるな。これは異常事態だ」
彼女も、もう気づいていたようだ。
「この魔物はこんな浅い森にいる種ではない」
「ああ……それはわかってるけど」
オレはちらとアランを見た。
「……いちおう、蜘蛛の腹の中は見といたほうがいいんじゃない?」
ソフィアが厳しい顔になった。少し沈黙し、「そうだな」ときびすを返す。
アランには離れすぎない所で待ってもらった。
なにも出てこないといいけど……。
と思いながら、オレとソフィアで魔物の腹をさばいた。
すると人骨が出てきた。
「……マジかよ」
バラバラだが、だいたい一人分の骨。体格的に男性だろう。
いやだが、まだアランの父親と決まったわけではない。
鑑定するには、彼に見てもらう必要がある。
「……これ」
アランに骨を見せると、彼はその腕部分に目をつけた。
その骨の右腕は金色の腕輪を着けていた。
「これ……父チャンがいつも着けてた……母チャンとおそろいの腕輪……」
マジかよ。
え?
これお父さん?
死んでるじゃん。マジで。
「…………」
その場に沈黙が降りた。最初に口を開いたのは、ソフィアだった。
「アランくん」
「……え?」
「骨を持って帰るか?」
そう尋ねた。
冒険者が同業遺体を見つけた場合、持って帰るのはだいたい遺品のみらしい。
が、今回は親族が現場にいるからな。
「…………」
アランはまだ呆然として、何も言葉が出ないようだった。
そりゃそうだ。
いきなりこんな状況になって、そんなことを言われて、受け入れられるはずがない。
「……持って帰ろう」
オレが言った。ソフィアも、無言で頷いた。
よし。そうとなれば、……うーんでも、ちょっと量が多すぎるな。
しかも食われたてなのか、あまり消化されずに大きな形で残りすぎている。
これは砕いた方が持ち帰りやすいかもな。
「よいしょっと」
オレはとりあえずあばら骨らしき部位から踏み砕こうとした。
「お、おい!」
「え?」
ソフィアにいきなり怒鳴られた時には、もう砕いた瞬間だった。
虚ろな顔をしていたアランが、急に目を見開いた。
「やめて!!」
「え、ゴメン。音びっくりした?」
「クスロウ! なにをやっている!?」
「いや、なにをって……持ち帰るために小さくしたんだけど」
オレは戸惑いながらも砕いた骨を袋に入れる。
「触るな!」
するとアランが腕にしがみついて来た。凄まじい形相で睨んでくる。
「父チャンを壊すなッ!!」
「わ……わかったわかった。やめるよ」
慌てて袋を手放した。
なにをそんなに怒ってんだ?
「何を考えてる。子どもの目前で“父親”を……配慮が無さすぎるぞ」
ソフィアが意味がわからないという顔で責める。
「はァ……?」
父親……?
「何言ってんだよ。父親はもう死んだろ。これはただの骨だろ」
オレはそう返した。
すると、一瞬の静寂があった。
「…………う……」
アランの目から不意に涙が落ちた。同時に、ソフィアが素早く寄り添うようにしゃがみ込んだ。
「う……ああああ~」
ソフィアに抱きしめられて、彼は大泣きを始めてしまった。
アレ?
なんでこんなことになってる。
なんで泣いてる?
いまオレが泣かせたのか?
「クスロウ……」
ソフィアは少年を慰めるように背中をさすりながら、オレを見上げた。
「そうか……キサマは、だから、そうなんだな」
納得したように言った。
その目は、いままでの軽蔑や見下しとは違う。まるで違う生き物を見るような……少し恐れを含んだような目だった。
「欠落してるんだな」
ソフィアは呟いた。
なにが、とは言わない。
でも、オレには意味がわかった。
そういう事を前にも言われたことがあったからだ。
ソフィアの声には、さっきまで含まれ始めていた親しみの感情はもう無かった。
『お前ってさ、実はサイコパスだよな』
ずっと前、誰かに冗談のように言われた言葉が脳裏に蘇った。
「…………」
そうか、この世界でも、
またこうなるのか。




