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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
インタールード~修業時代~
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ギギ5


 ギギはアンナを探し歩いたが、見つけることは叶わなかった。


「おかしいなあ。あいつ、どこに行ったんだ」


 物怖じしないようで、存外人見知りなアンナはそう交友が広くない。孤児同盟の縄張り外に一人で出るなんてことはないはずだ。だが、狭い縄張り内の範囲をくまなく探し、出会った仲間に聞いてもその所在は分らなかった。


「お、雨か」


 空は灰色がかっており、雨の予感はあったが最悪のタイミングで振られたようだ。


「待ってれば家に帰ってくるかあ」


 それが一番賢明に思われるが、だが一度意固地になったアンナはそれを見越して絶対に戻らないということがギギには手に取るようにわかる。といっても、雨の中を当てもなく探すのも中々に辛い。


「あ……」


 そんなとき、ふと天啓のように一つの場所に思い至った。それはギギとアンナが元いた孤児院から逃げ出しこのスラムに迷い込んだ後、モーラ達と出会い最初に暮らしていた拠点。セティが襲われ、庇ったギギが死にかけた時から、縄張り争いの強くない王都郊外のスラムに居を移したのだが、アンナはひょっとするとそこにいるのではないか。


「仕方ねえ」


 いたとしたら何故そんなところにという疑問が湧き上がるが、考えてもらちが明かないのでギギは頭を空っぽにして足だけを動かすことにした。




「お、いたな」


 雨は土砂降りとなっていた。そんな中、ずぶぬれになりながら縄張りから抜け出し、かつての居住区にきてみたのだが、もとからぼろかった廃墟は今すでに崩落してしまっていた。その前にツインテールがトレードマークの少女は、雨に打たれながら立ち竦んでいる。


「よう、アンナ。そんなところにいたら風邪ひくぞ」


 背後に立ちながら不自然にならないようにさりげなく声をかける。しかし、アンナは聞こえていないのか答えることなく、じっとしている。


「何に怒っているかわからないけど、俺が何かしちまったら悪ぃ。今まで、さんざん馬鹿やって迷惑かけたよな。だから、ほら剣も諦めてさ。でも、リコの天眼はスゲエよな。相性のいい武器選んだらホント手に馴染むんだよ。といっても、アレク程に才能はないから剣聖みたいになれねえとは思うけどよ。それでも、お前やモーラ兄ちゃん、うちのちびっこたちは護れるぐらいには強くなれるよう頑張るよ」


 その物言わぬ背中に、もどかしい気持ちが湧き上がりギギはアンナに平謝りする。納得できない部分はあるが、アンナにこのような態度を取られるのが一番ギギには堪えていた。すぐに馬鹿とわめきたてられながら殴られる方がどれだけ気が楽だろう。


「……ゃない」

「へ、何て言ったんだ」


 掠れるようなその声は聞き取れなかったが、それでも返事をしてくれたことが嬉しくてギギはそう聞き返す。すると、途端にアンナが振り返り、キッとギギを見据える。その表情には真剣な怒りが湛えられており、今までの暴力の前兆とは違った。


「アン……」

「馬鹿じゃないのって、言ったのよっ‼」


 故にただ歩み寄ろうと手を伸ばしたギギだが、それをすり抜けるように飛び込んできたアンナの拳がもろに顔面を捉えてきた。


「ぐはっ」


 衝撃と共に地面に背中から倒れるギギ。その胴にずしりと確かな重みが加わる。目を開けると、降り注ぐ雨と、馬乗りになっているアンナが視界に入る。


「なっ、どうし、うぐっ」

「何今更お利口ぶってんのよっ‼ あんたはそうじゃないでしょがっ‼」


 訳を問おうとするギギを遮るがごとく、理不尽な暴力が拳となってギギに降り注ぐ。


「クリスもセティも、あんたにほとんど才能なんてなかったことは解ってたのよ。それでも、諦めないで、命だって投げ出したあんたに救われてたのよ。クリスはそれでもあんたは絶対剣聖になるって私に言った。セティなんて、剣聖の奥さんになったらどうしたらいいと思うって一緒に寝るときいつも私に聞いてきてたのよ。それをあんたはっ」


 話すほどに怒りのボルテージが上がるのか、拳の勢いは強まるばかりだ。殴られ慣れているギギだが、それでもクリスやセティまで持ち出され、流石に腹に据えかねるものがあった。腹腔に自然と力が入り、全身全霊で体を起こしアンナにつかみかかると、その勢いで体を入れ替える。


「仕方ねえだろうがっ‼ 俺だって、必死に考えた結果なんだよ。実際、二人とも死んじまったじゃねえか。大事なものを護るため悠長なことは言ってられねえんだよ」


 アンナの肩を抑えながら、ギギも思いの丈を全力で叫ぶ。アンナの表情は雨の為解けたツインテールがかかっているため解らない。だが、自分が涙を流しているのだけはしっかりと分かった。


「……二人だけじゃない。私だって、あんたにあの時……」

「え」


 小さく呟く声は途切れ、言葉の内容までは解らなかった。だが、その肩を押さえつけている手が緩むと、体を捩るようにしてアンナは拘束をほどき、ギギの顔面に頭突きを喰らわせる。


「があっ」


 鼻梁に加わる痛みから立ち上がり顔面を抑える。痛みが引き、目を開けるとアンナが目の前に立っていた。


「あんたごときに護ってもらうほど、私は軟じゃないわ。モーラ兄さんだって私が護る」

「はあ? なんだよ、それ。俺だって」

「だからあんたは二人の想いを護って。ちんけな才能で武器を振るわなくていいわ」

「何を言って⁉」


 あまりのいいように食って掛かろうとするギギに、アンナはいつのまにか手にしていた木の棒を突き付けてくる。


「やめろよ。せっかく諦めたのに」


 反射的に手を伸ばそうとして、何とか思いとどまる。それを目にした瞬間に、自然と胸は高まり、全身に力が漲るのがわかったからだ。目の前の象徴は、いわばギギの生の源泉。捨てようとしても捨てきれない、どうしようもない憧れであった。


「私があんたのケツを拭いてあげる。これから先、剣聖の夢の結末がどんなに惨いことになっても、私がずっと。だから、あんたは何も考えずにいつもみたいにコレを振るっていればいいのよ。……あんたにはこれしかないでしょ」


 力強いアンナの言葉を聞くうちに、内なる衝動はどんどんと高まっていく。自然と一歩、二歩とアンナに足が近づいて行ってしまう。


「なんでだよ、せっかく諦められたと思ったのによぉ」

「夢を見せた責任は取ってもらうわ。クリスにも、セティにも、それに私にもね」


 泣き言を零すギギに、それを許さないとばかりにぐいと木の棒を突き付けるアンナ。自然とギギの手が伸びて、両の手で先端をつかみ取る。途端に強い熱量が掌に集まったように感じた。


「ふひっ」


 口からは喜びの声が、自然とこぼれ出る。一瞬、アンナにきもいと罵られるかと思ったが、アンナは何も言わずにじっとこちらを見ている。木の棒を受け取ったギギは夢遊病者のように数歩ふらふらと歩くと、手にした棒をブンと振るってみる。


「ひひ、ふひひひひっ」


 悦びが振る度に湧き上がった。ここ数日の悩みも、決意も一瞬で霧散し、あるのはただ幼いころから胸に宿る剣への憧憬のみであった。


「あーあ、知らねえぞ。もう、こいつだけだ。俺にはこいつだけだっ‼」


 アンナの言うとおり、その結末は無残なものになるかもしれない。だが、アンナにそのつけを払わせるつもりも毛頭なかった。そんな、もったいないことはしない。これから先、自分が歩む剣生は痛みも苦しみも、全部自分だけのものにしたいからだ。


 心の中でクリスとセティに詫びる。だが、それでもなお悦びは止められず、狂喜乱舞するようにギギは雨の中がむしゃらに木の棒を振るい続けた。そして、アンナもそれをいつまでもじっと眺めていた。




「おらあっ‼」


 ギギは全身全霊を込めて、両手に持った木剣を振るう。だが、全力を込めて振るわれた剣筋はどこか不器用でバランスを欠いたもので、それを冷静に見極めたアレクはその隙を見抜いて絡めとり木剣を弾き飛ばそうとする。


「っ⁉」


 だが、ギギの手に吸いつくように木剣は掌から離れなかった。


「ふひひっ」

 

 笑いながら、ギギは強引にそこから追撃を開始する。だが、拙いその連携はアレクに読み切られ数合打ち合った後、その喉元に剣先が突き付けられていた。


「あー」


 俺は近くでそれを見ながら、ギギの選んだ道が果たして最善だったかと思う。そして、才能という本来なら不可視のものを未来ある子供に明示することの是非も考える。


「リコは不満かの」

「いえ、そういうわけでは」


 隣で共に鍛錬を見ていた師匠が俺のため息に気付き、そう問う。師匠やアレクはギギの剣をとても好ましいと考えており、剣を再び取ったことを喜んでいた。だが、才能が数値として見れてしまう俺は、いまいちギギの決断を信じられない。最悪、足手まといが一人増えることになるのだ。


「まあ、そなたの天眼からしてみればそう思うのも無理はない。だが、某も長い人生で無能と思われていた人物が狂気にも似た執念で頂きに届く姿を何度か見たことがある。無論、その数は天才と比べるとごく僅かだが」

「ギギもそうだと?」


 だとしても、それはそれで俺のこの眼の信用が某ヤサイ星人がつけている某スカウターのごとき信用性になってしまうため、どうかとは思うが……


「うむ、わからぬよ。才能を凌駕するにはそれこそ尋常でない何かが必要となる。ギギにはそれはないかもしれぬ。だが、それでもギギは、我が弟子は選んだのだ。師としてはそれを応援するだけのこと」

「成程」


 単に剣士として剣びいきなだけではないかと、目を細める師匠の横顔を見て何となく考える。アレクやギギに対する態度と、他の得物を持ってる子たちとでは指導の熱量が違うことに最近俺は気付いた。といっても、鍛錬以外も常にお傍にいさせてもらっている俺だからこそ気付く程度の差だが。しかし、と俺も目を細めて、すっかり元気になったギギを見る。負けてもガハハと笑いめげないその姿に、俺は是非この眼の信用性を覆してほしいと、ただそう願った。




 




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